【第16話】初陣、新人戦へ
十月の朝、肌寒い風が校舎の影を撫でていく。
あすか、志津香、真理子の三人は、制服の上に部活用のジャージを羽織って、駅の改札前に集合していた。
「……なんか、緊張するな」
真理子が小さく笑いながら言った。
「だろ? あたしも今、心臓の音が筆の音に聞こえてる」
あすかが胸を押さえて冗談を飛ばすと、志津香がぽつりと言った。
「鼓動が聞こえるなら、ちゃんと“生きてる”ってことよ」
それは、彼女なりの励ましだった。
三人はうなずき合って、電車に乗り込んだ。
会場は市内の文化センター。
全国規模の大会ではなく、市内と隣町の高校の新人戦――いわば“顔見せ”のようなものだが、彼女たちにとっては初めての“外の舞台”だった。
エントリーするのは三部門。
個人戦にあすかと志津香、団体制作に三人の合同作品。
控室では、他校の生徒たちがすでに準備に入っていた。
男子も混ざった書道部は、どこか硬派な空気が漂っている。
道具の並べ方ひとつとっても、“慣れ”がにじんでいた。
「うわー……なんか、みんな“部活”って感じ……」
あすかが目を丸くする。
「私たち、浮いてないかな……」
「浮いてても、筆は沈まないわ」
志津香が平然と言って、席に着いた。
出番は午後。午前中は、団体制作の作品提出と講評のみだった。
搬入された三人の合作は、墨の濃淡と余白を活かした、三枚一組の構成。「跳」「繋」「在」の三文字。それぞれが自分の“想い”を込めた誓いの書だった。
講評会で、審査員のひとりが言った。
「三人それぞれの筆の個性がはっきりと出ている。それが、並べて見たときに“ひとつの物語”のように感じられた。完成度はまだ未熟だが、伝わってくる力がある」
それを聞いた瞬間、真理子の目が潤んだ。
志津香は表情を変えなかったが、ほんの少し、背筋が伸びた。
あすかは満面の笑みを浮かべて、ぐっと拳を握った。
午後、個人戦が始まる。
制限時間は四十五分。指定された語句から一つを選び、条幅紙に清書する。
あすかが選んだのは「一閃」。
志津香は「静謐」を選んだ。
「いってきまーす! ぶっ放してくる!」
「……気持ちだけでなく、筆もしっかりね」
二人が書き始める姿を、真理子は控え席から見つめていた。
自分が書くわけじゃないのに、手に汗が滲む。
あすかの筆は、のびやかで豪快だった。紙の上で勢いよくはね、止め、跳ね返るように文字を刻む。
一方、志津香の筆は沈着冷静。流れるように整い、音も立てずに言葉を置いていく。
二人とも、それぞれの“書”を持っている――真理子はそう感じた。
結果はその場では出なかった。
だが三人のなかには、不思議と充実した空気があった。
「負けても悔しくないって、なんか変な感じ」
「……出しきったから、でしょうね」
「うん、私もそう思う」
初めての新人戦。
勝敗よりも大きかったのは、「書道部として、初めて“外”に出た」という経験だった。
帰りの電車、三人は少しだけくたびれた顔をしていた。
でも、笑っていた。
それはきっと、「次はもっといいものを書こう」と、心のどこかで思えていたからだった。




