中二に至る病
品のある端正な顔立ち。鞄を持つ両手の添え方から相応の教養を持つ事が分かる。晶君のお知り合い、同級生か。声を掛けて来るあたり、さほど遠い距離感の関係性でもないのでは。呼び掛けの声のトーンに少し好意的な声色を感じる。これがいわゆる “ ラブコメの波動 ” と言うヤツか…ツラツラと取り留めのない事を考えていたら、それはまるでスローモーションの様に始まった。彼女の上体がゆっくりと傾き、閉じた瞳、結ばれた口元、顔を伏せ、音もなく静かに動く機械仕掛けの人形の様に、すうっ、と、ほぼ直角にお辞儀をして来る。最敬礼の姿勢で一体何事?
「…」
次第に肩を震わせ始める彼女。
「…っつ、ふぐぅ…」
泣いてるのか?私に?お、おい止めてくれ私が一体何をしたと。突然の最敬礼と涙に呆然とする男が二人。彼女がその姿勢のまま私の腹に飛び込んで来た。正確に言えば前傾姿勢で突進し下腹部への頭突き。ズンと重みを感じる。重心低いからね。留める様に彼女の両肩に手を置くが、柔らかな勢いは止まらない。
「…ナニコレ」
「…」
助けろ晶君。君の管轄だろうが。残念ながら晶君のフリーズは解かれないままだ。
「ちょっと落ち着こうか。君は…誰?」
ボッタボッタと石畳の上に大粒の涙が落ちて行く。真下に蟻が居れば水滴の絨毯爆撃だろう。それにしても悪目立ちはしたくない。未成年相手に大人が謎の姿勢で相対している。これは社会的な死、非常に不自然な状況だ。
「ちょっと…顔を上げて貰えるかな」
「…ぅぅぅ…ぅぅうううう」
唸りだしたよ?この子。どど、どうしろと?一体どうしろと。私達初対面ですよね?何なの本当に。私、何かした?何もしてないよ!せめて顔だけでも上げてくれないか、涙も拭けないし、体裁が非常に悪い。本当に頼む、顔を上げてくれ上げて下さい上げなさい!強めの語気にビクッと体を震わせ、驚いた表情で顔を上げた。最敬礼よりは戻ったものの、こちらに寄りかかる形で重心を預ける彼女。何とか姿勢を正そうと腕に、胸に力を込める。その努力を理解してくれたのか、ようやく彼女は自らの力で姿勢を立て直した。…が、私の両腕は彼女に強く握られている。先程とは打って変わって、揺らぎない真っ直ぐな二つの瞳が私の両目を捉えている。
「どうしたの」
「…」
「ちょっと落ち着こうか………ね!」
「晶君、お知り合い?」
「…櫻野さんです」
「この子が櫻野さん?」
「え………と、そう、です」
「何で泣いてるのかな…」
「…」
少年は事情を知らない。
「櫻野さん?」
ずっと無言の乙女。まあ、泣かれるよりはマシか。私はハンカチを取り出し丁寧に頬の涙を拭った。申し訳ない、オジサンのハンカチではご不満だろう。一応清潔ではあるつもりだが。
「お分かりに…ならないのですか?」
「ん?」
「…」
「すみません、全く」
櫻野さん………ずっと私と目が合ってるけど、見つめる相手を間違えてないか?私に視線を合わせられても困る。
「初めまして」
ずいぶんな出会いである。それでも初対面の挨拶は欠かせない。だが、初めまして、の言葉に反応したのか、その顔はとても悲しそうだ。私と…昔からの知り合いだろうか。全く身に覚えがない子。向こうは知っているようだけれど、今はとりあえず、初めまして櫻野さん、か。誰なんだ君は、私は宮川賢しか知らない。




