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「死なせてやった方が幸せだったんじゃねーの?アイツにとっても、残された人間にとっても」
ああ、まだコイツが残っていたな、とシャーロットは途端に疲労度が急上昇するのを感じる。
ウォルターにチラリと視線をやると、シャーロットはアイザックの胸に顔を埋めた。
アイザックが髪を梳くように撫でる感触に身を委ねてから、溜め息と一緒に面倒臭い気持ちを吐き出す。
「⋯アンタが、自ら命を絶つよう唆したんでしょ?」
ウォルターがわざとらしく片眉を上げるのに対して、シャーロットが胡乱げな目を向ける。
「エリオットが、昨日先生が話した内容を知ってたわ。⋯おかしいわよね?昨日の午後は夕方まで寝こけてた筈なのに。⋯誰が、いつ、教えたのかしら?」
「確かに昨日エリオットとは会ったさ。研究の手伝いを頼みたくてな。⋯その俺が、自殺教唆なんてする訳ねーだろ?」
優秀な人手は丁重にもてなさねーと、と嘯くウォルター。
「⋯アンタはお姉様を刺したエリオットを許せなかった。生きてる価値もない、と。だけど直接手を下したりはしない。そんな事しなくても」
「そんな事しなくても、放っときゃ勝手に自滅してくだろーな、アイツは」
くくく、と笑うウォルターはどこか他人事のようだ。
「それこそ、俺が何もしてねー証拠だろ?」
「⋯そうして諦観してる内に、先生が動き出したのを見て、警告と報復を兼ねて告発文とナイフを仕込み、学園に先生の行動を密告して動きを封じた。アンタのことだから先生の退職も示唆してるんじゃないの?」
ウォルターは掌を上に向けて肩をすくめる仕草で、返事をしたつもりらしい。
シャーロットは気にもかけず続ける。とっとと終わらせてしまいたい気持ちの表れか。
「更には私達が動いたことで、屋敷に籠もってたエリオットが外に出てきた。先生を狙うのはアンタにとっても都合が良いものの、不安要素も増えてしまった。エリオットが勝手に死ぬのは良いけど、お姉様と同じ曜日、同じ時間、同じ場所、同じ種類の凶器、同じ方法、全部揃えるのは癪に障る。⋯だから昨日は避けたのね」
顎に手を添えニヤニヤとシャーロットの言葉を聞くウォルターを見て、答え合わせをする学生と教師のようだな、とアイザックは思う。
ウォルターはシャーロットの話が合っていても違っていても痛いところなどないから、この様に余裕を見せているのだろう。
「日曜に行動を起こさせないよう、土曜の内にエリオットを誘い出して眠らせた。日曜は昼頃にエリオットが目を覚ましていないか確認に行き、⋯そうね薬の追加もしたかも知れないわね。そして先生と私達の会合の様子を見に来た。⋯⋯そんなに忙しい中、わざわざ昼過ぎにお姉様に花を手向けたのは、なぜ?」
ウォルターは相変わらずだんまりだ。
シャーロットの言葉を楽しんでいるように見える。
「同じ曜日、同じ時間、同じ場所、それを奪ってやりたかった?⋯だから、昨日の昼過ぎを狙って花を手向けたの?⋯⋯アンタなりの執着だったのね」
シャーロットは溜め息を吐くと、ウォルターを見据えて尋ねる。
「どうして、お姉様が死んだのが昼過ぎだと知っていたの?」
「発見されたのは夕方よ?⋯私も両親も、お姉様がいつ死んだかなんて知らなかった。⋯⋯アンタ、あの日見てたんでしょ?自分の研究室から」
シャーロットの口調に軽蔑がこもるが、ウォルターは涼しい顔で答える。
「なるほど、俺は善意の第三者、ってわけか」
「善意が笑わせるわね。お姉様と先生の約束をアンタが知ってエリオットに知らせたのか、はたまたその逆か。⋯とにかくアンタはあの日、2人が会うことも、そこへエリオットが乗り込むことも、知っていたのよ」
「まさか俺がエリオットをけしかけたとでも?⋯俺は、舞台にすら立っていないんじゃなかったのか?」
意趣返しと言わんばかりのウォルターを、シャーロットが嘲笑する。
「それで舞台に立ったつもりだなんて笑えるわ。私からすれば、アンタは引き金ですらないけど。⋯でもそうね、そこまで言うなら良いわ。引き金はアンタ。アンタは、自分で自分の可能性を潰したのよ」
ウォルターが意味をはかりかねると言った表情をする。
「先生はお姉様の気持ちを受け取らなかった。お姉様が恋心を封印しようと決めた卒業までの間、アンタがお姉様の心を取り戻す事だって出来たんじゃないの?⋯生きてさえいれば」
ウォルターの顔から笑いが消えた。
だがそれ以上の感情も悟らせない様に表情も消えた。
「アンタはお姉様の心を再び手に入れる機会を永遠に逃したのよ、自分の手で」
ウォルターの表情は変わらない。
そんな事は構わず、シャーロットは畳み掛けていく。
「ねえ、ウォルター先輩。1つ教えて欲しいんだけど。⋯⋯アンタ、聞いたんでしょう?お姉様の最期の言葉。⋯どうだった?アンタのことなんて眼中になかったでしょう?⋯⋯ねえ、」
「お姉様は、最期になんて言ってた?」
━━研究室から見ていたウォルターは、ドロシーが刺されるのを見て一瞬息が止まった
何故、ドロシーが
何故、こんな事に
何故、ドロシーは⋯
慌ててガゼボに向かったが、ドロシーの姿がない
無様に倒れているオスカーを見て、知らず舌打ちが出るが、今は構っている暇なんてない
とにかくドロシーを助けなくては⋯⋯
エリオットの喚く声が聞こえる
ならばと、反対側に向かう
ようやく見つけたドロシーは、血の気もなく意識は朦朧としていて呼吸もかなり浅い
「⋯助、けて⋯⋯」
「ドロシー、しっかりしろ、助けに来た」
必死に呼びかける
戻ってこい、お願いだから、戻ってくるんだ
「先生⋯助け⋯て⋯⋯」
「っ⋯、ドロシー、ドロシー⋯!」
「おねが⋯、先、生⋯⋯」
その後の事は覚えていない
気が付くとシャワーを浴びた後らしく、髪は濡れ、頬を水が伝う
いつまでもいつまでも伝い続ける水を乱暴に拭うと、机の上の異質な物が目に映った
血の付いたナイフ、だった━━━━
コンコンコンコン
ウォルターは、研究室の扉がノックされる音で意識を戻された。
「⋯⋯お前かよ」
今更取り繕うとは思わない。ウォルターは、いけ好かない来客に背を向ける。
アイザックは気にした風でもなく、けれど、薄笑いを浮かべてウォルターを見据える。
「僕知ってますよ。研究一筋の先輩が、研究一筋になった所以」
ウォルターは答えない。
「僕とロティが婚約したから、ですよね?⋯⋯正確には、「ドロシー嬢の妹」が「公爵令息」と婚約したから」
なおもウォルターは答えない。
アイザックの言葉に昔を回顧している様にも見える。
「侯爵では駄目だ、もっと箔をつけなければ。⋯そう考えて、研究で結果を残すことに拘ったんですよね?」
アイザックは一気にまくし立てると、1つ息を吐いた。
「さて。ドロシー嬢はそれを望んだのでしょうか?⋯ただでさえ減っていたドロシー嬢と会う時間はなくなり、ドロシー嬢の窮地にも気付かない。⋯⋯挙句、ドロシー嬢の心はぽっと出のヒーローへと移ってしまった」
ウォルターは変わらず、アイザックに背中を向けたまま黙っている。
「⋯僕はね、先輩。ロティと婚約する為にみっともなく足掻きましたよ。宥めて賺して機嫌を取って、脅して騙して、⋯あの手この手でようやく婚約に漕ぎ着けたんです」
「ドロシー嬢の心を手に入れられなかったのは、先輩の失策、ただそれだけなんですよ」
言いたい事は全部言った、とアイザックが部屋を出ようとした時、机の上に置かれたものが視界に入った。
困ったように苦笑したアイザックが、最後に言い残す。
「僕が先輩なら奪っていましたよ。⋯エリオットからも、先生からも」
ああ、コイツならそうなんだろう
そうして、きっと、手に入れたに違いない
公爵令息だから、ではなく
アイザックだから、そう思えるのだ、と
それに気付いた時ウォルターは、不思議と笑いが溢れた。
そして机に1輪だけ飾られたスズランを手に取ると、恭しく口づける。
「⋯なんだよ、⋯⋯こんな簡単な事だったのか⋯」




