ダークエルフは怒髪天
「バウスロ・ウル・ダウオーマ、リアルストス…」
(堕落せし汝の魂に命ず仄暗き泉を解き放ち主の御前に真言を捧げよ)
ミリスの早口な詠唱に、最後の力を振り絞り、ようやく拘束を解いた二コラ君が自らの口を両手で強く抑え込む。
「無駄よ」
二イッ、と暗い笑みを浮かべる聖女。んーどう見ても悪役。二コラ君は拘束に抗った為か、とても苦しそうだ。晶君と私の男二人、女性陣の圧倒的な存在感になす術もなく立ち尽くしている。
「さあ答えなさい、猊下の御前でお前の真を」
「ングゥッ…」
「ちょっと…ミリス?」
猊下はお下がり下さい、と言われても、二コラ君を放っておく訳にも。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫ではありません!お赦し下さい猊下!」
二コラ君の両手が不意に開く。否、視えざる力に操られ開かされているのか。
「卑怯者!!!」
二コラ君渾身の叫び。
「猊下御身を遣うとは何たる大罪!貴様それでも聖女か!腐れ売女!!」
「何とでも。さあ愚かな魔族…お前の名前は?」
「………エルドアの森の…ニコラ」
「お前の真の姿を顕現せよ」
瞬間、淡暗い光の影が通り過ぎた。と同時に二コラ君…であった何かが今そこに存在している。褐色の肌はそのままに、鮮やかな赤髪に鋭く尖る耳、見た事のない異国の装束。イリュージョンなら一級の腕前だと賞賛したい所だが、とてもそんな気分にはなれない。二コラ君の苦悶の表情に胸が締め付けられる思いだよ、リシューリア。
「ダークエルフか……おぞましい肌、汚らわしい」
目の前のやり取りは白昼夢なのか。脇を見ると友永君の瞳に二人の影が映る。何と悲しい光景だろう、憎悪に我を忘れ互いに純粋な敵意を剥き出す。およそ理性知性には程遠い空気だ。トドメに「汚らわしい」の一言…その一言に私の頭に血がカッ、と昇って行く感覚。私もその憎悪の渦に呑まれているのかも知れない。考えるな私、これ以上は思考を止めろ。
「……ミリス、君は、非常に粗暴で尊大だねぇ」
「猊下?」
「二コラ君が何者だろうと、大切なスタッフには変わりない。昨日突然現れて、今日も朝から私を振り回す。晶君の関係者と聞いているが、彼女を下郎呼ばわりとは随分失礼じゃないか。挙句 “ おぞましい “ だの ” 汚らわしい” だの、全く…酷い話だよ」
呆気に取られる聖女。
「猊下!お気を確かに!!」
「至って正常だが?」
「こ、コイツは猊下に呪術を!!!」
「関係ない」
聖女は絶句した。見開いた両目から大粒の涙が流れ始める。
「騙されないで!!!」
「…」
私は今、非常に冷静だ。デジャヴの様に、この状況をごく自然に受け入れている。
「二コラ君」
「はい…」
伏し目がちに答える彼女。少し怯えているのか。
「君は…人間?」
「…いえ」
「私に呪術を掛けていたのか?」
「お掛けしておりました」
「なぜ?」
「ひとえに、猊下をお護りする為」
膝を付き、頭を垂れる妙齢のダークエルフ。
「嘘を吐くなッ!!!お前等が嬲り殺しにした癖にッ!!!」
ミリス、ちょっと落ちつこうか。目を剥いて怒らない。乙女乙女。
「人殺しッ!!!猊下を返せッ!!!」
…猊下なら、ここにいるのでは?
「猊下をこ…っ、…殺す……っ、殺した…???」
スッと立ち上がり、聖女に歩み寄る二コラ君。怒りに満ちた鋭い瞳を向けて。
「貴様等、人族だ」
「……は?」
「貴様等が、猊下を殺したのだ。誰が…猊下を……殺した?…だと?」
鼻先まで顔を寄せる。
「馬鹿を言え売女。私が?猊下を?殺す?貴様…狂っているのか?」
増幅する怒りは深い溜息と共に。
「焼けた森で……誰が、誰が…飢えた同胞を、お救い下されたと?」
肩で息をする度に揺れる上体。
「猊下はなぁ……人族に蹂躙され、魔王軍も棄てた我等から、全ての邪悪を、全ての災厄を退けた……森を救い、民を救い、国を救い…」
天井から下がる照明の数個が彼女の怒気に気圧されたのか。時折チカッ、チカッとチラついている。
「奴隷に堕とされた私の隷属を、誰がお解き下されたと?」
怒りに震える二コラ君の横顔は美しい。
「よりにもよって……猊下を殺したのが、我等だと?私だと?笑えんなぁ」
深い呼吸。数秒の間。
「貴様の術がなくとも答えてやる。この身、この命を賭けて猊下の元に辿り着いた。賢者の石を狙う貴様等“人族”から猊下をお護りする為に…」
ニイイ、と笑う顔に浮かぶ邪悪の気配よ。




