対決
後楽園ホールの赤コーナー控室に鹿島、青コーナーに黒羽が入っている。
もうすぐ第一試合が始まる時刻だ。
第一・・第二試合はどちらも四回戦のデビュー戦同志の試合である。
律は鹿島との試合には設計があった三日かけて組んだものだ。
・・この選手の過去三試合をビデオで見て、一ラウンドは対戦相手の様子を伺い、二ラウンドの立ち上がりから攻撃が集中することが分かった・・そして・・二分過ぎると足が止まりがちになることを掴んでいた。
ならば・・一ラウンドはこちらも様子を見て、二ラウンドの序盤からはアウトボクシングに徹し、二分過ぎからこちらも攻撃を仕掛ける・・・。
(五戦五勝五KO・・その殆どが後半の3、4回に倒している、最後の5戦目だけが2回KOだ・・・怖くはない・・勝つのは僕だ!!)
律は、自分の計画は基本に忠実で、数字に裏打ちされた設計だと自負していた。
・・リングへと向かう通路で律は一つ大きく深呼吸をして、後楽園ホール全体を見回した。
”すごい人の数だ・・”
大勢の観客がこれから入場する二人を見つめている。
リングサイドにはカメラマン達の姿も見える・・・この試合への注目度が感じられた。
「律⁉観客の顔が見えるか?」
黒羽の専属のトレーナーが聞いた。
もちろん、落ち着いているか⁉の意味である。
律は小さくうなずきリングへと歩き出した。
「フェザー級六回戦を行います・・・赤コーナー125ポンド四分の三・・コメクラ~かしまーとおるぅ~~・・・青コーナー125ポンド二分の一・・永野拳闘クラブ・・くろばねぇりつぅ~・・・。」
レフェリーの注意をリング中央で聞き、二人はグローブを合わせ自軍のコーナーへと分かれていく・・・"カ―――ン”・・
第一ラウンドのゴングは鳴った!
二人は再び軽くグローブを合わせ、互いに右回りにステップを踏む。
鹿島のワンツー・・黒羽はスェーして交わす、鹿島も深追いはしない。
お互いのジャブが交差して・・・互いに睨み合う・・
・・・そういった展開で三分が過ぎ去っていった。
一ラウンドは、透も律も計画通りのラウンドだ。
「赤コーナー鹿島 透選手の戦績は五戦五勝五KOでございます。尚、青コーナーの黒羽 律選手は本日がデビュー戦でございます。」
場内アナウンスが二人を紹介すると、観客の大きな拍手の波が二人の選手を包んでいく。
”ラウンド2(ツー)”
第二ラウンドのゴングが鳴った。
いきなり鹿島の右ロングフックからの左ボディーブローが飛んで来た。
冷静に律はそれらのパンチを足を使って交し、華麗なステップを踏みながらジャブを繰り出す・・・一分近くが経過したころ・・
律は鹿島の動きに変化を感じた・・左足が半歩下がった・・”右が来る・・
左腕で防御、そして右ストレートだ”
「ダウン・・!」
レフェリーの声が聞こえる。
”決まった⁈相手はダウンしたのか⁇”
「ニユートラルコーナーへ・・。」
律はニュートラルコーナーへ移動を始めた・・しかし身体が動かない!
”なぜ動かない⁉”
律は自問自答した。
・・そこには、リングに横たわる自分がいる。
律は正気を取り戻し、ダウンしたのは自分だと悟るのであった。
鹿島の右フックが、律の想定した到達時間より数段早かったのだ。
「フォー・・・ファイヴ・・」
レフェリーのカウントは進む。
律はカウントエイトで立ち上がり、ファイティング・ポーズをとった。
”大丈夫だ、足もまだ動くし意識もはっきりしている”
律は自分の状態を分析して、鹿島の右フックに対しての修正をした。
「大丈夫か?」
レフェリ―が律の両手を持ち目を覗き込む。
「はい、やれます。」 ・・律が小さな声で頷く。
「ボックス。」
レフェリーの声と共に鹿島が突進して左右のパンチを振るう。
律はダッキングでかろうじて鹿島のパンチを交す。
・・残り時間は一分・・・
鹿島の左足が半歩下がった・・
” 来る・・‼ ”
鹿島の強烈な右フックに、今度は反応した・・が、少しだけ反応が遅れ、被弾した。
しかしパンチが浅かった為、律は大きくバランスを崩したがダウンはしなかった。
襲い来る鹿島・・・そこにスキが生まれた。
”今だ!”
右アッパーを律が打とうとしたその瞬間。
「スト――ップ‼」
レフェリーが二人の間に割って入り、黒羽の身体を抱えた。
カン、カン、カン・・ゴングが連打されている。
律は最初何が起きたのか分からなかった.。観客は騒めいている。
”早ーい・・” ”早すぎる”
観客たちが口々に不平を漏らしている。
「・・二ラウンド二分十五秒、レフェリーストップで鹿島 透選手のテクニカル・ノックアウト勝ちです・・・。」
歓声と怒号が飛び交う中、透と律はリング中央で向き合い、グローブを合わせ頭を下げた。
透の顔に高揚は無く、律の顔に落胆もなかった。
「こんなバカなストップがあるか!帰るぞ黒羽・・。」
律の専属トレーナーはまだ怒っていた。
律は黙ってリングを降りた、リング上では鹿島 透がインタビューを受けている。
チラッと目をやると、律はポツリと呟いた。
「・・もう少しやりたかった・・。」
一人の男がリングサイドに座っていた。
記者の男がカマラマンを従え、黒羽の控室に行こうとした時、その男は立ち上がり出口に向かって歩いて行く。
記者の男はその男の顔に見覚えがあった。
以下は、その男と記者の男の会話である。
「春日慎一郎なぜ此処に?」
「ボクシングを見に来ただけだよ。」
「もう、帰るのですか?・・メインは観ないのですか⁈」
「草間君は階級が違うからね。」
春日慎一郎はそう言うと記者に対して背中を向け歩き出した。
「・・・最後に一言お願いします、今の試合・・ストップが異常に早くなかったですか⁉」
春日慎一郎は立ち止まり暫く思案していたが、記者の方に振り返りながら・・・
「そうだね‥確かに早すぎるストップだった・・・あのストップが無ければ、勝者は違っていたかも知れない・・・。」
そう言って記者に背中で右手を挙げると、通路を出口へと急ぐのであった。
次の日、首都圏を中心に読まれている○✕スポーツの紙面に次のような記事が小さく載っていた。
” フェザー級のホープ鹿島が、高校二冠黒羽に二回TKOで勝利。しかし、世界フェザー級チャンピオン春日は語る・・・レフェリーのストップが異常に早すぎる試合であった。あのストップがもう少し遅かったら、勝者は違っていたかもしれない・・。 ”
原案 HARUKI
一点より




