第一節 「怪奇」
「えー、今日は民俗学や超常現象などの分野を研究していらっしゃるフリーの研究家の大迫藤二さんにお越しいただきました。それでは大迫さんよろしくお願いします」
「はい、はい。よろしくですね、はい」
「それでは早速ですが大迫さんは、今回の事件についてどう考えていらっしゃるのでしょうか」
「そうですね……。まあ、率直に言うと、怪奇現象としか言いようがないでしょうねえ、はい」
「確かに、この事件は謎だらけですね。まったく聞いたこともないような、前代未聞のことです」
「いえいえ、そうとも言えませんよ? はい」
「と、言いますと?」
「大昔からね、人々はいろんな怪奇現象に出会ってきたわけですよ、はい。そうだね、例えば、今でも偶に聞くけれど、神隠しなんてものもそうだねえ。急に人がいなくなってしまう。まあ、たいていは事故か事件なんだけどねえ。ほかには、そう、ほら、怪談とかでよく耳にする火の玉とかもそれの類だよ。人間って言うものは、ずーっと怪奇な現象とともにあったんだよ、はい」
「なるほど、では今回のは何なんでしょうか」
「まずはねえ。怪奇現象の話だけど、その中には現在では怪奇でないものも含まれてるんだよ、はい。今さっき言った、火の玉もそうだねえ。全てがとは言わないけれど、科学的に解明されている。火の玉のできるメカニズムがね。まあ僕たちとしては謎は謎のままのほうがおもしろいんだけどねえ、はい。それはともかくね、昔は原因がわからなかったから、妖怪の仕業だとか、神の仕業だとか、悪魔だとか、それに魔女や呪術師の仕業だといわれてきたことが、現代では結構解明されてたりするんだよ」
「と言うことは、今回のことは今の科学では解明できない、何かである、ということでしょうか」
「うんうん、そうだねえ、はい。そうである可能性は十分に高いといえるねえ。もちろん、本物の怪奇現象であるかもしれない。僕たちの周りにはまだ、常識では考えられないことがたくさん潜んでいるからねえ。全てが科学で解明できるとは言い切れないんだねえ、はい」
「なるほど……謎は深まるばかりですね」
「そうだねえ、はい。でもそれのほうが僕たちとしては興味が惹かれるねえ、ヒヒヒヒ」
「……えっと、それでは大迫先生ありがとうございました。新しいリポーターが現場付近に到着したようなので、ちょっと現場を見てみましょう。えー、リポーターの蒼河さん?」
「――はい、リポーターの蒼河許火です! いま、ちょうど事件の起きている支丞市の隣の北谷河市に来ています。ここは、支丞市を突っ切る形で通っている県道二十二号線のところですね。ご覧ください、ちょうど支丞市との市境のところには多数の警察車両が道を封鎖しています。やってきた車も、そこでユーターンせざるを得ない状況です。警察から説明を聞いた運転手たちも、状況が理解できてないようです。それでは、ちょっとインタビューをしてみましょう。あ、すみません、少しお話しうかがってもよろしいでしょうか。はい、ありがとうございます。警察の方から話を聞いてどう思われましたか?」
「いや、訳が分かんねえよ。でも、冗談でこんなことはしねえだろうし。今から予定はいってるのに、この道が通れないとなると、遅れちゃうよ……。まったく、なんなんだろうね」
「はい、ありがとうございました。では、今度は通行人の人に聞いてみることにします。今回の事件、どう思われますか?」
「やー、わたしゃもうこの町に八十年以上住んで居るがこんなこと初めてじゃよ。でもなあ、思い当たることがないわけでもないんじゃよ」
「それはどういうことでしょうか」
「うむ、まあ昔話みたいなものなんだがなあ。この土地には昔からいろんな話があるんじゃ。わたしの子供のころも親かたくさんの怪談話を聞いたよ。やっぱり、ここはそういうのが起きてもおかしくない町なんじゃよ」
「なるほど。たしかに、そういう話は私も聞いたことありますね。たしか、あの黒武山はパワースポットとして人気があるとともに、幽霊が出るとかも言いますしね」
「そうじゃ。昔から崇められておった山じゃからな。じゃが、あの山だけじゃない。ほかにもそういう場所はたくさんあるんじゃ」
「そうですか……。ありがとうございました。それでは、私も件の市境に近づいてみましょう。……はい、私の右側、一メートルほどのところがもう市境となっております。上にも標識に支丞市の文字とともに市章も掲げられております。ではこの市境ですが、皆さんも知ってのとおり、大変不思議なことが起きています。見ていてください、このように何もない空間に手を伸ばすと……、なにか見えない壁のようなものがあるのです。決してパントマイムであるとか、そういうものではありません。ヤラセではないのです。県警の出動による道路封鎖がそれを物語っております。しかし、不思議なことはこれだけではないのです。このように、私はこの向こう側には進めないのですが、石を……投げるっと……、ほら! 市境を超えて向こう側まで飛んでいきました。この不思議な壁は、生き物だけをはじいてしまうようです。とはいえ、車やヘリコプターなども入れないそうで、ついさっきまでは壁に追突した事故車の処理が行われていました。異変が発覚して既に五時間以上が経過しております。支丞市は閑散とした様子ですが、気持ち悪くなるくらいの静けさとなっております。果たして、原因は何なのでしょうか。人々の間では、さまざまな憶測が飛び交っております。いつになれば支丞市に入れるようになるのでしょうか。中の住民が心配です。それでは、蒼河からは以上です」
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「許火さん、それにしても大変でしたね」
いったんリポートを終え、道ばたのベンチに腰掛けて休んでいた許火のもとへカメラマンの一人が声をかける。
許火は汗――主に冷や汗をハンドタオルで拭きながら、画面に映っているときも汗は大丈夫だっただろうかと心配していた。
「本当にひやひやしたわよ。自然にリポできたから心配」
「大丈夫でしたよ。いつも通りの許火さんでした。それにしても奇妙ですよね」
カメラマンは今まで撮影していた方――支丞市の方を見る。今も警察が幹線道路を封鎖し、支丞には誰も入れなくなっている。ただ、もうさすがにこの事件のことが知れ渡っているらしくだれもそこに近づこうとはしていなかった。封鎖に当たっている警察官もだいぶ数が減り、暇そうにしながらも職務を全うしている。
「そうね、奇妙ね」
許火はなかばうんざりとした口調で答えた。
突然誰もが支丞市に入れなくなった。謎の透明な壁によって。こんな怪奇現象は前代未聞だ。
今もいろんな人間たちがこの謎を解明しようとし頓挫していることだろう。
「許火さん、なんだか不満げですね。あ! あれですか、自分だけ入れちゃったことですか」
カメラマンが冷やかすように言うと、許火は彼を睨みつけた。はぁ、と一息はく。
「そうね。それのこと。まあ、誰にも言わない約束。声高に言われても私が迷惑するだけだから」
「あ、はい……すみません」
平坦な許火の言葉に、カメラマンは萎縮する。
おそらく今までで一人だけだろう。この壁の内側に入れたのは。
蒼河許火。彼女は今のところ唯一この壁の内側にはいることが可能だった。
事件の報告を受け現場に急行し、危ないと言われながらも壁にふれようとすると、彼女の手は壁のあるべき場所を普通に通り抜けたのだ。
幸い、道からはずれた場所で行っていたため、見たのは若いカメラマン一人だけだった。彼は普段から許火に従順だったので、誰かに言うようなことはよほどのことがない限りないだろうと許火は一応安心している。
だが、彼女はたまたま壁をすり抜けられたわけではなかった。
彼女自身その理由がなんとなくではあるが分かっていた。
一般の学者ではこの謎を解明することはできない。
なぜならばこれは魔術だからだ。
一般に結界と呼ばれているものに酷似していた。
許火は元魔術師である。元、というのは今はもうテレビ局の仕事に専念している、ということだった。だいたい今更専業の魔術師なんてそうそういない。
許火は誰にも聞かれないほどの声で空に呟く。
「あー、まったく。帰りたいんだけどなー」
先ほどから何度か父親に連絡しているが反応はなし。
そういえばこの付近に弟が住んでいるんじゃなかったっけ、とそれだけが懸念事項だった。
許火はこっそりと感知を行ってみた。しかし、結界らしきものは内側の魔力を視ることを許さない。ちょうどその場所だけが魔力がないかのように見えた。
異常と言えば異常。
結界で魔力の乱れを隠すことはできても、魔力そのものを隠すことはない。そもそも、魔力を完全に隠すメリットが存在しないのだ。魔力はこの世界どこにでも満ちている。全くない、など異常でしかない。
許火は感知を解き、頬杖を突いた。
「どうしたものか」
自分の知識だけではどうすることもできない。父に連絡することもなぜかできない。万事休す。
ただ、彼女は何かしようとしている自分がおかしくなってきてしまって、つい笑いってしまいそうになった。
自分はもう魔術師ではない。自分は、報道機関の一員としてその役目を果たさなければいけない。
それを思い出せると話は早かった。自分がしなければならないのはこの現状を視聴者に伝えることだ。
「でも……」
割り切ろうにも割り切れないことが一つだけある。これだけの魔術的事件が起こったのに、なぜ報道管制が行われないのか、それが不思議だった。国の上層部にも魔術専門の部署が秘密裏に存在する。魔術が絡む事件が起きればその部署が処理をするものなのに今回はいまだ動いている気配がみられなかった。
「なにかおかしい……」
首を傾げる。
「どうかしたんですか?」
許火のつぶやきに気づいたのか、若いカメラマンが不思議そうに許火の方をみていた。
「いや、なんでもないよ」
許火はそう言いきってベンチから立った。何にせよ、やはり役目は全うするべきだと、疑問点は頭の片隅に寄せておくことにした。




