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別れの時

 学園祭がその活気を衰えさせることのないままに、その終わりを迎えて3日後。


 俺たち4人はアイアの自宅の庭に、ニーナちゃんを囲うようにして立っている。

 学園祭の日の夏の陽気が嘘であったかのように、今日の気温は低く、風は冷たい。

 そして今の4人の間の空気はその気候につられるように重いものだった。


 アイアは目を赤くしていて、目の端に浮かぶ涙は今にも零れ落ちそうだ。

 覇太郎も目を伏せて、口を一文字に結んで悲し気な顔をしている。

 恐らく俺も、似たような表情をしていることだろう。

 3人とも、2か月弱という短い期間ではあったものの硬く築き上げたニーナちゃんとの友情が故に、心の引き裂かれるような寂しさが胸を強く痛めていた。


「アイアちゃん、カズキさん、覇太郎さん。今までお世話になりました」


 ニーナちゃんがペコリと深く頭を下げる。

 そう、今日は学園祭の前から決めていた、ニーナちゃんが元の世界へと帰る日だった。


「とても、とても楽しい毎日でした。こちらの世界での出来事は、私にとっては全てが新しくて刺激的で……。それに、友達ができたのも初めて。すごく嬉しかった! ずっとそんな仲に憧れだったから。それなのに、いっぱい迷惑をかけちゃってごめんなさい」


 そう言ってまた頭を軽く下げる。


「めっ、め゛いわくだなんて思って、ないわよ」


 そんな姿に、ボロボロと堪え切れなかった涙を零れ落ちさせながら、鼻声で応じたのはアイアだ。


「そうだよ。ニーナちゃんと一緒に居て僕たちはすごく楽しんでたよ。迷惑だなんてこれっぽっちも掛かってない」

「……俺も同じ。俺たち4人、結構息あってたよな! だから、やっぱ…………ざ、ざみじいよな゛っ!!」


 覇太郎、俺と続くが、明るくあろうとした俺の言葉は感情に潰されてしまう。

 俺はやっぱりこういうお別れって苦手なんだよ……。特に泣いてる人がいるとつられて泣いちゃうんだ……。

 覇太郎がヤレヤレみたいな呆れ顔でこちらを見てるのが分かる。やめてくれ。


「……また、絶対に会いに来ます!!」


 見ると、俺とアイアにつられたのか、ニーナちゃんも目の端に涙を溜めていた。

 それが呼び水となって、とうとう本気で泣きだしたアイアがニーナちゃんへ抱き着く。ニーナちゃんもまた、アイアをしっかりと抱きしめた。

 それを見た俺もまた、溢れる涙が止まることはなく、覇太郎だけが「おいおい……」と冷静さを保っていた。


 惜しむ別れが尽きることはなかったが、このまま時を延ばしても辛さが増すだけだと分かっていた1人と3人は、1メートルほどの間隔を空けて立つ。

 ニーナちゃんが俺たちとは逆方向に右手をかざすと、薬指に嵌まった指輪の赤い宝石が輝き始めた。

 すると、突如として空間に亀裂が走り、その割れ目から眩い光線が溢れ出してくる。

 次第にその割れ目は広がり、人1人が入れるほどの穴となった。


「……それじゃあ、行きますね」


 振り返るニーナちゃんに俺たちは揃って、精一杯の笑顔で応える。


「「「またね!!」」」


「はいっ!! 絶対に、また!!」


 そうしてニーナちゃんは、こちらの世界に満面の笑みを残して光の中へと消えていった。

 直後、空間の穴も消えて、庭は静けさを取り戻す。




「行っちゃったな……」

「そうね……」


 今まで幻を見ていたかのように、ニーナちゃんの存在を感じられない。

 明るく順応性が高かったニーナちゃんを含めた4人での行動に慣れ始めていたから、どこか身体の一部が失われたかのような喪失感に襲われる。

 最後は明るくお別れをしたいと思って、再会の願いを込めた「またね」だったが、本当にもう一度会うことはできるだろうか。

 漂流して辿り着いたこの世界に、果たしてもう一度ニーナちゃんが訪れることができるのだろうか。

 きっと誰も口にはしなかったが、今の辛そうな顔を見れば、みんなそう思っているということは容易く分かる。


 とても、とても辛いことだ。

 しかし、同時にこうも思う。

 この短い日々の中で、これほどまでに別れを惜しむ友人ができたことは幸せだと。

 また、元の世界に友人と呼べる存在がおらず孤独だったニーナちゃんに、これからは思い出の中だけとなるけれど、きっと寄り添えるだけの存在に自分たちがなれたのではないだろうかと考えればそれは誇れることだと。


 だから、このまま下を向いていてはダメだと思った。このまま悲しみを引きずってはいけないって。


 これからはニーナちゃんとの記憶を胸に前を見て人生を歩み、そしていつか再びニーナちゃんが俺たちの前に現れた時は、今のままの友人であれる自分でいるべきなんだ。


 それが、離れた世界にいる俺たちが友人としてできる唯一のーー




 ニュッと空間から光る首が生えた。




 何を言っているか分からないと思うが俺も何が起こっているのか分からない。

 しかし、それはよく観察すると、ニーナちゃんの顔だった。


「に、ニーナちゃんっ!?」

「言い忘れてましたっ!! 次は1か月後くらいに来ますから、よろしくお願いしますねっ!!」


 それだけ言うと、首を引っ込めて、また消える。


「か、カズキ。どういうこと……?」


 アイアが苦笑いでこちらを向いて尋ねるが、俺にも分からない。


「と、とりあえず……。普通に行き来できるってことなのかな……?」

「僕はカズキがニーナちゃんとはもう会えないかも、って言うからすごいしみじみとしてたんだけど……?」

「私もよ……。だからあえて家では別れの話題に我慢して触れないで、ここ数日は夜に1人で少し泣いーー泣きそうになってたんだけど……?」

「い、いや……。それは……」


 覇太郎とアイアから怒りの圧力を感じる。

 いやでも、確か1度帰ったらこちらにもう1度来るのは難しいって言ってた気が……。


 また、ニュッと空間から光る首が生えた。


「そういえば、漂流してたっていうの、実は嘘だったんです。匿ってくれるかなーって思って。家出は本当なんですけどね、何回もしてますけど。この世界を選んだのも実は意図的で、前から面白そうだと狙ってたんです。カズキさんが言ってましたけど、次は学園祭の売り上げで温泉に行くんですよね? 人数は4人で予約して置いてくださいね!!」


 目を点にした俺たちにそうまくし立てると、「それじゃあ、本当にこれで、また!!」と元気よく2度目の別れを告げ、再びニーナちゃんは消えた。




 再び静寂が訪れる。

 しかし、先ほどとは明らかに意味の違った静寂だ。

 あるものは呆れており、あるものは軽くキレており、俺と言えば思考が追い付いていなかった。

 だからとりあえず、覇太郎とアイアの質問に対してはこう答えることにする。


「って、いうことだってさ」


 直後、アイアの水平チョップが俺の胸に叩き込まれ、寂莫(せきばく)とした思いは全て口から飛び出して彼方へと消えていった。

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