表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
筆の軌跡 **「未」**  作者: 南蛇井


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

19/150

【第19話】真理子、沈黙の敗北

――掲示板に、真理子の名前はなかった。


 新人戦の結果が張り出されたその日。

 志津香は個人部門で優秀賞。

 あすかは奨励賞。


 そして、真理子は……選外。


 「……あー……やっぱ、ダメだったかー」


 あすかの明るい声が、少しだけ重く響く。

 その声に対して、真理子は何も返さなかった。


 「でもまあ、あたしなんかも賞もらえたくらいだしさ! 真理子も、次は……」


 「……うん。次、頑張るね」


 そう言った真理子の声は、薄く、かすれていた。


 ***


 その日の放課後、真理子はひとり、書道室に残った。


 筆を取る気にもなれず、ぼんやりと棚に並ぶ作品を見つめる。


 志津香の作品は、完璧だった。

 あすかの作品は、勢いがあった。


 じゃあ、私のは――なんだったんだろう。


 「“普通”。“並”。“個性がない”。」


 講評の言葉が頭をよぎる。


 (わたし、何のために、書いてきたんだろう)


 毎日遅くまで残って、何度も書き直して、下書きの山を作って、それでも“選ばれない”という事実だけが残った。


 「……努力しても、届かないことってあるんだね」


 ぽつりとこぼれた言葉は、部屋の隅に落ちて消えた。


 そこへ、書道室の扉が、静かに開いた。


 「……真理子」


 志津香だった。


 「どうして、帰らなかったの?」


 「……ちょっと、居残り。なんとなく」


 真理子は笑おうとしたが、頬が強張ってうまくいかなかった。


 志津香はそっと近づいて、机の反対側に腰を下ろす。


 「真理子。あなたの“書”は、私とちがう」


 「知ってる。だから、選ばれなかったんだよ」


 「ちがう。だから、必要なんだよ」


 真理子は顔を上げた。


 「あなたの線は、丁寧で、静かで、真っ直ぐで……見る人の心を、そっとなぞる。そういう“書”は、審査員の目には埋もれやすい。でも、伝わる人には、ちゃんと伝わる」


 「……でも、伝わらなかったよ」


 「伝わるまで書き続けるしかないのよ」


 志津香の言葉は、いつになくまっすぐだった。


 「私だって、何度も何度も“届かなかった”。それでも書くの。だって、伝えたいから」


 真理子は、目を伏せてうなずいた。

 その手は、まだ震えていた。


 「……私、努力だけじゃダメなのかなって、思った」


 「努力が“ダメ”なんじゃない。“努力を疑うこと”を、はじめてもいい頃なのよ」


 「……?」


 「ただ繰り返すだけの練習じゃ、超えられないものもある。自分の弱さも、強さも、線にしなきゃ、誰にも伝わらない」


 静かな書道室に、墨の香りがふわりと漂った。


 志津香が、墨をすり始めた。


 「一緒に、書かない? 評価のためじゃなくて、今の自分を残すために」


 真理子は、ゆっくりとうなずいて筆を取った。


 それは、敗北の中で見つけた“もうひとつの書く理由”。


 静かな沈黙の中に、ひとすじの希望が灯っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ