【第21話】それぞれの再出発
あの新人戦から、一週間が過ぎた。
悔しさも、反省も、評価も、時間とともに少しずつ沈み込んでいった。
でも、その“跡”はしっかりと三人の中に残っていた。
書道室の空気も、どこか落ち着きを取り戻しつつある。
変わらないのは、墨の香りと、静かに鳴る筆の音だけだった。
「これで三枚目……っと。どうかな、少しはマシになってきたかな」
あすかが、満足げに筆を置いた。
その紙には、大きく力強い「翔」の一文字。
「“跳”じゃなくて、“翔”?」
真理子が尋ねると、あすかはにっと笑った。
「うん。“跳ぶ”から“翔ける”へ。ちょっと背伸びかもだけど、今の自分を、もうちょい前向きに書いてみたくなったんだよね」
「……うん、前よりも、落ち着きがあるかも」
「でしょ? でも勢いは殺さず! “豪快と繊細のあすか”目指して、日々、練習中!」
笑顔の奥に、あすかはあの悔しさをちゃんと抱いていた。
だからこそ、彼女の筆は少しだけ深くなっていた。
志津香は、黙って紙の前に座っていた。
彼女が書いていたのは「間」の文字。
整った形の中に、微妙な揺らぎがあった。
「……うまくいかない。でも、これでいいと思ってる」
そう言って、彼女は筆を置いた。
「空白も、線も、すべて“間”に含まれる。私は、何かを“完璧”にするために書いてた。でも今は、そこに“余白”を持ちたいって思ってる」
言葉少なだった志津香の声が、静かに響く。
その字には、確かに“人の温度”がにじんでいた。
真理子は、新しい練習帳を開いた。
真っ白なページに、「続」の一文字。
「続けるって、すごく地味で……でも、きっと強いことなんだと思った」
「地味って言うなよ、いちばんカッコいいと思うけど」
あすかが言い、志津香が頷く。
「結果が出なくても、自分だけの線を信じて、書き続けられるのは才能よ」
真理子は、少し恥ずかしそうに笑った。
「私は、まだまだ下手だし、自信もない。でも、また書きたいって思えたから……それだけで、再出発なんだよね」
三人は、それぞれの紙を並べて見つめた。
「翔」――「間」――「続」。
まるで言葉遊びのように、三つの字が繋がる。
「跳んで、間を知って、続ける」
「それ、なんか、三人の今って感じだね」
「……部誌の表紙にしてもいいかも」
冗談のように、でも少し本気で。
三人は、新しいページの最初の一枚を、確かに書いた。
それは大きな飛躍ではなく、小さな踏み出し。
けれどその一歩こそが、彼女たちの「書道部物語」の、ほんとうの始まりだった。




