表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
筆の軌跡 **「未」**  作者: 南蛇井


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

20/150

【第20話】鉛のような悔しさ

 「あれ、悔しいって、こういう感じなんだ……」


 その言葉は、真理子のものではなかった。

 新人戦の数日後、書道室の片隅で、あすかがぽつりと漏らした。


 「奨励賞、もらったのに?」


 真理子が問い返すと、あすかは筆をくるくると回しながら天井を見上げた。


 「うん。もらったけどさ……なんか、すごく、すっごく中途半端で……。うれしいけど、悔しくて、誇らしいけど、苦い。鉛、飲み込んだみたいに重い」


 あすかの顔からはいつもの勢いが抜けていた。


 「もっといけた気がした。もっと書けたかもって、あとから思う。……あたし、たぶん、まだ全力出し切れてなかったんだと思う」


 「……全力出しても届かなかった私は、どうすればいいんだろうね」


 真理子は静かに笑って言った。


 二人の間に、重くて苦い感情が漂う。

 それは、名前のつかない“悔しさ”だった。


 しばらくして、志津香が遅れて書道室に入ってきた。

 その表情もまた、どこか曇っていた。


 「……志津香ちゃん?」


 「今日、外部の塾の講評が返ってきたの」


 彼女はカバンから一枚の紙を出した。

 そこには「技術は申し分ない。ただし、表現の幅に乏しい」とあった。


 「表現の幅……?」


 あすかが目を細めて読み上げる。


 「“うまく書けてるけど、何も伝わってこない”。そういう意味」


 志津香はゆっくりと机に腰を下ろした。


 「……何も伝わってこない、って言われると、存在を否定された気がするの」


 その言葉に、あすかも真理子も、かける言葉を失った。


 三人は、それぞれ違う形で「悔しさ」と向き合っていた。

 誰かに勝てなかった悔しさ。

 自分に負けた悔しさ。

 うまく伝わらなかった悔しさ。


 「……でもさ」


 ふいに、あすかが立ち上がって言った。


 「この悔しさって、なにかの前ぶれな気がする。終わりじゃなくて、次に書きたくなる、そういう悔しさ」


 「……書きたくなる悔しさ、か」


 真理子が、小さく笑った。


 「悔しさが残るのは、まだ諦めてないって証拠よ」


 志津香の声にも、少しだけ力が戻っていた。


 三人は、黙って筆を取り、それぞれの紙の前に座る。


 墨をすり、筆を走らせる音だけが響く書道室。


 鉛のように重かった悔しさは、少しずつ、紙の上に溶けていった。


 線になり、点になり、かすれになって、彼女たちの中に静かに沈んでいく。


 そしてその沈殿は、確かに“力”となっていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ