【第25話】小さな一歩、大きな差
「……これ、去年の私の字」
そう言って、真理子は練習ノートの一冊を開いた。
新人戦も終わり、自由課題に取り組む合間の日。
ふと引き出しの奥から見つけた、入部当初の練習記録。
「……なんか、懐かしい」
広げられた半紙には、たどたどしい線の「心」「和」「志」などが並んでいた。
丁寧だけれど、どこか硬くて、ぎこちない。
「これが、“初心”かぁ」
真理子は苦笑しながら、隣に現在の練習作を置いた。
同じ字。「志」。
線の方向、リズム、墨の濃淡――どれも自然になっている。
誰かに褒められたわけじゃない。賞をとったわけでもない。
でも、違いは歴然だった。
(ちゃんと……変わってる。私の字)
そこに、あすかがやってきた。
「なに見てんの?」
「……一年前の自分の字」
「おお、黒歴史?」
「半分ね。でも、半分は、宝物」
そう言って、真理子はページを指でなぞった。
「ほら、ここの“とめ”。去年は筆が止まらずに流れてた。でも、今は……ちゃんと止めて、重さが乗ってる。あすか、気づく?」
「んー……あ、ホントだ。重さが違う。線が“立ってる”って感じ!」
「たったそれだけ。でも、それが私にとっては……すごく、うれしい」
そこへ、志津香もやってきた。
「どうしたの?」
「真理子、過去の自分に勝ってる最中」
「いいわね、それ。一番健全な戦い」
志津香はふっと笑って、真理子の作品を見つめた。
「ねえ、“小さな一歩”って、大事よ。誰かに言われなくても、自分で分かるようになる。それが、本当の成長だと思う」
真理子は、静かに頷いた。
(誰かと比べるんじゃなくて、昨日の自分に、少しだけ勝つ)
(それを続けていけば、きっと私は……)
「“小さな一歩”が、“大きな差”になるのって、たぶん、あとから気づくものなんだよね」
あすかが言った。
「うん。でも気づけてよかった。……だから、書き続けてきてよかった」
真理子は、もう一度筆を取った。
今、書きたいのは――「積」。
積み上げる線を、積み重ねる時間を。
この一年が証明してくれる。
小さな一歩が、小さな差を生み、
やがてそれは、確かな“真理子の字”になる。




