【第30話】書いて、捨てて、書いて
展示会が終わった翌週。
書道室には、昨日の雨の湿気がまだ少しだけ残っていた。
床には新聞紙が敷かれ、壁のホワイトボードにはこう書かれていた。
次の課題:「自由作品・一字書」
締切:2週間後
あすかはすでに五枚目の紙を丸めていた。
「くそっ……またダメ」
大筆を軽く放り出し、床に崩れ落ちる。
「一文字だけって、逆にむずいな……」
「分かる。“選ばれた一字”って感じにしないといけないし」
真理子が小さく頷きながら、墨を含ませ直す。
机の上には、何枚も書き捨てられた「夢」「翔」「響」の文字。
どれも悪くない。けれど、どこか“何かが足りない”。
「うちは今、“壊”って字を書こうとしてる」
あすかが言った。
「ぶち壊したいもの、多すぎてさ。今の自分も、線の迷いも……」
志津香がふと顔を上げた。
「“壊”って、一画一画が強いのよね。でも、そのぶん雑になりやすい」
「うるせー。わかってんだよ」
軽口を叩きながらも、あすかの目は真剣だった。
志津香もまた、筆を持ち直した。
彼女が選んだ字は「澄」だった。
「澄む、ってさ。水が澄むのもいいけど、心が澄むって言葉が、最近やたら気になるの」
「志津香らしいなぁ……」
真理子は苦笑しながら、試し書きを何枚か重ねていく。
静かな音だけが、書道室に広がった。
墨をすり、紙を広げ、筆を入れる。
そして書き終えた後の「……ちがう」という、ため息。
それでも、やめない。
「ねぇさ、うちら今日だけで何枚、捨ててる?」
「……20枚くらい?」
「もったいな」
「ううん」
真理子が紙くずの山を見つめながら言う。
「捨てるのって、練習の“終わり”じゃない。
“次に進む準備”だと思うの」
志津香が頷いた。
「いい言葉ね、それ。『捨てるたびに、少しずつ近づいてる』って思えたら、紙も無駄じゃない」
あすかは眉をしかめながらも、笑った。
「まじで名言だわ、それ。ノートに書いとく」
三人はまた筆を取る。
ぐしゃぐしゃの紙の山は、彼女たちが「進もう」とした軌跡そのもの。
どの一枚にも、その瞬間の“全力”が込められている。
(きっと、完成作よりも、この山の方がうちらっぽい)
真理子は、もう一度、紙を広げた。
“これじゃない”が続く限り、“これだ”が近づいてくる。
書いて、捨てて、書いて。
その繰り返しが、自分の字を育てていく。




