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ドロシーの発見場所に辿り着くと、先導していた用務員が声を上げる。
「おや、まあ⋯っ」
一瞬ギクッとしたシャーロットだったが、スズランの花束が置かれているのに気付いて、思わず顔を顰める。
スズランは、小さな頃からドロシーが好きだった花だ。
好きだった、と言っても、決して嫌いになった訳ではない。
好きなものが増えただけ。
もっと、好きなものが出来ただけ。
あの男は理解っているのだろうか。
そんな事を考えている内に、シャーロットは知らず独りごちていた。
「⋯⋯馬鹿な男」
アイザックの身体に支えられる形で顔を埋めているので、用務員には聞かれずに済んだようだ。
アイザックにはしっかり聞かれたようで、抱きしめる腕に力が加わる。
「ふふ⋯」
思わずシャーロットは笑いが溢れる。
アイザックの執着はとても心地が良いものだ。
アイザックは愛情に飢えて育ったお陰か、愛情を惜しまない。
そしてアイザックの愛情も欲情も、純粋で歪みがない。
異常性も変態性もない、極めて正常そのものなのだ。
あの両親のもとで、よくぞまあここまで真っ直ぐ綺麗に育ったものだと、感心する。
あの両親が無関心だったからこそ、変に毒されずに済んだのかも知らない。
何が幸いするか分からないものだ、とシャーロットが感慨に耽っていると、アイザックが心配そうに覗き込んでくる。
シャーロットは大丈夫だと答える代わりに微笑むと、アイザックに耳打ちをする。
そしてアイザックが頷いて用務員に尋ねる。
「この花束は、いつからここにあるか分かりますか?」
「昨日はなかったです。⋯この時期、朝からあればもっと萎れてるだろうから、昼過ぎ、⋯と言った所じゃないですかね」
シャーロットは予想した通りの回答を得られて満足気だが、その隣で、切り花の萎れ具合からその所要時間を推測可能等と、用務員の仕事と言うのは存外多岐にわたるのだな、と妙な所で感心するアイザックだった。
「⋯⋯この辺りは、特に立ち入り禁止にしてるわけじゃないのに、すっかり誰も寄り付かなくなってしまいまして」
寂しそうに用務員が周りを見渡す。
「花が手向けられているのを見るのもこれで2度目なんですよ。⋯ああ、あれはバートン伯爵令嬢様だったんですね。今日の花束と、花の種類こそ違いますが色味が一緒だ。赤とダークブラウンが寄り添う様が印象的だったんで、よく覚えております⋯」
嬉しそうに笑う用務員に、シャーロットは微笑みで返す。
「⋯⋯あの日は夕方に突然雨が降ってきましてね。偶々出会ったキンバリー侯爵令息様に一緒に学園まで取りに行って欲しい、と頼まれたんですよ⋯」
用務員は空を見上げると、徐ろに口を開いた。
「実際には忘れ物とは少し違うんですが⋯。何でも実験に使う物とかで、⋯数ヶ所に設置してあるから回収に時間が掛かってしまうが、長時間雨に濡らしたくない、⋯とまあ、そんな訳でしたので、儂も一緒に参りました。結局それどころではなくなったんで、侯爵令息様お一人で回収された様ですが⋯」
ウォルターが家柄や自身の立場と言う権力を笠に、無理を強いた訳ではないと、弁明のつもりか、用務員は聞いてもいないのに話してくれた。
想像した以上に、人の良い人物のようだ。
これなら眼鏡も耳栓も装着しないで接しても大丈夫だったように思うが、油断してドロシーの発見時を「視て」しまうのは厳しいものがある。
用務員に礼を言って別れを告げると、シャーロットは抱いていた花束を花壇に立て掛けるように置く。
しばらくの間手を合わせると、スズランの花束をチラリと見てブツブツと呟き始めた。
「⋯アイツも、同じことを考えたとしたら⋯?⋯⋯⋯だから昨夜、先生は襲われなかった⋯⋯?」
シャーロットは徐ろにアイザックを見上げると、次々に疑問を投げかける。
「ウォルターとエリオットは互いの家を行き来する程の仲なのかしら?」
「いいや。時々、研究の手伝いを頼んでいる話は聞いた事があるけど、エリオットは渋々と言った感じらしい。エリオットはあの通り女嫌いを通り越して人間嫌いだし、気が合うとか仲が良いとかは考えられないけどね」
「ウォルターの研究室はどの辺りだったかしら?」
「丁度ここから見えるんじゃないかな?あの建物の最上階の角の部屋だよ。同じフロアにシャワー室と仮眠室もあったはずだ」
そう言ってアイザックは学園の裏口を背に校舎の方を向くと、一番手前3階建ての白い建物を指差す。
「最上階だと、人の出入りは少ないのかしら?」
「どうだろう。シャワー室と仮眠室は共用だからね。仮に多くないとしても、昼夜問わず人の出入りはありそうだ」
「ウォルターが人目を避けて誰かを連れ込める、個人所有の物件はあるのかしら?」
「そう言えば、⋯研究室が手狭になってきたから学園の近くに小さな家を購入したと言う話を聞いたよ」
「⋯⋯⋯念の為、その物件の住所と周辺の昨日からの目撃情報。そしてエリオットが昨日からどこにいるか、調べられるかしら?」
「すぐに手配しよう。⋯⋯ウォルター先輩はエリオットに何かする心算なのかい?」
「アイツは、そんな甲斐性は持ち合わせていないわ」
シャーロットが揶揄した笑いで返すと、アイザックは安心した様な不憫そうな、何とも複雑と言った表情になる。
それを見て、人の良い人間がここにも居た、とシャーロットは1人ほくそ笑んだ。
「ひとまず、最悪の事態は免れたみたい。今日はもう帰りましょうか。夕飯、食べて行ってくれるでしょう?」
そう言ってアイザックの手を取るシャーロットは、ウォルターの研究室があると言う建物の方へ顔を向けると挑戦的な笑みを浮かべて呟く。
「今日の昼過ぎは随分と忙しかったみたいね、ごくろーさまっ。⋯⋯何故、わざわざ用事のある昼過ぎに花を手向ける必要があったのかしら?」
夕飯を終えたバートン家のシャーロットの自室にて。
アイザックの膝に座り、その胸に顔を埋めながらシャーロットがポツリポツリと零す。
「⋯あの日、用務員は偶々出会ったウォルターに、一緒に学園に行くよう頼まれたと言っていたけど、⋯⋯本当に偶々だと思う?」
「彼の行動は割と規則的だから、事前に行動パターンを頭に入れておくことは可能だったはずだよ。⋯だけど、それはつまり事前に彼を利用する意思があったと言う事になるね?」
アイザックがシャーロットの髪を梳くように撫でると、その感触がくすぐったいのか気持ちいいのか、目を細めながらシャーロットはリラックスした様に息を吐く。
「元々、今回の事に利用するつもりだったのか、他の事かは分からないけれど。⋯エリオットをけしかけたのがアイツなら、善意の第三者を用意しておく位の事は、するのではないかしら⋯」
段々と重くなってきた瞼を感じながらシャーロットは、アイザックの体温に身を任せ、眠気に抗う事をしない。
けれども、それでも思考は止まらない。
「⋯アイツが雨で濡れる事を厭うたものは、本当は何だったのか、⋯自分が発見者になる事を避けたものの、なかなか発見されず、⋯そこへ突然の雨⋯⋯」
ああ、いけない
このままでは、今夜も悪い夢に囚われてしまう
それに気付かないアイザックではない
この優しい婚約者を心配させたくはないのに
そう思いながらも、シャーロットはどんどん頭に流れる映像を止めることが出来ずにいる。
「ああ⋯雨で血が流れたのね⋯、だから途中からあったであろう血痕も、⋯ナイフを抜いてからの血痕も⋯⋯、全て、無くなってしまったのね⋯⋯」
「ロティ」
いつの間にかベッドに横たわっていたシャーロットは、眠りに落ちる寸前でアイザックの優しい声に目を開ける。
シャーロットの手を握りながらアイザックは、今受けたばかりの報告を伝える。
「エリオットは昨日は屋敷に戻らず、今夜になって屋敷に戻ったそうだよ。昨日は知人の家で眠りこけて、気付いたら今日の夕方だったらしい」
ベッドに横たわっていたのは一瞬のことで、先程までのうわ言も苦しげに歪む顔も、全部アイザックに見られていたのだろう。
心配を隠して笑顔を作るアイザックに、シャーロットは思わず笑顔が溢れる。
するとアイザックも、今度こそ本物の笑顔を見せてくれる。
「⋯そう。明日は、朝のうちからエリオットの捕獲に行きましょうね」
「明日も朝からロティに会える、そんな約束で終わる今日は人生最高の日だね」
「明日もきっと人生で最高の日よ」
「ロティと一緒なら間違いなく」
眠りにつく前の景色がこんなに幸せなものであるなら、今夜こそ、悪夢から逃れられるかも知れない。
そう感じながらシャーロットは意識を手放す。
アイザックは穏やかな寝顔のシャーロットの額に口づけを落とすと、そっと家路についた。




