【第19話】真理子、沈黙の敗北
――掲示板に、真理子の名前はなかった。
新人戦の結果が張り出されたその日。
志津香は個人部門で優秀賞。
あすかは奨励賞。
そして、真理子は……選外。
「……あー……やっぱ、ダメだったかー」
あすかの明るい声が、少しだけ重く響く。
その声に対して、真理子は何も返さなかった。
「でもまあ、あたしなんかも賞もらえたくらいだしさ! 真理子も、次は……」
「……うん。次、頑張るね」
そう言った真理子の声は、薄く、かすれていた。
***
その日の放課後、真理子はひとり、書道室に残った。
筆を取る気にもなれず、ぼんやりと棚に並ぶ作品を見つめる。
志津香の作品は、完璧だった。
あすかの作品は、勢いがあった。
じゃあ、私のは――なんだったんだろう。
「“普通”。“並”。“個性がない”。」
講評の言葉が頭をよぎる。
(わたし、何のために、書いてきたんだろう)
毎日遅くまで残って、何度も書き直して、下書きの山を作って、それでも“選ばれない”という事実だけが残った。
「……努力しても、届かないことってあるんだね」
ぽつりとこぼれた言葉は、部屋の隅に落ちて消えた。
そこへ、書道室の扉が、静かに開いた。
「……真理子」
志津香だった。
「どうして、帰らなかったの?」
「……ちょっと、居残り。なんとなく」
真理子は笑おうとしたが、頬が強張ってうまくいかなかった。
志津香はそっと近づいて、机の反対側に腰を下ろす。
「真理子。あなたの“書”は、私とちがう」
「知ってる。だから、選ばれなかったんだよ」
「ちがう。だから、必要なんだよ」
真理子は顔を上げた。
「あなたの線は、丁寧で、静かで、真っ直ぐで……見る人の心を、そっとなぞる。そういう“書”は、審査員の目には埋もれやすい。でも、伝わる人には、ちゃんと伝わる」
「……でも、伝わらなかったよ」
「伝わるまで書き続けるしかないのよ」
志津香の言葉は、いつになくまっすぐだった。
「私だって、何度も何度も“届かなかった”。それでも書くの。だって、伝えたいから」
真理子は、目を伏せてうなずいた。
その手は、まだ震えていた。
「……私、努力だけじゃダメなのかなって、思った」
「努力が“ダメ”なんじゃない。“努力を疑うこと”を、はじめてもいい頃なのよ」
「……?」
「ただ繰り返すだけの練習じゃ、超えられないものもある。自分の弱さも、強さも、線にしなきゃ、誰にも伝わらない」
静かな書道室に、墨の香りがふわりと漂った。
志津香が、墨をすり始めた。
「一緒に、書かない? 評価のためじゃなくて、今の自分を残すために」
真理子は、ゆっくりとうなずいて筆を取った。
それは、敗北の中で見つけた“もうひとつの書く理由”。
静かな沈黙の中に、ひとすじの希望が灯っていた。




