【第24話】書写じゃない、書道だ
「天童さんの字って、……ちょっと雑じゃない?」
その一言は、唐突だった。
昼休み、書道室の前を通った隣のクラスの子が、あすかの書いた練習紙を見て呟いた言葉。
特に悪意があったわけじゃない。たぶん、ただの率直な感想。
でも、あすかには――痛かった。
(雑……)
彼女が書いたのは「躍」という一文字。
躍動感のある大筆で、全紙に思い切りよく揮ったものだった。
それが、「雑」と言われた。
「……うちの書、雑……かぁ」
午後の書道室で、あすかは小さく呟いた。
机の前に真理子と志津香が座っている。
「そんなこと言った人、見間違いだと思うよ」
真理子が慰めるように言ったが、あすかは首を振る。
「いや、わかる。線が暴れてるし、墨の量もバラバラ。きれいかって言われたら、きれいじゃない」
「でも、それが“あすかの書”なんでしょ?」
志津香が静かに言う。
「私にはできない。私は崩せないし、勢いに任せて書けない。でも、あすかの“その字”には、確かにあすか自身が映ってる」
「……うん。ありがとう」
あすかは小さく息をついて、もう一度、自分の書を見つめた。
そこに書かれているのは、まるで走っているような「躍」の字。
力任せに押しつけたような太筆の線、でも、その奥に確かに“熱”がある。
(雑かどうか、じゃない)
彼女は、ふと机にあったノートを開いた。
中学生の頃、授業で書いた楷書の「心」の文字。
均等で、整っていて、でも……何も伝わらなかった字。
(あれは“書写”だった。お手本を真似ただけの、ただの形)
(でも今、私は“自分の気持ち”を、筆に乗せてる)
あすかは立ち上がった。
もう一度、大筆を握る。
紙のど真ん中に、ためらいなく筆を落とした。
今度書いたのは――「叫」という字。
起筆の線は震えていた。
跳ねは鋭く、払いは荒かった。
でも、その一画一画に、確かな感情があった。
書き終えた瞬間、墨が紙に染み渡り、そこに“あすかの思い”が残った。
「うちの字は……たしかに“きれい”じゃない。
でも、“叫んでる”。それが、うちの書道や」
誰に評価されるかじゃない。
自分が、自分の線を“誇れる”かどうか。
「……それ、めちゃくちゃカッコいいよ」
真理子の目が潤んでいた。
「“書写じゃない、書道だ”って、そういうことかもね」
志津香の声は、心からの敬意を含んでいた。
墨の匂いが、書道室を包み込む。
筆一本で、自分の中の叫びを残す。
それが、天童あすかの“書道”だった。




