25
「大分、近付いてきたんじゃない?幾つか手応えを感じたよ」
アイザックがシャーロットの身体に腕を回しながら尋ねる。
シャーロットの思考の邪魔にならない様、アイザックなりに一応の我慢をしていたようだ。
「ええ、私もよ。⋯⋯だけど、先刻も言った通り、「犯人はエリオット」、それさえ分かれば良いって話でもないのよ。更に言えば、ある程度の真相が分かれば良い、のではなく、限りなく真相に近い事が知りたいの」
アイザックの胸にもたれ掛かりながらシャーロットが呟く。
「最初はただ、犯人を見つけたかったし真相を知りたかった。だけど、見つけて、知って、それでどうしたいのか自分でも分からなかった、⋯⋯けど。1つ、どうしてもやりたいことが出来たの」
シャーロットの目に一瞬、獰猛な光が宿るのをアイザックは見逃さなかった。
「現スタイナー家を潰す。⋯少なくともエリオットには生きたまま罪を償わせて、現当主夫妻にはご退場願うわ。⋯⋯弟と護衛達もまとめて領地送りにしたい所だけど、スタイナーの分家にまともな人間はいるのかしら?」
随分と具体的な構想が出来上がっている様だ。
この数日の遣り取りのどこで、ここまで嫌われてしまったのか、アイザックは驚きを隠せない。
「ウォルター先輩では、ないんだね?」
「ウォルターにはあくまでも「部外者」だと言う立場を思い知ってもらう方が効くのではないかしら?⋯キンバリー家はどうでも良いわ」
心底どうでも良さそうに答えるシャーロットに、アイザックは苦笑する。
「スタイナー家はどうでも良くないんだ?」
否定も肯定もしないが、シャーロットのその瞳を見れば、どれ程の怒りや憎悪を抱いているか分かる。
「⋯フロックハート公爵令息が、他公爵家のお家騒動に関わったなんて事が知れたら後々面倒そうだから、イジー、あなたは手を引いた方が良さそうね」
「未来のフロックハート公爵夫人が手を下すのは構わないの?」
「予定は未定⋯と言いたい所だけど。そんな事言って手放してあげたりしないわ。害悪でしかない他公爵の無能一家を排除した、という功績を手土産に嫁入りなんて。次期公爵夫人としての地位も盤石なのではなくて?」
アイザックの首に手を回してシャーロットが愛らしく小首をかしげると、アイザックが額に口づけを落とす。
「それを指咥えて見ているだなんて、次期公爵家当主としてあるまじきだろう?」
「イジーは私に甘すぎるわ⋯」
困ったような嬉しいような、ため息混じりにシャーロットが笑う。
そして目を細めると冷たい声で呟く。
「⋯その為には、より真相に近付く必要があるの。逃げ道なんて用意させないわ」
「ロティの望む通りに」
そう言ってシャーロットの手に口付けるアイザックは、ここに居ない誰かを思い浮かべるシャーロットの意識を、自分の方へ引き寄せたい様に見える。
たとえそれが憎悪の感情でも。
「⋯⋯エリオットはどうして昨夜、先生を襲うのを諦めたのかしら?」
シャーロットは1人で悶々と考え込むより、アイザックと2人で取り留めない考えを口に出し合う方法を取る。
違った視点が欲しいと言うのもあるが、一番は優しい婚約者を安心させる為だ。
「先生は勘だと言っていたけれど、ロティも、昨夜先生が襲われる事は確定事項だったんだね?」
「⋯先生の事は、昨日の内に片を付けるつもりだと思っていたのだけれど」
意図的であるにしろないにしろ、シャーロットが全部を口にしないのはアイザックも承知の上だ。
アイザックの理解が及ばない事についての説明を求めるより、シャーロットの思考を止めない事を優先する。
「⋯返り討ちに遭ったから、そもそも先生に手を下す事自体を諦めた、という選択肢は?」
「無きにしもあらず、と言った所ね。それでエリオットは、今日は姿を現さなかったのかしら?」
「ウォルター先輩は、先生と僕達の会話が気になったのか、今日も来ていたね」
「先生が帰ると同時に出ていったわね。今夜の襲撃者はアイツかしら⋯なんて、そんな甲斐性もなかったわね」
シャーロットはふと時計を見ると、徐ろに呟く。
「⋯⋯学園に行きたいわ。それから、用務員に話を聞けるかしら」
「ふふ、そう言うかと思って彼のスケジュールは把握済みだよ。ああ、ちょうど今の時間は━━━」
シャーロットは不特定多数の人間が居る場所では、視界を悪くする為の眼鏡と、聴力を下げる程度の耳栓を装着している。
眼鏡はTPOに応じて装着しない事もある。街に出掛ける時は眼鏡と耳栓、学園や社交界では耳栓のみで、隣で寄り添うアイザックが物理的に視界を防ぐ、といった風だ。
本当は、貴族社会こそ目も耳も塞ぎたい人間が多い、とシャーロットはよく溢している。
それでも学園は、夜会やお茶会等よりは幾分かマシなのだそうだ。
眼鏡と耳栓を装着して個室を出ると、学園に向かって歩く。
市井の明るく伸びやかな空気を感じながら、アイザックと手を繋いで歩くのがシャーロットは好きなのだ。
勿論、一本路地裏に入ればそんな呑気な事は言っていられないだろう事も、多少なりとも理解して線引きしている心算だ。
貴族社会に嫌悪しながらも、その貴族社会に自分が守られている事も甘えている事も、嫌という程感じている。
赤い薔薇とチョコレートコスモスにアンバーのリボンを掛けた花束を抱えたシャーロットとアイザックが学園の裏口に着くと、タイミング良く1人の老人の姿を見つける。
「休日に見回りなんてお疲れ様」
アイザックが声を掛けると、驚いた様に振り返った老人、学園の用務員、が恭しく頭を下げる。
「これは⋯フロックハート公爵令息様にバートン伯爵令嬢様⋯」
「ああ、堅苦しい挨拶は不要です。お仕事中に声を掛けて邪魔をしているのは此方ですから」
「いいえ、邪魔だなんて⋯」
アイザックは隣に立つシャーロットを引き寄せ身体を支えると、愛おしむように頭を撫でる。
「私の愛しい婚約者の姉上の事件があったから、見回りを強化する様に、と言われたのでしょう?」
「いえ、そんな⋯」
「ふふ、すまない、公爵家の頼みなら断れないよね」
「え?じゃあ、あればフロックハート公爵様の?儂はてっきり⋯」
アイジックはニコニコと笑顔を向けると、悪びれもなく答える。
「いいや、うちじゃないよ。紛らわしい言い方をしてしまったなら謝る。ただ、同じ公爵家として申し訳ないと思ってね」
「いいえ⋯いいえ⋯⋯っ、畏れ多い事でございます」
恐縮し通しの用務員に、苦笑しながらアイザックが優しい声で問いかける。
「ふふ、⋯他にも無茶な頼みをされてはいないかな?例えば今日、他にも何か頼まれてはいない?あとは、そうだな⋯⋯2週間前、とか?」
「⋯⋯っ」
何か思い当たることがあったのだろう。
用務員がソワソワするのを、悲しい顔を作ったアイザックが労る。
「ああ、やはり。⋯高位貴族であることを笠に着た振る舞いをどうか許して欲しい」
「いいえ、貴方様がそんな⋯。それに公爵様ではなく⋯、いえ、その⋯⋯とにかく、フロックハート公爵令息様にその様に仰って頂く必要などございませんので⋯⋯」
「⋯なるほど。貴方がとても誠実な方だと言うことが、よく分かりました」
アイザックの優しい声に、用務員が安心した様に息を吐く。
それを見てアイザックは眉を下げて笑うと、更に声色に優しさを滲ませる。
「これ以上、貴方は何も答えなくていい。ただ、僕の言う事が間違っていた場合、相手の名誉の為にも、違うと言ってもらえないだろうか?」
「そ、それでしたら⋯。はい⋯⋯」
「それでは、⋯⋯2週間前に貴方に忘れ物を取りに行く様に頼んだのは、ウォルター・キンバリーですね?」
沈黙は肯定なり




