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筆の軌跡 **「未」**  作者: 南蛇井


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【第100話】書道部の中心で

 三月の風は、まだ冷たく、けれどどこかやわらかかった。

 春の足音が、遠くから確かに響きはじめている。


 


 放課後、校舎の最上階にある書道室に、三人が集まっていた。


 誰に呼ばれたわけでもない。

 でも、自然と、ここに来るのが“最後”に近づいていることを、三人とも感じていた。


 


 あすかが、墨をすり始める。


 真理子は机を静かに拭き、志津香は筆を並べる。


 何度も繰り返した準備の動作が、今日はどこか特別に思えた。


 


 「なあ……うちら、ここで、どれだけ泣いたやろな」


 


 あすかがぽつりと笑う。

 真理子も笑って、頷いた。


 


 「泣いた数なら、真理子がダントツかもね」

 志津香が小さく笑うと、真理子が照れたように目を伏せた。


 


 「でも、嬉しい涙もあったよ。あの日、初めて“ありがとう”って書けたときとか。

  新人戦で、負けても、筆を手放さなかったときとか……」


 


 「そうやな……」

 あすかは筆を手に取り、何も書かれていない半紙の中央をじっと見つめる。


 


 「ここが、“うちらの真ん中”やった。

  笑うのも、怒るのも、叫ぶのも、全部、ここから始まってた気がする」


 


 志津香が、窓の外を見やりながら言う。


 


 「私、この部活に入らなかったら、“誰かと書く”意味なんて知らなかった。

  一人で完璧を追いかけるのが正しいと思ってた。

  でも……三人で書いた、文化祭の共作。あれが、私の価値観を変えた」


 


 「私も」

 真理子がそっと言葉を重ねる。


 


 「努力って、才能に勝てないって思ってた。

  でも、この場所で、“続ける”ことが、一番強いんだって知った」


 


 三人は、机の上の一枚の半紙に目を落とす。


 何も書かれていない。

 でも、その空白の真ん中には、これまでのすべてが詰まっているように思えた。


 


 「書こか」

 あすかが言う。


 


 「“うちらの中心”に、今、言葉を置こうや」


 


 真理子がうなずき、志津香が墨を筆に含ませる。


 


 三人は、ひと筆ずつ、同じ紙に言葉を綴った。


 


 あすかが書いたのは、「書くことは、生きること」。


 志津香は、「書に、人が映る」。


 真理子は、「ここで、変われた」。


 


 文字は並び、墨の香りが部屋に満ちる。


 静かな、でも確かな熱を持った一枚。


 


 それが、彼女たちの“書道部の中心”だった。


 


 「……ありがとうな、ふたりとも」

 あすかが言う。


 


 「こちらこそ」

 志津香が笑い、


 「うん。ありがとう」

 真理子が続ける。


 


 空は茜色に染まり始めていた。


 書道室の中に残る光が、三人の言葉と影を、そっと照らしていた。


 


 次にこの部屋で誰かが筆をとるとき――


 この一枚が、棚の上で静かに語りかけるだろう。


 


 ここが、わたしたちの青春の中心でした。

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