21 sideオスカー
「そもそも、昨日も襲われることは先生の中で決定事項だったんですか?何か心当たりでも?」
オスカーが襲われずに済んだ事に安堵して良いのか、襲われなかった事を困っているオスカーを叱咤するべきなのか、悩みながらアイザックは取り敢えずの質問をする。
当のオスカーは悪びれもなく白い歯を見せている。
「はははっ、そこを突かれると痛いんだが、俺の勘と、今までの経験上、としか言いようがないんだよな」
突然だが、この世界は今、初夏である。
新緑まぶしく、もう少しもすれば暑くなり始めるだろうが、まだまだ過ごしやすい季節であり、決して長期休暇中などではない。
シャーロットとエリオットはドロシーの事件以降、屋敷に閉じこもっていたので、事実上の休学中だ。
アイザックは数日休んだあとは、基本的には午前だけ学園に顔を出しているらしい。
ウォルターは元々研究室の住人、正確には主、だ。研究の成果を出しさえすれば、研究室にこもろうが時々抜け出そうが関係ない、出入り自由なのである。
それではオスカーはどうか。
平日の真っ昼間に連日、街に姿を現す。しかも昨日は襲撃してもらう為に、昼過ぎから夜遅くまで1人あてもなく只ひたすら街をブラついていたという。
本人が言うところの、真面目で頼りになる教師の鑑とやらの行動にしては、些か不自然だと言えまいか。
それを説明するには、事件の翌日まで話は遡る。
オスカーがドロシーの事件を聞いたのは、事件翌朝、学園に着いてからだった。
学園の裏手にあるガゼボから少し離れた花壇で発見された亡骸には刺し傷があり、他に暴行のあとはなく、おそらくは刺されたことによる出血多量死だろうと言う。
学園は、学園近くで襲われたドロシーが学園に逃げてきたのではないか、つまり学園外での通り魔事件として処理をした。
ドロシーが亡くなったなんて、オスカーにはとても信じられなかった。
だが、屋敷を訪ねてみるとシャーロットの泣き叫ぶ声が聞こえてきて、本当なのだと思い知った。
オスカーはしばらくは何も考えられず、ただ仕事をこなしていた。
つい癖で、困っているのに助けを求めようとしない女の子の姿を探してしまう。
その度に、もう守ってやる必要がなくなったのだと、気が抜けたような何とも言えない寂しさを感じた。
事件から3日か4日程経った頃、オスカーが学園内で生徒達に話を聞いていると、学園から「事を荒立てるな」と怒られた。
その翌日、学園に告発文が届き、学園に置いてあるオスカーの私物から凶器と思われるナイフが発見された。
「学園内の自分の私物から見つかったと話します。疑いが晴れるまでシッカリ調べて貰います」
オスカーが正直に届け出ようとすると、事を荒立てたくないと学園に止められてしまった。
それならと、自宅でもどこでも調べてくれと頼んだが、そこまでは必要ないと断られた。
学園側としては、怖い、関わりたくない、というのが本音だったのかも知れない。
学園は、ナイフはドロシーが見つかった花壇の近くから見つかったと報告し、オスカーはしばらく特別休暇で学園に来なくて良いと言われてしまった。
オスカーは翌日から、学園には行けないので学園の外や街で生徒を捕まえ話を聞いていたが、学園にバレて止められてしまった。
それからは、街で情報収集をしていた。
「そんな時にお前達から呼び出されたんだ。俺も話を聞けたらと思ったんだが⋯」
少し言い辛そうな様子を見せたオスカーは、申し訳無さそうな顔をシャーロットに向けると徐ろに頭を下げた。
「⋯実は、あの日俺は、シャーロット⋯、お前にドロシーを重ねて見てしまった⋯っ。ついついお前がドロシーに見えて、何だか嬉しくてな。⋯でも、お前からすれば本当に酷い仕打ちだったと思う。申し訳ないことをした」
あの日とは、シャーロットがドロシーになっていた日の事だろう。
オスカーがシャーロットにドロシーを重ねてしまうのは当然のことであり、仕方のない事なのだが。オスカーは知る由もない。
あまつさえ、翌日は遠くから様子を伺っていたに過ぎず、昨日から元通りのシャーロットの様子を見てあの日だけが違っていたのだと思い込む。
その結果オスカーは、この世に未練を残したドロシーが妹に乗り移っただとか、姉恋しさにシャーロットが奇行に走った等とは考えず、自分の心の弱さが見せた思い違いか何かだと結論付けたらしい。
「私がお姉様に、ですか⋯⋯、先生から見たお姉様は、どんな女の子だったんですか?」
「え?何だよ突然?⋯そうだな⋯、笑ってると安心した、かな。状況が状況だったからか、俺の顔が怖かったのか。いつも緊張してる様な、挙動不審と言うか⋯。まっ、俺も強引に助けに入ってたからなー!もっと頼ってくれると良かったんだが⋯でも、不意に見せる笑顔はかわいらしかったぞ。優秀なのに抜けてる所も可笑しくてかわいらしいと思ってた」
答えにくい質問だっただろうに、オスカーの人柄か、それとも謝罪の真っ最中故、答えざるを得なかったのか、とにかくきちんと答えてくれた。
どこまでも真っ直ぐなオスカーに、シャーロットは苦笑ともつかない笑みがこぼれる。
「それは⋯、私とは似てませんね」
「はははっ、お前はお前でかわいらしいぞ」
一瞬アイザックが反応したので、シャーロットは繋いでいる手を反対の手で撫でるのを忘れない。
「先刻のって、お姉様にも言ったんですか?」
「はははっ、言う訳無いだろ!こんな強面にあんな事言われたら二度と笑顔が見れなくなっちまう。…あ、もっと頼ることを覚えた方が良いってのは言ったかな」
「それは、⋯「あの日」も?」
笑顔のまま固まったオスカーが、思案する様にしばし視線を彷徨わせたあと、観念した様に溜め息を吐く。
「⋯⋯⋯俺があの日ドロシーと会ったか聞かれた時、俺を疑ってるんだと思った。それなら、そのままにしておけば俺を調べる為に俺の周りをうろつくだろうと思ってさ。それなら危ないこともないし、俺の方からもお前達の様子を見守ることが出来て、丁度いいと思った。…だが帰ろうとした時に、お前達が次の日に誰かと会う様な話が聞こえてきて」
思い出すようにポツリポツリと零すオスカーの言葉を、続きを急かすようにアイザックが引き継ぐ。
「それで、次の日、僕達の様子を見張っていたんですね?」
「まあな。ところが襲われたのは俺の方だってんだから、はははっ、笑っちまうよな。⋯因みに事件後、襲われたのは一昨日が初めてだ。返り討ちにしたから、てっきり昨日も来ると踏んだんだが⋯」
「来なかった、と。⋯何か不測の事態が起きたか、元々襲撃予定がなかったのか、はたまた他の要因か⋯」
焦れてきたのか、迷いを断ち切らせるためか、シャーロットが口を挟む。
「なるほど、分かりました。先生の、約束通り話そうと言う気持ちと、私達を巻き込まないためかどうか知りませんが、どうにか誤魔化せないかという気持ちのせめぎ合いが、よーく、分かりました」
オスカーが居心地悪そうな苦笑いを見せる。
「幾つか、隠していることがありますよね。いい加減話してスッキリしたらどうですか?」
「はははっ、スッキリかー、スッキリ、するかなー?」
「するんじゃない、させるんです!はい!事件当日、何があったんですか?先生が翌朝、学園で聞くまでお姉様の事件を知らなかったのは何故ですか?しばらく気が抜けたように仕事だけしていた先生が、突然お姉様の事件のことを調べ始めたのは何故ですか?」
今度こそ観念したと言わんばかりにオスカーが両手を肩まで上げるポーズを見せる。完全降伏である。
「もう誤魔化すつもりはない。それだけは信じてくれ。⋯⋯⋯俺は、事件当日の記憶がほとんどないんだ」




