【第20話】鉛のような悔しさ
「あれ、悔しいって、こういう感じなんだ……」
その言葉は、真理子のものではなかった。
新人戦の数日後、書道室の片隅で、あすかがぽつりと漏らした。
「奨励賞、もらったのに?」
真理子が問い返すと、あすかは筆をくるくると回しながら天井を見上げた。
「うん。もらったけどさ……なんか、すごく、すっごく中途半端で……。うれしいけど、悔しくて、誇らしいけど、苦い。鉛、飲み込んだみたいに重い」
あすかの顔からはいつもの勢いが抜けていた。
「もっといけた気がした。もっと書けたかもって、あとから思う。……あたし、たぶん、まだ全力出し切れてなかったんだと思う」
「……全力出しても届かなかった私は、どうすればいいんだろうね」
真理子は静かに笑って言った。
二人の間に、重くて苦い感情が漂う。
それは、名前のつかない“悔しさ”だった。
しばらくして、志津香が遅れて書道室に入ってきた。
その表情もまた、どこか曇っていた。
「……志津香ちゃん?」
「今日、外部の塾の講評が返ってきたの」
彼女はカバンから一枚の紙を出した。
そこには「技術は申し分ない。ただし、表現の幅に乏しい」とあった。
「表現の幅……?」
あすかが目を細めて読み上げる。
「“うまく書けてるけど、何も伝わってこない”。そういう意味」
志津香はゆっくりと机に腰を下ろした。
「……何も伝わってこない、って言われると、存在を否定された気がするの」
その言葉に、あすかも真理子も、かける言葉を失った。
三人は、それぞれ違う形で「悔しさ」と向き合っていた。
誰かに勝てなかった悔しさ。
自分に負けた悔しさ。
うまく伝わらなかった悔しさ。
「……でもさ」
ふいに、あすかが立ち上がって言った。
「この悔しさって、なにかの前ぶれな気がする。終わりじゃなくて、次に書きたくなる、そういう悔しさ」
「……書きたくなる悔しさ、か」
真理子が、小さく笑った。
「悔しさが残るのは、まだ諦めてないって証拠よ」
志津香の声にも、少しだけ力が戻っていた。
三人は、黙って筆を取り、それぞれの紙の前に座る。
墨をすり、筆を走らせる音だけが響く書道室。
鉛のように重かった悔しさは、少しずつ、紙の上に溶けていった。
線になり、点になり、かすれになって、彼女たちの中に静かに沈んでいく。
そしてその沈殿は、確かに“力”となっていった。




