【第18話】志津香、圧倒の美
「——“構成美と線の緻密さが際立ち、完成度は突出していた。部活動レベルを超えている”」
田島先生が読み上げた講評に、書道室の空気が一瞬止まった。
「わっ……ほんとにすごいね、志津香ちゃん」
真理子が素直に目を丸くする。
「へえ〜……部活レベル超えてるって、まじか。そりゃ天才扱いされるわけだ」
あすかも感心したように言うと、志津香はうっすらと微笑んだ。
「……ありがとう。でも、褒められるって、時々、苦しいわ」
「え?」
真理子とあすかが同時に顔を上げた。
「完成度が高いって言われると、それ以下のものは出せなくなる気がして。次に筆を持つのが、少し怖くなるの」
その言葉には、飾り気のない弱さがあった。
「……そういうもん?」
あすかが、眉をひそめる。
「だって、私から見たら志津香ってさ、“無敵”って感じなんだよ。うまいし、落ち着いてるし、線きれいだし……怖くなる理由なんてある?」
「“無敵”のふりをしてるだけよ」
志津香の声が、静かに沈んだ。
「……私はね、綺麗な字しか書けない。勢いも、感情も、荒さも、怖くて出せないの」
真理子が小さく息をのむ。
「評価されるほど、“変えられなくなる”。それが怖いの」
書道室には、墨の香りだけが漂っていた。
「じゃあ、いっそ壊してみれば?」
あすかが不意に言った。
「今まで通りに書かないで、わざと崩してみる。“美しさ”じゃなくて、“志津香らしさ”を出す。……そんなん、見てみたいけどな」
志津香は目を見開いた。
それは彼女にとって、“冒涜”にも似た提案だった。けれど、ほんの少しだけ、胸が軽くなるような気もした。
「私らがいるじゃん。壊しても、拾ってやるよ」
あすかの言葉に、真理子も頷いた。
「美しい字を書く志津香ちゃんも好きだけど、迷ってる志津香ちゃんも、ちゃんと部員だから」
志津香はふっと笑った。
「ありがとう。……一度、崩してみる。美しさじゃなくて、私自身を」
その日、志津香は初めて、線を揺らした。
整いすぎない筆、少し太くにじんだ一画。
それは、“崩れ”ではなかった。“解放”だった。
墨が乾くそのとき、彼女の書は、ほんの少し“人間”に近づいていた。




