22 sideオスカー2
「⋯だから事件の事を、翌朝に聞くまで知らなかったんですか?」
アイザックが驚いた顔で尋ねる。
「⋯⋯そうだ、そして」
「事件から数日経ってから調べ始めた事とも、繋がるんですね?」
シャーロットはある程度予想していたようだ。
オスカーは苦笑して肩をすくめたあと、ようやく両手を下ろした。
「⋯その通りだ」
まず、ドロシーと待ち合わせをしたのは事実だ、とオスカーは話し始める。
ドロシーから秘めた想いを告げられ、驚きのあまり答えを先延ばしにしたのが良くなかった。
まさに後悔先に立たず、だが、ともかく告白の返事の為の待ち合わせは、した。「次の日曜、午後の最初の鐘の頃、学園裏手のガゼボで」と。
ところが待ち合わせの日、ひいては事件の日、オスカーは気が付くと約束のガゼボの近くで倒れていた。
今がいつで、どう言う状況なのか、全く分からなかったと言う。
とりあえず日が高いから日中だろう事は分かる。
自分がいる所が学園だと言う事もすぐ分かった。
そして肝が冷えた。
授業をサボって怒られるだなんて学生みたいな真似、生徒に示しがつかない。
慌てて校舎に向かった。
走りながら頭が痛む気がしたが、二日酔いかも知れない、もう若くないのだと落ち込み反省をした。
運良くと言う言葉が正しいか分からないが、今日は日曜らしく、授業を放り出して寝こけていたなどと言う失態を犯した訳ではなさそうだ。
腑に落ちない点はあったが、頭が痛むこともあり大人しく家に帰ることにした。
「あとから思えば、頭を殴られたか何かの影響で、記憶が混乱していたんだな。ドロシーとの待ち合わせの日だと言う事が少しでも頭によぎっていれば⋯」
もしかすれば助けられたんだろうか、と言う言葉は続けられなかった。
シャーロットも「そんな事ないです」等とは言わない。
オスカーが悪いと思っている訳ではない。
言っても詮無い事だと分かっているだけだ。
翌朝、学園でドロシーの事件の事を聞いたのは先に話した通りだ、とオスカーは続ける。
この日、バートン家の屋敷から学園に戻ったあとは、不安がる生徒達の話を聞いたり相談に乗っている内に帰宅時間になってしまった。
事件直後という事もあり、教職員達も遅くまで残るのを禁止されたからだ。
翌日「日曜の学園に何故ドロシーが居たのか(学園側の主張はあくまでも「学園付近」だが)」と言う話から、ようやく、事件の日が待ち合わせの日だった事を思い出した。
いや、思い出した、と言うのは語弊があるな、とオスカーは自嘲するように笑う。
気付いた。理解した。しっくりくる言葉が見つからない。
正直な所、未だに実感がない。
それでも、「約束の日」「ドロシーの事件の日」「抜けた記憶」、符合だけが一致する。そして何よりの揺るがないただ一つの事実。
何が何だか分からなかった。
何も分からないのに結果だけがある。
しかも最低最悪の結果だ。
間違いなんじゃないか、そう思いもした。
そう思いたいだけじゃないか、とも。
考えて考えて足りない頭で考えて、結局、と言うのか、やっぱり、と言うのか
「待ち合わせした日にドロシーが襲われた」
それだけが残った。
記憶がないと言うのは本当に怖いな。
自分で自分が信じられなくなる。
もしかして俺が、なんて事も考えなかった訳ではないんだ。
「先生がお姉様を守ることはあっても、害することはありませんよ」
シャーロットが感情を込めずに言う。
慰めでも何でもない、単なる事実だ、と言わんばかりに。
「はははっ、ありがとうな。⋯⋯凶器と思われるナイフが俺の私物から発見された、って言っただろ?」
「そんなの、犯人の仕業でしょう⋯っ」
アイザックが間髪入れずに答える。
オスカーが珍しく落ち込んでいると心配しているらしい。
「多分な。ははっ⋯大丈夫だ、その事でダメージ食らってるわけじゃない。そういう話じゃなくて。そのナイフを見た時にな。「ああ、俺じゃない」って分かったんだ」
アイザックとシャーロットが同情を含んだ怪訝な顔でオスカーを見ると、オスカーは自分の両手を見ている。
両手に、一度手にした何かを、見ているらしい。
「俺が仮に、万が一、億が一の事があって、彼女に何かするとして。それでも、ナイフで、⋯あんなもので、彼女を刺すだなんて。⋯とてもじゃないが出来ないって分かった。はは、他のどの方法でも出来ないけどな」
あははと笑うオスカーは吹っ切れた顔をしている。
「それで、余計に俺を徹底的に調べて欲しかったけど、断られちまったんだよなー」
今でこそ、こんな風に思えるけどな。あの時はもう酷かった、と苦笑いするオスカーの顔が珍しく少し曇った。
どうして自分は何も覚えていないのか
ドロシーに何があったのか
どうして待ち合わせなんてしたのか
頭がおかしくなりそうだったよ。叫び出したいのを抑えるので必死だった。
醜聞を恐れた学園が事件と無関係を主張する為に、この日から授業を再開させた。
その為に事件に関する問い合わせの対応や通常の業務に追われて、考える暇がなかったのが良かったかも知れない。
夜、家に帰ってようやく、ゆっくり考える時間が出来た。
だけど、と言うのか、やっぱり、と言うのか。
どんなに思い出そうとしても何も思い出せない事に、改めて気付かされただけだった。
ドロシーと会えたのかさえ分からない。
翌日学園でガゼボや花壇にも行ってみた。何か思い出せないかと思って。
だが、駄目だった。
その夜、寝ようとして枕に血が付いてることに気が付いた。
「気付いた途端、右後頭部が痛み始めたんだから、人間の身体って面白いよな」
あはは、と笑うオスカーにアイザックとシャーロットが白い目を向ける。
「⋯⋯⋯事件から3日位⋯?それまで気付かなかったって事かな?」
「枕に血がついていなければ、一生気付かなかったんじゃないかしら」
2人の声が聞こえているのかいないのか、オスカーは話を続ける。心なしか照れ笑いしている様にも見える。
それで、そう言えばあの日も、頭が痛いって思ったなーなんて考えてる内に、「俺も襲われたんじゃないか」と思い始めたんだ。
倒れてた場所はガゼボの近くだけど何もない平坦な場所だったし、倒れてぶつけたにしてはケガした箇所がおかしい。
だってこんな位置、地面でぶつけたとは思えないだろう?と、オスカーは耳の後ろ辺りを見せる。
ドロシーが襲われた日に、俺も襲われた。
ドロシーが発見された場所と俺が倒れていた場所は近い。
つまり、同じ人物、もしくは仲間にドロシーと俺は襲われたんじゃないか、⋯そう考えるのが自然だろう?
そうするとドロシーは学園外で襲われたんじゃなくて、学園内で襲われた可能性が高い。
学園に言った所で揉み消されるのがオチだ。
だから1人で調べることにした。
と言っても、生徒に話を聞いて回る位しか出来なかったけどな。
それすら学園に止められてしまった。
だから街で情報収集をしていた。
日曜の昼から夕方にかけて学園の方から出てきた者はいなかったか、学園の方から揉める声や悲鳴など聞いた人がいないか、ナイフを売ってる店を1店1店まわりもした。
だが収穫は、なかった。
「⋯先生が倒れていた付近に、血痕はなかったんですか?」
オスカーの話が一段落ついたと踏んで、シャーロットが徐ろに尋ねる。
「血痕は見当たらなかった。頭が混乱していたとは言え、そんなものがあれば流石に気付いたはずだ」
オスカーはキッパリと答える。
オスカーは意外とよく物を見ているし、異変にも気付く方だから信用度の高い証言と思って良いだろう、とシャーロットは1人頷く。
「ナイフが発見されたと言う私物は、誰でも触れる場所と環境だったんですか?」
「ああ、そうだ」
簡潔かつ明瞭な返事をしたオスカーは、アイザックとシャーロットから白い目で見られた事に気付いていない。
「襲ってきた人物、もしくは、ナイフを忍ばせ告発文を送った人物に心あたりは?」
「⋯絡まれたり襲われたりってのは珍しい事じゃないからな、心当たりしかない。ナイフの方は犯人が、俺が調べ始めた事が気に入らなくて罪を着せようとした、ってとこじゃないのか?」
どうやら驚く事に、ドロシーへの凄まじい執着を見せるエリオットも、オスカーからすれば特別危険視する程の対象ではないようだ。
余程、おかしな連中に絡まれ襲われるのが日常茶飯時な人生を送っているらしい。




