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明朝、スタイナー家を訪ねたアイザックとシャーロットは噂の優秀な弟とやらに出迎えられた。
「兄は学園に行きましたよ。やけにスッキリした顔をしていたので、ようやく色々と吹っ切る事が出来た様です。もう皆さんにご迷惑をお掛けする事もないかと⋯」
兄の今までの非礼を詫び、今後ともよろしくと頭を下げる公爵令息は好青年に思われたが、腹のうちまでは分からない。
「フロックハート公爵令息にわざわざ訪ねて来て頂いたのに、すぐに帰しては叱られてしまいます」
そう言って、応接室へと招くスタイナー公爵令息がいやらしい笑い方でアイザックを見る。
「⋯あら、貴方を咎める方など、いらっしゃるので?」
すかさずシャーロットが間に入る。
公爵令息が他の公爵家の問題に関わるのはあまり感心しないとシャーロットに言われたな、とアイザックも大人しく引き下がる。
不満そうな顔を一瞬見せたスタイナー公爵令息が、作り笑顔でシャーロットに疑問で返す。
「それは、どの様な意味です?」
「貴方様は大変優秀だ、と聞き及んでおりますので」
「とんでもない。まだまだ若輩者故、是非とも、先輩にご指導願いたい所存です」
スタイナー公爵令息が媚びるような笑顔でアイザックを見る。狡猾さを隠さなくなってきた。
シャーロットが再び、アイザックとスタイナー公爵令息の間に割り込む様に、質問をする。
「エリオット卿のことは、⋯どこまでご存知なのですか?」
一瞬、スタイナー公爵令息の瞳に警戒の色が見えた、気がした。
だがすぐに、神妙な顔を作ってみせる。
「ドロシー・バートン伯爵令嬢に多大なご迷惑をお掛けしていた事は聞いています。大変申し訳ない事でした」
「⋯具体的には、どの様な内容をどの程度把握なさっておいでだったのでしょうか?」
「ドロシー嬢を執拗に追いかけ、乱暴な振る舞いや、恫喝、見張る等と言った行為を繰り返していた、と聞いています」
運ばれてきたお茶に口をつけ、一拍置く様に話すスタイナー公爵令息は、やけに芝居じみて見える。
「更には、ドロシー嬢の私物を盗んだり、ドロシー嬢のご友人や教師を恐喝、買収しようとしたり、ドロシー嬢に話しかけた異性の学生に怪我を負わせたり」
「待って。ちょっとお待ちになって下さいませ」
シャーロットも知らない事実が出てきた。
きっとドロシーも気付いていなかったのであろう。
エリオットの罪状を増やすために徹底的に調べ上げた成果か、護衛が勝手にやった冤罪か分からない。
そこまでの労力を違う所に使おうとは思わなかったのか。
「⋯⋯その様な報告を受けながら、咎めたり諌めたりは、なさらなかったのでしょうか⋯?」
「⋯恥ずかしながら両親は兄に甘く、私も諌められる立場ではありませんでしたので」
それほどの暴君の手綱を握る事が出来ないのであれば、放っておいてもスタイナー家は没落の一途を辿っていたのではあるまいか。
本当に手綱が存在したのであれば、だが。
「将来的にエリオット卿の補佐をつとめるお立場だと聞き及んでおりましたが、⋯その様子では、貴方様にはそのお心づもりが無かった様にお見受けされますね」
「⋯私が公爵家の事を考えてないと言いたいのですか?今でこそ兄は私の言葉に耳を貸してくれないけれど、もう少し精神的に大人になれば兄もきっと」
「貴方様にエリオット卿を支える能力があるなしではなく、貴方様に補佐で終わるお心算がない」
スタイナー公爵令息が言い終わる前にシャーロットが遮る。
その言葉にスタイナー公爵令息は、どの様に反応するべきか逡巡しているように見える。
「⋯と、その様にお見受け出来る、と言うお話ですわ」
シャーロットがにっこりと笑うと、スタイナー公爵令息もはっと息を吐く。
「これはなかなかに手厳しい。⋯未来の公爵夫人からの直言として肝に銘じておきましょう」
笑顔で流しながらも、伯爵令嬢に過ぎないシャーロットが余計な事を言うなと釘を差すのも忘れない。
その時、エリオットの護衛が入って来た。
一瞬、喜色を浮かべたスタイナー公爵令息であったが、フロックハート家の従者が一緒に入って来るのを見て怪訝な表情に変わる。
「護衛だけが戻ってきたのを見て、エリオット卿に何かあったのではと心配なさるでもなく、護衛を職務放棄だと叱責するでもなく、⋯お笑いになりますのね?」
シャーロットの言葉にスタイナー公爵令息が眉を顰める。軽く舌打ちをしたのも聞き逃さない。
段々メッキが剥げてきたなと、シャーロットはほくそ笑む。
「見間違いでしょう。シャーロット嬢の言う通り、兄が心配な私はこれから兄の元に向かわなくてはなりません。今日のところはこれで。また日を改めてフロックハート公爵令息とは」
「あら、時間稼ぎはもうよろしいので?」
シャーロットはフロックハート家の従者が頷くのを目線だけ動かして確認すると、立ち上がろうとするスタイナー公爵令息を制した。
「心配しなくてもエリオット卿は生きていますよ。そこのあなた、その報告なのでしょう?「エリオット卿はまだまだ行動に移す様子がない」と、指示を仰ぎにいらしたのでは?」
流石に公爵家に雇われる護衛だけあって明らかに狼狽えるような事はしないが、苛立ちを隠さなくなったのはスタイナー公爵令息だ。
「まるで兄の死を私が望んでいるかの様な口ぶりですね。その様な事がなくても兄は爵位を剥奪の上、領地幽閉しますのでご安心を」
「あらあら、エリオット卿の死を望んでいらっしゃったの?嫌ですわ、何て恐ろしい」
白けた目で見るスタイナー公爵令息を、表情を消したシャーロットが見据える。
「⋯エリオット卿の生死に関わらず、貴方が次期当主になる、と。元々、それが狙いだったのでしょう?その為に姉を見捨てた」
それがどうしたと言わんばかりに挑戦的な視線を寄越すスタイナー公爵令息に、シャーロットは無表情のまま続ける。
「姉の事を知って、放置しただけじゃない。エリオット卿を自滅させる為に利用する事を思いついたんですね?⋯⋯護衛はエリオット卿を守るためではなく見張る為に付けていたのでしょう?」
わざとらしく溜め息を吐いたスタイナー公爵令息が目を据えて言い放つ。
「たかが伯爵令嬢1人の命でしょう。我々公爵家と価値が同じだと思わないで頂きたい」
「やんごとなきお方も、王命に背く猟犬より、従順な雑種の方が好ましいのではなくて?大切な羊たちを勝手に食べられたり売られてしまっては困りますものね」
薄く笑ったシャーロットにスタイナー公爵令息が顔を引き攣らせる。
「⋯何の話だか」
「あらあ、貴方、⋯随分良い趣味をお持ちですのね?」
シャーロットは徐ろに立ち上がると、スタイナー公爵令息の方へゆっくりと近付く。
「そんな手に引っかかる訳無いでしょう」
「貴方、大切な物は手元に置いておくタイプですのね、賢明ですわ。ただ⋯その場所が⋯⋯ねえ?」
そう言ってスタイナー公爵令息が座るアームチェアの背面を指でなぞる。
次に幾つかの絵画が掛けられた壁を端から眺めると、ある1枚の絵画の額縁の一角をニヤリと見つめる。
かと思えば、部屋の数ヶ所を彩る花瓶の1つだけを見て頷き、次は壁の模様の1つ、そのまた次は床の木目の1つ⋯
シャーロットがチラリチラリと目線を移す毎にスタイナー公爵令息の顔が険しくなっていく。
それでも冷静を装う姿に、シャーロットが溜め息を1つ吐くと薄く笑って顔を近付ける。
「極め付きは⋯」
シャーロットが耳元で何かを囁くと、みるみる顔色が悪くなっていくスタイナー公爵令息。
「う、うわぁあああ!!?」
スタイナー公爵令息が叫びながらシャーロットに手を伸ばす前に、アイザックが守るように抱き寄せる。
射殺さんばかりの視線をスタイナー公爵令息に向けるが、興奮状態のスタイナー公爵令息は気付かない。
「なんで、お前、なんでそれを⋯っ」
「逃げ道なんて無駄な考えはお捨てになって?たかが無能な変態一家、私達貴族と同じ価値があると思わないで下さいませね」
「危ない事はしないと約束したじゃないか」
珍しくアイザックが怒っている。
自覚があるシャーロットは素直に謝る事にした。
「ごめんなさい、反省しているわ。そして守ってくれてありがとう」
アイザックが何かを言う前に、シャーロットが続ける。
「あと、イジーが人身売買の情報をくれて本当に助かったわ。ありがとね」
シャーロットがコテンと首を傾げて覗き込む。
アイザックは腑に落ちないと言いたげに、でも結局許してしまう自分に頭を抱えた。
この国では人身売買は、国王が大々的に宣言している程の大重罪である。
スタイナー家は人身売買の元締めであり、尚且つ令息は商品に手を出していた。
フロックハート家の情報によると、他にも余罪は山程出てくるとの事。
爵位剥奪は免れないだろう。
「あの弟、幼児に興奮するタイプの変態だったわ。しかも両刀」
「それは⋯何ともぞっとしない趣味だね」
「気付いていた?あなた、狙われていたわよ」
シャーロットが呆れたように笑う。
自身に向けられたいやらしい笑顔を、媚びた笑顔を、その時、間に入ったシャーロットを思い出してアイザックは
ぞっとした




