恋愛小説ノススメ
それは私の作品。淡く明るいグリーンの背表紙、懐かしのシルスマリアン文庫。愛読してくれるのはありがたい、ありがたいが…本人の前で見せるのはご容赦願いたい。嬉しいけれども恥ずかしさの方が先に立つ。これ以上は変な声を出してしまいそう。その本はそっと仕舞って頂けると大変助かるんだが、友永君。
店までの道のり。軽い坂はあるが、妙に長い長い5分間。駅前の喫茶店は定休日。表のドアの鍵を開け、中に入るとムッ、とした空気。流石に8月は暑い。
「自由に座って下さい」
彼はこの店に来た事がない。店長の私が見ていないのだから間違いないと思う。
「ご存じでしたか?このお店」
「はい」
毎日通るから、と申し訳なさそうな声。まあ、小学生中学生には、中々気軽に喫茶店には入って来れないだろう。そんなに恐縮しなくても大丈夫。
「私、実は店長なんです」
「えー…」
驚いてる驚いてる、いちいち反応が初々しくて可愛い。お母様の気持ち、分かります。
「コーヒー、コーラ、ジュース…メニューを見て下さい」
「コーヒーをお願いします」
即答ですか。
「アイスですか?」
「ホットで」
ええ?暑いのにホットですか。
「クーラーの効きが遅くてしばらく暑いけれど…大丈夫?アイスコーヒーの方ではなくて」
「大丈夫です」
えええ…
「ブレンド、キリマンジャロ、エチオピア…えっと、分かります?銘柄」
「すみません…」
「ブレンドにしましょう」
先に出したグラスの氷水には口を付けない様子。コーヒーを待ってくれているのか。
「先生の本、僕も好きです」
「お、おふ」
変な声が出てしまった。そもそもどう返事をすれば良いのだろう。これはもう立派な羞恥プレイでは。
「…ありがとう御座います」
コーヒーにミルク、砂糖を置く。
おお、ブラックで行くのか。本当に中学1年生?私が中学生の頃はカフェオレでした。
「…ブラックなんですね」
ちょっと照れた様に笑う友永君の仕草、ご馳走様です。
「20年前に書いた作品です。懐かしいですねぇ」
「読み始めたばかりですけど、何て言うか」
「何て、言うか?」
「キューって来ます!」
「…女の子同士の恋愛なんですけど」
「ですよね」
「どう思います?」
「どう?…って、上手く言えないですけど、あの」
20年ぶりに読者の方と向き合っている。君の感想を貰えると、とても嬉しい。
「スゴいです」
何がスゴいの??何だか顔が赤くなって来た、彼も私も。
「…エッチな話は書いていません…」
「そんな事言ってません!」
「…し、失礼しました」
感想を言うのも聞くのもドキドキしている二人。男の子はいつでも思春期に戻る事が出来る。
「主人公と親友が段々、違う意味でその、仲良くなっていって、彼氏が切ない…って言うか」
彼氏持ちの彼女が彼氏との恋愛を親友に相談している内に、親友と結ばれてしまうお話。最近の言葉で言えば、百合N・T・R。
「ほぅ……分かります?」
「はい!こんな恋愛もあるんだな、って」
「まあ、ですね…恋愛小説と言っても、私は百合専門です。女の子同士の友情以上恋愛未満、そんな危うい関係を書くのが好きなんです。いえ、中学生とか高校生とか、そう言う年頃の女の子が持つ特別な輝きを書きたかったのですが……すみません早口で色々喋ってしまって。……そもそも、百合って分かります?」
分かります、と照れながら呟く彼の頭に軽くポン、と手を置いたら、きっと怒られる事だろう。
「甘酸っぱい感じですね!」
「ん?あま?…まあ…ですかね」
私は中学生男子と一体何を談義しているのか。
「友永君は、そう言うお話は好きですか?」
「…まだ、分かりません」
「そうですか」
「別に女の子同士の恋愛が読みたい、って訳じゃないですけど、友達から恋人になるのがその、ドキドキします」
彼は男の子にもドキドキするのだろうか。次はBLを書くのも面白そうだ。
「すまないが百合以外は帰ってくれないか?」
「えっ」
「ふふっ、冗談です。でも、今ならBLも書ける気がしますよ」
「BLですか?」
「ボーイズラブ、男の子同士の恋愛ですね」
「え」
「とりあえず、書いた事はないんですが……私たちで練習してみます?」
「いやいや」
恋愛小説好きの二人が出会う、これは恋愛小説が好きな男の子たちのお話。




