真実のワキ
「分かってらっしゃると思いますけど、カズキさんには告白の前に解かなきゃいけない誤解があるんですからね?」
「わ、分かってるよ……」
道中、ニーナちゃんはくどくどと俺に『これから何をしなきゃならないか』を説き続けている。先程ニーナちゃんの気持ちを受け止められないと答えを出したばかりだというのに、まるでそんなことなどなかったかのように俺に話しかけるその姿を、俺は不思議に見ていた。すると、そんな俺の表情を見て俺がどんな疑問を抱いているのか悟ったニーナちゃんが答えを口にする。
「カズキさんの言葉に、私は自分が固執していたことに気付かされたんです」
「固執?」
「はい。私は『恋』なんて感情を経験したことがなくて、近くにあった感情といえば生理的に誰にでも発生する『下心』だったんです。だから私に視線を向ける人は『下心』ありき、私が視線を向けてしまう人に向ける感情も『下心』だって、ずっと思い込み続けてきたんです」
そこで一旦区切るとニーナちゃんはチラリと俺に視線を向け、「でも――」と言葉を続ける。
「カズキさんの『恋』の形を聞いて、それまで渦巻いていたドロドロと汚いような気持ちとか純粋な気持ちとかが、胸にスッと落ちた気がしたんです」
そしてにこやかに、やはり反則的なほど美しい表情を浮かべて言う。
「私の抱いていたこの感情も、本当は『恋』だったんだって気付きました。それと同時にカズキさんのアイアちゃんに対する深い想いを知って、同じ『恋』なら勝てないな、って悟っちゃいました」
いたずらっぽい顔で「えへっ」と笑うその表情にもはや悲しさは表れていないが、どこか寂しさを漂わせているように感じられる。しかし、直後にはそんな雰囲気をどこかへやるかのように元気な声を出す。
「私、それでも後悔はしてません‼ だって、生まれて初めて『恋』を教えてもらえたんですから‼」
「……そっか」
「だから今度は私が教えてあげる番かな、と思いまして。カズキさんは全然気が回らない人ですから、告白しに行ったのに嫌われて帰るのは嫌でしょう?」
「うぅ‼ 確かに……」
からかうように言ったニーナちゃんにしかし、色々と前科があり過ぎる俺は異論を唱えられない。
「ダメですよ? さっきみたいに『アイアの生ワキに挟まれたいんだ‼』とか口走っちゃ」
「はい……。気をつけます……」
それに関しては自制しない限り本当に言いかねないから恐ろしい。
「……ところでなんですけど、『生ワキ』にカズキさんが固執するようになった理由は何でなんですか? 確か『感動の出会い』がどうとか仰ってましたけど……具体的に何かエピソードがあったりするんですか?」
本当に何となく気になっただけなのか、かねてより頭を悩まさせてしまっていのかはわからないが、ニーナちゃんが興味津々な顔で尋ねる。
原因はニーナちゃんと初めて会った際の事故で、ニーナちゃんの『生ワキ』に顔面を押し潰されたことなのだが、『直接の原因はあなたですよ』と真正面から言うのに気が引けてお茶を濁していたのだ。しかし、お互いの気持ちが明らかになっているし、加えて事故の件とかもほとぼりが冷めただろうと考えて、俺はもう誤魔化す必要もないと判断する。
「実は――」
話し終えた後、ニーナちゃんがキョトンとした表情になった。
あれ? もしかしてこれドン引きされてる?
あまりの反応の薄さにそんな心配が頭をよぎる。
ビクビクしながら反応を待ち、そしてとうとうニーナちゃんが口を開く。
「ワキじゃ……ないんですけど……?」
「へ?」
「私がカズキさんを押し潰しちゃったのは……お、お尻なんですけど……」
「……あい?」
「だから!! 私、『生ワキ』でカズキさんを押し潰してません!! お尻から顔に向かって落ちちゃったんです!!」
「え、え~!!!?」
グラグラと世界が揺れるような錯覚を覚える。俺は、自分が地面だと思っていたものが実は全く違うものだったのだと、約20年間生きてきて初めての真実を突き付けられた人間のように不確かな心もちとなっていた。
「そ、そうすると……カズキさんの『生ワキ』好きは、本当にどこから……?」
ニーナちゃんが口にする疑問が耳に入るが、俺はそれどころではない。自分の(性癖の)ルーツを頭の中に探す。しかし、記憶はどこか欠けているようにその面影すらも掴ませなかった。
フラフラと足どりも不確かにアイアと初めて出会った公園前を横切ると、フワッと甘い花の香りが鼻腔を満たす。
キンモクセイだ。秋も段々と深まり、季節の花が咲いていた。
――唐突に、俺の記憶の中を何かが駆け巡る。
俺はこの香りを知っていた。花ではなく、もっと温かな実感を持って。
――そして、辿り着いた答えは1人だった。
胸に熱いものがこみ上げる。
ああ、なんだよ。最初から全部繋がっていたじゃないか。
この気持ちは。
1人でフラフラしたかと思いきや、急に納得した顔になる。そんな俺を見てニーナちゃんは不思議そうな顔を向けていた。
「ごめん。やっぱり秘密ってことで」
聞いてもらったニーナちゃんには申し訳ないけど、『生ワキ』の件を含めて一番最初に俺の気持ち全てを聞いて欲しいのはアイアだった。むくれるニーナちゃんを横目に、俺は再びしっかりと地面を踏みしめて歩き出す。
いよいよ、アイアの元へと。
積み重ねた俺の、『恋』という気持ちを知ってもらうために。
ここまでお読みいただきありがとうございます!
カズキの中で全ては繋がりました。
あとはしっかりとアイアに気持ちを伝えるのみ!
次回をお楽しみに!
少しでもご興味をお持ちいただけましたら、ぜひブクマしていただければ幸いです!
それでは!




