【第15話】一枚に込める誓い
「じゃあ今日は、一人一枚。好きな文字を、一番の気持ちで書いてみて」
顧問の田島先生はそう言って、いつものように静かに教室を出て行った。
「一番の気持ち、って……また抽象的だな」
あすかは腕を組んで唸っていた。
「でも、なんか分かる気がする。今の自分を、文字で表すとしたら……ってことじゃない?」
真理子がそう言って、そっと墨をすり始めた。
志津香はすでに席について、目を閉じていた。
何を書くのか、まだ決まっていない。でも、無理に探す気もしなかった。
——“今の私”を、ただ書く。
三人はそれぞれ、白い半紙の前に座った。
あすかが最初に動いた。筆を握り、勢いよく紙に向かう。
「『跳』」
跳ねる、飛ぶ、跳ぶ。
「あたし、たぶん今、飛びたいんだと思う。高く、遠くまで。でも、今はまだ地面を蹴ったところ」
少し歪んだその字は、あすからしくて力強かった。筆跡には迷いもあったが、それすらもあすかの“今”だった。
次に筆を取ったのは真理子だった。
「『繋』」
繋がる、結ぶ、保つ。
「志津香ちゃんやあすかさんと書いて、なんか初めて“誰かと一緒にいる”って感じがしたから。私にとって、書は“繋がる”ためのものなんだと思う」
その字はたどたどしかったが、線のひとつひとつに、言葉では言い尽くせない思いが込められていた。
最後に、志津香が書いたのは——
「『在』」
在る、存在する、居る。
「……完璧じゃなくても、評価されなくても。私はここにいて、書いている。それだけで、ちゃんと“在る”って思いたかった」
彼女の字は端正だった。でも、どこか柔らかかった。
隙があるというよりも、そこに“人”がいるような、そんな字だった。
三人の前に、それぞれの一枚が並んだ。
「……へたくそかもしれないけど、これ、今の私」
「うまく書けたかどうかより、自分で“書いた”ってことが大事なんだと思う」
「ええ。これは、“一枚に込めた私の誓い”よ」
沈黙があった。けれどそれは、重苦しさではなかった。
墨の香りと、筆の余韻が、静かに空気を満たしていた。
そして三人は、互いの一枚をそっと見つめ合った。
言葉はなくても、そこに込めた想いは、ちゃんと伝わっていた。
一枚の紙が、三人をまた少しだけ、前に進ませた。




