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栄光は誰のために  作者: ながいわかれ
プロローグ
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1/3

透と律

ボクシングに青春をかけた・・二人の物語

鹿島 透は小学生の時から大のボクシングファンでした。

テレビで世界タイトル戦の放映があると、テレビの前で齧(かじ)り付いて観ているのであった。

彼は中学を卒業すると、高校には進学せずに東京で小さな鉄工所を経営している叔父を頼って、単身上京したのである。

そして、15歳の初夏・・・彼はかねてより念願であったボクサーに成るために、名門コメクラボクシングジムに練習生として入門したのであります。

12歳の時に観た、時の世界フェザー級チャンピオン春日慎一郎の初防衛戦で見せた右フックが、彼の理解の範疇(はんちゅう)を超えて衝撃を受けたのだ。

挑戦者は確かにその右フックを見ていた・・・絶対に当たらないと思った瞬間・・挑戦者はチャンピオンの前に崩れ落ちた。

ガードも間に合う位置にあった。

・・・なのに、挑戦者は被弾した・・。

彼は録画してた試合を何回も見直した、スロー再生にして右肩の角度と左足の踏み込みを数えた・・・それでも解らなかった。

だからと言って、分からないものを放っておける性格ではなかった。

ボクシングジムに入ったのは、答えを見るためでなく・・自分の身体でそれを再現出来るかどうか確かめる為であった。

そして二年間、彼は仕事?!とボクシングを必死に頑張って、見事17歳でプロボクサーのC級ライセンスに見事合格したのであります。


・・・俺は世界チャンピオンに成る・・

ボクサー鹿島 透・夢への第一歩であった。



黒羽 律がボクシングに興味を持ったのは高校一年の夏の事であった。

・・・テレビのドキュメンタリー番組で、ボクシングの世界チャンピオンが10度目の防衛戦の後で呟いた言葉で・・”強くなったんじゃない、強さの造形(かたち)が途中で分かっただけだ”

律はその言葉を三日考えた。

そして・・・一つの結論に達した。

強さ!と云うのが<形>を持つのなら、それは定義できる。そして、それを分解できるなら・・”強さ”の造形(かたち)を・・順番に積み重ねていく事が出来る。


律は半年間考え,思いついた事をまとめると・・それはノート2冊分の労力(じしん)になり、

有言実行とばかりに高2の春ボクシング部のドアを開けたのであった。

彼は一年間コツコツとボクシングに打ち込み、対戦相手を、律 特有の設定理論にあてはめて闘った。

・・最初のうちは上手くいかずに負けが込んでいたが、高3の夏前頃からめきめき頭角を現して,夏のインターハイ・秋の国スポと高校2冠に輝いたのである。

高校卒業時には、黒羽 律という名は関東一円のボクサー関係者に轟いていた!

卒業後、律は大手ボクシングジムの誘いを断り、高校二冠・・アマ戦績50戦35勝(25KO RSC)14敗1無効試合という戦績を引っ提げて、地元下町にある永野拳闘クラブのドアを叩いた。

その3か月後、律はB級ライセンスのテストに合格し、来月の半ばのデビュー戦を今は心待ちにしている状態である。


・・・後楽園ホールで行われる律のデビュー戦は、コメクラジム主催でメインカードは、日本ライト級タイトルマッチ・チャンピオン草間順二 (コメクラ)の五度目の防衛戦であった。

律の試合は第三試合に組まれていて、対戦相手はデビュー以来5戦5勝(5KO)律とは同い年のコメクラジムのホープ鹿島 透であった・・・・・。

デビュー戦を迎える黒羽陣営はこのマッチメークには反対をしたが、最後は鹿島陣営の強引さに押し切られた形となった。


そして、試合当日が・・おとずれる。








原案 HARUKI  一点

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