これは合気道ですか?
確かにそれは未知なる経験であった。子供の力と侮るなかれ、全ての重力を頭に注がれる感覚。視界が開け光が視える。店内はこんなにも明るく鮮やかであったのか。リフレッシュとは違う気分だが、悪くない。
「…あ…合気道ですか…」
何とも間の抜けた返しである。ガタイの小さな者が大きな相手を打ち倒すアレ。多分これは合気道なのだろう。もしくは気功か。その辺りは私は全く分からない。私は武道武術には疎い。
ただ、この子が合気道でこれ程までの力を出せると言う事は実に喜ばしい。やはり女性には護身術の嗜みも必要と常々感じているからだ。女性は護るべき護られるべき存在ではあるが、自らの身を護る術を持たなくて良いと言う事ではない。自らを護り、又我々から護られる事で初めて鉄壁の護りを構築する事が出来る。
我々大人が悪い大人、唾棄すべき悪を一掃し美しい世界を支える礎とならん。謎の思考が湧いては消え、消えては湧く。これは思想の泉なのか。とても清々しい気分だ。
視界に入る晶君が益々美しく見える。おお櫻野さんと似合いの二人ではないか、これぞ思春期、これぞ青い輝き。私は今感動している、この世界に生まれ落ちこの様な子らと出会い今また縁が繋がった事を、ありがとう…
床に崩れ落ちそうになる寸前、晶君が私の体を支え様と手を差し伸べたのだが、体格差で共倒れとなる。すまない、やはり私にも質量は存在する。君を踏み潰す程の重さは持ち合わせていないが、痛みを与える程度の重さはあるハズだ。直ちに体を起こそう、何、男同士見つめ合うと言うのも不本意だろうが今は我慢して欲しい。
「猊下!」
慌てる彼女を横目に、胸元まで顔が近づいた晶君を少し押し戻す。
「すまないね、ありがとう」
「いえ…」
「櫻野さん、技を掛けるなら、そうと言ってくれませんか?」
「えっ?」
「私にはよく分からないけれど、見事な技でしたよ」
「えっ?えっ?」
「私も合気道か、気功を覚えようかな…はは」
「違います!」
何故彼女は否定するのだろう。私は寛大な大人、合気道を他の何かに転用する事にいささかの感情もない。それが浄化だと言えば成程と思い、それが奇跡と言えば君が言うならそれも受け入れよう。しかし中学生に技を掛けられると言うのも新鮮な体験だ。中々この様な経験は出来ないだろう。そもそも接点を持つ事が出来ない。これは…次回作は思春期の少年少女が合気道で恋を語り合う話を書けとガイアが囁き始めた?…どこまで口に出していたのか、漏れ出す思考の言語化が進んでいた様だ。自称聖女の櫻野さんは軽く頬を染め、盟友の晶君は何のボケですかと答えながら浮かべた微笑みも、そのささやかな笑い声は若干乾き気味に感じる。だがしかし、オジサンだから仕方ないよね、と全ての事象をオジサン、で片付けられる程パワープレイに特化してはいないナイーブな43歳独身男性厄年。
「浄化ね…ありがとう、櫻野さん」
何がありがとうなのか自分でもよく分からない。身も心も店内までも浄化されたと言う事を感謝しよう。浄化されたのだから浄化されたのだ。晶君の同級生は中二……失礼、面白い嗜好を持つ様だが悪意は感じられない。思春期は常に視えない何者かとの闘いである。その過程こそ精神の成長であり、鍛えられた心は未来への安寧へつながる。君よ心を揺らせ、心を磨け。その為のサンドバッグ役なら喜んで引き受ける覚悟はある。
「猊下?」
浄化を終えた聖女が上目遣いで振り返る。
「私、ミリスです」
まだその設定は続くのか。




