シルスマリアン
「普段から持って歩かないで下さい」
「ええ?いい本ですよ?」
晶君、その本を何度もカバンからシレっと出さないで、シレっと。彼の手から恐る恐る?受け取ったシルスマリアン文庫。ピラッと表紙を捲ると、おふ…
「うわぁ」
サインでした。私、サインしていたんですね。もう書けませんけど。忘れました、完全に忘れました、書き方。ほー、でもまあ、意外に…うまい?のか?
いやいやいや、いやいやいやいや
「サイン本ですね」
「サイン入ってます!」
もう晶君、嬉しそうにしているのも何だか “あざと可愛い” 戦略に思える。
「…これは、もしかして…隣人堂の時のものでは」
「隣人堂?」
「懐かしいですね!ありましたありました、発売記念のイベント」
「イベント?」
「トークしてですね、サイン会やりました、うわぁ…」
「新宿ですか?」
「池袋です」
ん?と言う事はお母様、その会にお越しになられていた、と。
「ね、ちょっと聞いてもいいですか?」
とびきりの作り笑いで彼に顔を寄せてみた。ビクッとしたのは良い反応デス。それを狙っているのだから。ま、寄せると言っても、物理的に数十センチの空間はどうしても発生する。だから晶君、そう怖がらないで、今はこの至近距離の間合いを愉しんで欲しい。そうそう、ここにカウンターと言う物理的な間があって良かったですね、ねえ?晶君。
「お母様って私の事…ご存じでしたね?」
「知ってました」
「いつからです?」
「え…引っ越して来た時に」
「…」
ああ、挨拶のタオルを持ってお母様、来られましたねぇ。
「先生の隣!ってすごく驚いてて」
知らない。顔バレしてましたか。まさか隣人堂の参加者が隣に越して来るなんて想定外。すっごい恥ずかしいんだが。これがつまり、放流?生暖か~く見守られてる感じ?この人、次回作いつ書くんだろう、って言うか、もうダメなんじゃない?みたいな。おおお……涙が出そう。
「そう言う事は早く言って下さい!」
「す、すみません」
「あ、いや…怒ってる訳ではないのですが」
もう少し早く仰って頂きたい、と。
「先生の邪魔、絶対しないで、って」
「えー?」
「ゲームも音量下げてました」
どおりで静かな隣人だと。無駄な気を使わせていたとは申し訳ない。
「何だか…スミマセン」
「いえいえ…」
そうか、私達、ずっと前?から深い知り合いだったとは。作家と読者、これはもう、運命共同体?ですね?
「でもその本、ちょっと晶君には早い気もします。一応、ライトですけど、百合ですし」
「ゆり…」
シュン、と瞳を落とす晶君。お願いだから私の本を読ませないでお母様。
「うん、分かります?この本、女の子・女の子なんですよ。百合を書けとガイアが囁いて来て」
すみません、全部言い訳。
「ずっと友達でいるつもりだったのに」
ん?
「親友は恋の始まり」
ひぃ
「貴女を愛する気持ちは、彼に負けない」
「こらこら」
お願いします、
台詞の朗読は止めて下さいお願いします。
「クサいでしょ?」
「全然!…面白い、と言うか、すごく…」
大きいです、何て言わないで?
「感動しました!」
「感動って」
ええ??そんな本でしだっけ?いやいや晶君、その歳で………百合ですか。新しい扉、開けてしまった?業の深い中学一年生の爆誕ですか!?
「もちろん、男女の恋愛小説も書いてますよ?…BLは書いた事ありませんが」
「そうなんですか」
「そうなんです」
「先生の本、面白いですけど」
「ありがとうございます」
ストレートに賞賛されると、どう反応して良いのか分からなくなる。無意識に髪をかき上げながら、参ったな、と呟いた言葉も照れ隠しと思われるのだろうか。
「でも、中途半端に終わらせてしまう話が多くて…結構頑張って書いてるつもり、なんですが」
「中途半端?そうなんですか?」
「自分の中では上手く完結出来ていません…」
「…」
どう説明すれば良いのだろう。
「…ハハッ」
私もここは、笑って誤魔化す事にした。




