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『恋』と『下心』

 覇太郎がドアを見据えた。


「来たみたいだね……」


 俺は頷く。

 しかし、もう恐れなど何もなかった。

 覇太郎との問答で、あるべき感情があるべき場所へと収まった気がしたのだ。

 俺は、本当の自分の感情の在り方を知り、そしてその感情を向ける本当の相手を知った。


 再び、ニーナちゃんの真正面に立つ覚悟はすでにある。

 俺はドアへと歩みを進め、ノブを捻り押し開けた。


「こんにちは、カズキさん」


 ドアを開けたその場所にいたのは、薄いジーンズジャケットと黒のミニスカートというカジュアルスタイルに身を包んだ銀色の少女。

 想像していた通り、ニーナちゃんその人が俺に笑顔を向けて立っていた。


「こんにちは、ニーナちゃん」


 俺にもう1度満面の笑みを浮かべると、ニーナちゃんは部屋の真ん中で座っていた覇太郎の存在に気が付く。覇太郎は、自分に視線が移ったことを感じ取ると、ニーナちゃんに先んじて話し出す。


「ああ、僕はもう帰るから、お構いなく」

「……そうでしたか」


 ニーナちゃんはその言葉を聞くと再び視線を俺に戻す。

 美しい翡翠色の瞳を怪しげに揺らし、「私もお部屋に上がっていいですか?」と、小首を傾げてその銀色の髪を揺らした。構わないと返事をし、部屋へと上がるニーナちゃんと入れ替わりに覇太郎が靴を履きに玄関にやってくる。


「……もう、大丈夫だよな?」


 覇太郎が、少し心配そうにして俺を見やる。

 俺は力強く頷いて答えた。


「覇太郎、ありがとう。俺、今なら自分の気持ちにちゃんと向き合える」

「そうか……うん、分かった。僕はカズキの味方さ。最善を尽くしてこい」


 そうして右腕を交差させて突き合わせると、覇太郎は部屋から出ていく。


 その後姿を見送ってからドアを閉め、振り向いた。


 部屋の中心にジャケットを脱いでノースリーブのいで立ちになったニーナちゃんが立っている。

 視線が、交差した。


 そして最初に話を切り出したのはニーナちゃんだった。


「どうしますか? 早速エッチ、しますか?」


 彼女いない歴=年齢の男ならばまず断れないだろう美少女のその誘いに、俺は首を左右に振って応えた。


「いいや、ニーナちゃん。『ソレ』はしない。話があるんだ」

「話……? 昨日の続きですか? 私はもう、結論が出ていたと思ったのですが……」


 俺はニーナちゃんのいる部屋の中心まで足を運ぶ。

 近くまで歩み寄った瞬間、ニーナちゃんの手が伸びてさりげなく俺の手を取ろうとしたが、俺はそれを許さずに体ごと一歩引いた。


「覇太郎に全部相談してみたんだ。そこで、俺は自分の気持ちに対して潔癖になり過ぎてるって知ったよ」

「何の……話ですか?」

「『下心』の話だよ。俺が心の奥底に隠していた、どうしようもなく汚れた感情だ」

「そうですか。では『下心』を受け入れて、私と1つになる決意はできましたか……?」


 うっとりと赤らめたような表情で、俺が引いた1歩分をニーナちゃんが詰め寄る。

 しかし、俺はそれ以上下がらない。


 先ほど引いたのはニーナちゃんのペースには乗らないぞ、という俺の意思表示だ。


 ニーナちゃんの瞳を真っ直ぐに見つめる。

 俺はもう、ニーナちゃんに対する都合の悪い欲望に目を逸らしたりもしない。

 自分の内側から湧いた感情全てを受け入れてーー


 ーー俺は今、伝える。

 こんな優柔不断で人にばっかり頼って泣き虫な俺を、男として見てくれたニーナちゃんへ精一杯の誠意と共に。


 逃げずに自分の気持ちと向き合って出したその、結論を。




「いいや、ニーナちゃん。俺はアイアの事が好きなんだ。君と一緒にはいられない」


「…………」


「俺はこれから、アイアに自分の気持ちを伝えてくるつもりだ」

「……それは自分の『下心』を隠して、アイアちゃんに告白しようということですか?」

「……違うよ」

「では自分の『下心』をアイアちゃんに押し付けようというんですか? あれほど大切だと言っていたアイアちゃんに対して?」

「……それも違う」

「……ではいったい何だと言うんです? 昨日、私は言ったはずです、あなたの根幹にあるその感情は『下心』だと。どんなに目を背けようとも隠れたその感情は必ず表に出てきますよ?」


 ニーナちゃんが冷たい声でそう言い放つ。

 そして言い切るやいなや、ニーナちゃんが腕を真っ直ぐ上に伸ばして、その白磁の『生ワキ』を晒す。


「……見て下さい……カズキさん、興奮するでしょう……?」


 (とろ)けた目で、誘うように身を捻じって、俺に『生ワキ』を見せつける。


「アイアちゃんが好きだと口では言っても、あなたは私に興奮するでしょう?」


 確かにそのスベスベな『生ワキ』を見せられて、視線がいかないわけがない。

 現に俺の目は吸い込まれるようにその『生ワキ』をガン見していた。

 勝ち誇った表情になるニーナちゃんがダメ押しをするとばかりに俺へと問いかける。


「自分の『下心』を『恋』だと偽って、あなたはアイアちゃんに迫るんですか……?」


 そしてニーナちゃんは上げていた腕を下ろし、俺の首へと回す。


「結局あなたの『下心』は誰だって対象になり得るものでしょう……? なら私じゃダメな理由、ありますか……?」


 潤ませた眼で俺を覗き込む。

 生温かく湿った息が俺の鼻にかかる距離で、ニーナちゃんは強くそう口にした。

 その表情はやはり反則的なほど魅力的で、昨日までの俺だったら何も言えなくなっていたに違いない。

 確かにそうだ、俺の心の中にあるその気持ちは『下心』に間違いなかった。

 それは昨日の時点で分かっている。

 それでもーー


「ーー俺に『下心』があることは隠さない。間違いなく、俺はアイアにやましい気持ちを抱いている。 アイアに触れたいし、膝枕されたいし、ワキに挟まれたいとも思っている!」


 ーーしかしそれでもいいんだと、先ほどの覇太郎の問いかけが俺を後押ししてくれていた。


「ーーでも俺の心の底にある気持ちはそれだけじゃない!」


「……!!」


 俺の語気の強さに驚いたニーナちゃんが俺の首にかけていた腕を解いて、1歩後ろへと下がった。

 俺は畳みかけるように言葉を連ねる。


「小学校の頃からアイアと一緒に遊んで、中学生になってからもいっぱい話してて、高校に通うようになってからは覇太郎と3人でバカやって、大学に進学してからもずっと傍にいたんだ。いったいどれだけの思い出が俺の心の中に詰まっていると思う!? アイアの良いところ悪いところ可愛いところを俺は全部、全部知っているさ。そんな俺がどうして『下心』だけしか持っていなくて、今まで告白して玉砕してないんだっつーの!!」


「へ……!?」


「つまり!! 俺の中にある感情は『下心』だけじゃない。幼馴染として長い付き合いの中で積み重ねたアイアへの色んな『想い』がある。面倒見が良いなって思うところ、人を思いやれるところ、俺が救急車で運ばれれば心配してくれるところ、ちょっとイヤらしい目で見てもすぐに許してくれるところ、ひまわりみたいに明るい笑顔、ムッとした顔……そういった全部を『良いな』って感じるこの『想い』がある!!」


「ちょっと、漠然とし過ぎていませんか……!?」


 あまりの俺の言葉のまくし立て方に、ニーナちゃんは思考が追い付かないのかあたふたとしつつ、ツッコミを入れてくる。

 確かに、漠然とした心の内を語っているようだった。

 しかしーー


「ーー実際漠然としているんだよ。アイツの好きな所なんて一口で言い表せるもんじゃないんだからさ、同じようにアイツのことが好きな俺の『想い』だって一口で言い表せるもんじゃないんだ」


 その言葉を俺は一蹴した。

 断言されたことにニーナちゃんが息を呑んだのが分かる。

 昨日まであんなにもふにゃふにゃな芯しか持っていなかった人間が、今日覇太郎と少し会話をしただけで今や何にも動じない固い芯を手に入れいているのだから、無理もない。俺自身、そこでの問答がこれほど自分の中の感情を整理してくれるなんて思ってもいなかった。

 やっぱり、覇太郎はすごい。

 俺は一瞬息を整えると、今度はニーナちゃんへと問い返す。


「なぁ、ニーナちゃん。単純に『下心』だけしかなかったらさ、こんなにアイアに執着すると思うか……?」


「それはーー」


「ーーしないよ、絶対。ニーナちゃんに飛びついてるに決まってる」


 断言できる。

 ニーナちゃんほどの美少女を見た事なんて、テレビでも映画でもなかった。

 そんな女の子の誘いに乗らない男なんているはずがない。


「俺は、こんなに色んな『想い』を抱く相手ーーアイアを俺以外の男に奪われるなんて考えたくもないって、覇太郎と話してて初めて実感したんだよ。アイツが幸せになるなら、どうか俺の隣でって本気で思ってる」


「そ、そこまで…………」


 本気の俺の言葉に、ニーナちゃんはさらに一歩後ろに下がる。

 そして俯き、翡翠色の瞳を自身の銀の髪に隠した。


「……『下心』だけじゃダメだって言うのは分かる。でも決して『下心』と『恋』が一致しない訳じゃないんだよ、きっと。今の俺の『下心』と色んな『想い』を合わせた感情を『恋』と呼ぶのなら、それは決して清らかなだけの感情ではないんだと思う。『下心』を含めた、『どうしようもなく君を俺1人だけのものにしたい』っていう清濁併せ呑んだ感情が『恋』なんだ」


 俺はそこまで言い切って口を閉じる。

 部屋の真ん中で俯く銀色の少女は、泣きそうな顔で悔しそうに歯噛みをしている。

 俺の意志がハッキリと固まってしまっているから、もう揺れ動きそうにないから、ニーナちゃんの付け入る隙はもうなくなった。付け入る隙なんて言ったら悪く聞こえてしまうけど、俺の定まらない感情を精一杯揺り動かして、自分に振り向かせようと頑張ってくれていたんだ。

 本当に、ごめん。

 俺の決断が本当に遅かったから、アイアを泣かせたし、ニーナちゃんもそんな表情にさせてしまった。

 だからーー


「俺はアイアに『恋』してるんだ。だからニーナちゃんと一緒にはいられない。ごめん」


 ーーせめてここで全部終わらせる。


 外はまだ明るく、ニーナちゃんがこの部屋を訪れてからさほど時間が経っていないことが分かる。

 気まずい沈黙が空間を満たす中で、俺は決してニーナちゃんから目を逸らさなかった。

 どんなに辛そうな表情を見せても、泣いても、俺がその光景から目を背けることが許されると思えなかった。

 それは全部自分の優柔不断と、自分の気持ちをまるで分かっていない馬鹿さ加減が招いた結果だと考えていたから。

 だから、ニーナちゃんのどんな感情でも俺は受け止める気でいた。

 しかしーー


「ーーそう、ですか……じゃあ、私じゃダメですね……」


 ニーナちゃんは顔を上げて、悲しそうに笑って俺を見た。


「ああ……」


 ごめん。

 心の中で謝った。

 あんな笑い方をする女の子にこれ以上「ごめん」なんて謝れない。

 健気に強がってまで俺のことを考えてくれる少女に、これ以上気を遣わせられない。

 硬い紐で締め付けられるように、心が痛む。

 そんな時間がいくらか経過して、俺とニーナちゃんの視線が再び交差する。


 そしてこれ以上の問答が不要だという事を、お互いに悟った。


「それじゃあ、行きましょうか」

「……うん」


 それ以上示し合わせることなく、2人で部屋を出た。

 もう二度と、銀色の彼女がここに足を踏み入れることはないのだろう。自分の部屋を振り返ってそんなことを思った。

 ドアを閉めて、鍵をかける。


 俺はアイアの家へと足どり確かに歩き始めた。

ここまでお読みいただきありがとうございます!


今回でニーナとの関係に一区切りがつきました。

次回はカズキの失った記憶について、進展があります。

お楽しみにしてください(`・∀・´)


少しでもご興味をお持ちいただけましたら、ぜひブクマなどよろしくお願いいたします!


それでは!

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