開店休戦
このままでは店が危うい。凄まじい魔力の顕現。ニコラ君が魔族と言うのもあながち冗談ではない様だ。だがこんな狭い店内で魔力をぶつけ合えば一帯の建物ごと崩壊しかねない。…全く手の掛かる子供達だな。思考と思考の隙間に私ではない何者かの意識が静かに浸食し浸透する感覚を覚える。意識が別人格を形成しているのか、これは一歩間違えれば階層構造的多重人格と言われかねないか。
「ニコラ君?」
「はい猊下!」
これは自分の声なのか。随分威厳のある声色に私も君も驚いている。だが間髪入れず返事してくれたのはありがたい。とりあえず日常へ戻ろう。
「店内は魔法禁止ですよ」
「…申し訳ありません」
店内は禁煙ですよ並の言い方しか出来ないのがもどかしい。
「そろそろ開店準備をお願いします。その恰好…何とかなります?」
「大丈夫です!」
良かった、悪い顔は消えているな。ところで、いやホント困りますお客様。
「櫻野さん?」
「ミリスです」
「櫻野さん」
「…」
「ミリスと呼んでも構いませんが、お店では揉めないで下さい」
「…はい」
聞きたい事は山ほどあるが、一度思考を整理したい。私の知らない世界。魔法は本当に存在した。
「今度時間を作ります。ゆっくりお話ししませんか?」
パアッ、と歓喜の色が浮かぶ表情。心なしかバックヤードの奥は不穏な空気。
「晶君も同席願います」
晶君も頼られて嬉しいのだろう、返事の代わりに軽い微笑みを返してくれた。昨日今日の彼との接触で、既に目と目で通じ合いそうな感覚すらある。これは友情…ですよね、年の離れた友情を経験させてくれてありがとう。そう言えば恋する様な友情を、と言う有名なフレーズが御座いまして。晶君、君はご存じだろうか?さらに言えば先程の君のそれは “ 微笑み返し ”、さあお父様お母様に来てみよう微笑み返し。異世界転生勇者レベルⅩの対魔王戦特化型閃光術式特殊攻撃とは違います。そもそも勇者は神聖法力は使えませんから。ってこれは誰の知識なのか、ちょっと意味が分からない。
「猊下!」
「はい?」
「私もお話ししたいのですが?」
白いシャツに黒いスラックス、パリッと着替え終わったニコラ君の圧が強い。
「猊下呼びはちょっと」
「では店長」
ふいっと俯く角度からの上目遣い。
「お店が終わりましたら、私にもお時間下さい。きちんと色々ご説明申し上げたいので」
薄っすらと苦々しい表情で脇に佇むミリスを横目に、礼儀正しく話を終える彼女。お店が終わる…彼女のシフトは午後5時、私は午後10時過ぎるが…待たせるのも申し訳ないけれど。午後10時か…彼女は成人、夜が多少遅くとも大丈夫ではある。
「分かりました…居酒屋でも予約」
「居酒屋???」
聖女、人の話に割って入らない。
「お酒を飲まれるのですか???」
「いや、私は飲めないから…ウーロン茶とか」
「そうではなくてこのま……女と???」
「いや、多分10時くらいになるから居酒屋かな…って」
「危険です、お酒の出る場所は非常に危険です!」
聖女は過保護である。
「…ファミレスでもいいですけど。まあ、考えておきます」
「猊下、この女に心を許してはなりません」
「おい聖女、ピーピー鳴いてんじゃねえぞ」
ご覧下さいコレがこの女の本性です!って言われてもですねぇ、貴女が散々挑発しているのだから仕方ない気もします…。穏やかに行きましょう、穏やかに。
「二コラ君…一応、相手は中学生ですから、優しくしてあげて下さい」
「…畏まりました」
明らかに不服そうではあるが、取り合えず今はこれでいい。
「ミリス、私の事は…肥田、と」
「肥田さん…」
ああ、折角ですから何か飲みませんか?アイスティーをお出ししましょう。晶君は…ブレンドのホットですね。ニコラ君、表の看板を Close から Open へお願いします。さあ、今日も開店しましょう。




