表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
筆の軌跡 **「未」**  作者: 南蛇井


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

16/150

【第16話】初陣、新人戦へ

十月の朝、肌寒い風が校舎の影を撫でていく。


 あすか、志津香、真理子の三人は、制服の上に部活用のジャージを羽織って、駅の改札前に集合していた。


 「……なんか、緊張するな」


 真理子が小さく笑いながら言った。


 「だろ? あたしも今、心臓の音が筆の音に聞こえてる」


 あすかが胸を押さえて冗談を飛ばすと、志津香がぽつりと言った。


 「鼓動が聞こえるなら、ちゃんと“生きてる”ってことよ」


 それは、彼女なりの励ましだった。

 三人はうなずき合って、電車に乗り込んだ。


 会場は市内の文化センター。

 全国規模の大会ではなく、市内と隣町の高校の新人戦――いわば“顔見せ”のようなものだが、彼女たちにとっては初めての“外の舞台”だった。


 エントリーするのは三部門。

 個人戦にあすかと志津香、団体制作に三人の合同作品。


 控室では、他校の生徒たちがすでに準備に入っていた。

 男子も混ざった書道部は、どこか硬派な空気が漂っている。

 道具の並べ方ひとつとっても、“慣れ”がにじんでいた。


 「うわー……なんか、みんな“部活”って感じ……」


 あすかが目を丸くする。


 「私たち、浮いてないかな……」


 「浮いてても、筆は沈まないわ」


 志津香が平然と言って、席に着いた。


 出番は午後。午前中は、団体制作の作品提出と講評のみだった。


 搬入された三人の合作は、墨の濃淡と余白を活かした、三枚一組の構成。「跳」「繋」「在」の三文字。それぞれが自分の“想い”を込めた誓いの書だった。


 講評会で、審査員のひとりが言った。


 「三人それぞれの筆の個性がはっきりと出ている。それが、並べて見たときに“ひとつの物語”のように感じられた。完成度はまだ未熟だが、伝わってくる力がある」


 それを聞いた瞬間、真理子の目が潤んだ。

 志津香は表情を変えなかったが、ほんの少し、背筋が伸びた。

 あすかは満面の笑みを浮かべて、ぐっと拳を握った。


 午後、個人戦が始まる。

 制限時間は四十五分。指定された語句から一つを選び、条幅紙に清書する。


 あすかが選んだのは「一閃」。

 志津香は「静謐せいひつ」を選んだ。


 「いってきまーす! ぶっ放してくる!」


 「……気持ちだけでなく、筆もしっかりね」


 二人が書き始める姿を、真理子は控え席から見つめていた。

 自分が書くわけじゃないのに、手に汗が滲む。


 あすかの筆は、のびやかで豪快だった。紙の上で勢いよくはね、止め、跳ね返るように文字を刻む。

 一方、志津香の筆は沈着冷静。流れるように整い、音も立てずに言葉を置いていく。


 二人とも、それぞれの“書”を持っている――真理子はそう感じた。


 結果はその場では出なかった。

 だが三人のなかには、不思議と充実した空気があった。


 「負けても悔しくないって、なんか変な感じ」


 「……出しきったから、でしょうね」


 「うん、私もそう思う」


 初めての新人戦。

 勝敗よりも大きかったのは、「書道部として、初めて“外”に出た」という経験だった。


 帰りの電車、三人は少しだけくたびれた顔をしていた。

 でも、笑っていた。


 それはきっと、「次はもっといいものを書こう」と、心のどこかで思えていたからだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ