【第29話】絵のような書なんて
展示会の搬入前日。
書道室には、完成した三人の合同作品が貼り出されていた。
中心に書かれた言葉は、真理子の一行詩──
《私はまだ、やめない理由を探している》
その一行を軸に、あすかと志津香がそれぞれ別の構成で同じ言葉を書き表していた。
真理子は直線的な楷書で、整然と。
志津香は行書で流れるように、静かに。
あすかは巨大な筆で斜めに、叫ぶように書き殴った。
三つの線が一つの言葉に集まり、反発し、調和し、ひとつの“景色”をつくっていた。
それは“文字の構成”でありながら、どこか“絵”のようでもあった。
「……すごいよね。まるで一枚の絵みたい」
真理子がぽつりと呟いたときだった。
ふいに書道室の戸が開き、田島先生が一人の年配の男性を連れて入ってきた。
「お、これが例の合同作品か」
初めて見る顔。だが、その目には歴戦の書家らしい鋭さがあった。
どうやら田島先生の師匠筋にあたる人物らしい。
彼は作品の前で、しばらく無言だった。
やがて、静かに口を開く。
「……これは、書じゃないな。絵だよ。文字を使った“装飾”だ」
その言葉は、書道室に重く落ちた。
「え……?」
あすかが口を開いた。
「“書”は“字”であって、形ではない。意味と骨格がなければ、ただの絵。感情をぶつけるのもいいが、字の根幹を崩しちゃいけない」
彼の声は柔らかかったが、否定の色は隠せなかった。
「私はね、“書”が“アート”になることには賛成だよ。ただ、それでも“字”であることは譲れない。伝えるために、読めることが最低限の条件だ」
作品を見つめたまま、彼は一礼し、田島先生とともに部屋を出ていった。
静寂。
あすかが、拳を握った。
「……なんだよ、それ。じゃあうちの字は、“書”じゃないって言うのかよ……!」
「でも……読めなかったのも事実かもしれない」
志津香が小さく呟いた。
「えっ……」
「ねえ。私たち、好き勝手に書いたけど……誰に、何を、どう伝えたいかって、決まってた?」
三人の間に、再び空気の濁りが漂った。
真理子は、ゆっくりと作品の前に立ち、中心の一行を見つめた。
《私はまだ、やめない理由を探している》
「……たしかに、“伝わる形”って、簡単じゃないよね。でも、“伝えたい”って気持ちは……あったはずだよね」
あすかが、小さく笑った。
「うちは、“叫びたかった”。この詩に込めた、“迷ってる今の自分”をそのまんまぶつけたかった」
「私も、“整えることで強くなる”って信じてた。……でも、もっと見やすい形にすればよかったのかな」
「ううん。私は、読めるかどうかより、見た人が“なにか感じる”ことのほうが大事だと思う」
真理子が二人を見て言った。
「“読めない文字”でも、“伝わる線”はある。私たちの線、たぶんそれだった」
しばし沈黙。そして、あすかが笑う。
「よし、じゃあさ……“書かずにいられなかった”ってことを、そのまま展示しようぜ」
「うん。絵みたいでも、“私たちの書”だよ」
志津香も頷いた。
文字か、絵か。
整っているか、暴れているか。
そんな“どちらか”じゃない。
“言葉”を“線”に変えて伝えようとした、私たちの“書”。
それでいいと、三人は改めて確かめ合った。




