親友の言葉
いよいよ終章です!
最後までお付き合いいただければ幸いです!
講義なんて馬鹿真面目に受けに来るんじゃなかった。
履修していた国際経済学の講義を右耳から左耳へと聞き流した帰り道。
秋の陽が落ちるのもずいぶんと早くなってきていて、西日の差す中を電車は進む。
もうすぐ最寄りの駅だ。
こんなにも、電車の到着が遅れて欲しいと思った日はない。
帰れば部屋の前にはニーナちゃんがいるかもしれないのだから。
俺はニーナちゃんの主張に叩きのめされていたものの、心のどこかでは納得がいっていなかった。
しかし、もう一度ニーナちゃんの前に立てば、きっと完全に勝負がついてしまうという漠然とした予感があった。
彼女は2度も獲物を逃がすことはしないように思える。
それもこんなに弱った獲物を。
電車のアナウンスがなり、ここが俺の降車駅であることを告げる。
降りるかどうか迷ったが、問題を先延ばしにしたところで何の解決策もないことは分かっていたので、大人しく降りる。
こんなにも心穏やかじゃないのに、澄んだ空の水色に鮮やかなオレンジ色が混ざっていて、とても綺麗に見えたのが俺の末期さを物語っていた。
目の前の問題に頭を使いたくないから、視野を広げて現実から目を逸らそうとしているのだ。
そんな非現実主義の腐った頭を首の上に載せて、俺は改札から出る。
ああ、速い。速すぎる。
いつの間に俺の歩幅は広がったのだろうか。
何も解決策が浮かばないままに歩き続ける。
そしてもう、俺が部屋を借りているアパートまではあと少しだ。
鉄製の錆びた階段を一段一段上るとカツン、カツン、という音が断続的に響く。
今の気持ちは絞首台に上る囚人のそれ。
そして俺は、どうか誰も居ませんようにと神に願いつつ階段を上り切る。
すると視界の先に、俺の部屋のドアに背中を預ける人間がいた。
その見慣れたブロンドの頭を持つ人間はこちらに顔を向けてーー
「やっほー、カズキ。元気?」
ーー俺にヒラヒラと手を振っていた。
「は、覇太郎……」
俺は意外な人物が目の前に現れたことによって、少し固まる。
そして動かない俺の代わりに覇太郎がこちらまでやってきた。
「よっ。カズキ。どうした?」
間違うことなき、覇太郎である。
そりゃ当然覇太郎なのだが、とてもびっくりしての再確認である。
「ど、どうしてここに……?」
脊髄反射的に最初に頭に浮かんだ疑問を投げかけた。
すると覇太郎はいつもの柔らかい笑顔でそれに答える。
「何となく、困ってんじゃないかな? って思って」
その言葉に、俺は目を見張る。
ーー何となく、それでここに来たというのか。俺が困っているだろうって?
恐らく、覇太郎のことだから、もっと他にちゃんとした根拠はあるんだろうけど。
その短い返事に昨日からずっと張りつめられていた緊張の糸が緩んでいく感覚があって。
それ以上深く理由を聞くこともなく、
「ご、ごめんんん~ッ!!」
と、凄まじい勢いで号泣した。
「えっ? ちょ!! 何で泣いてるんだよ……!!」
「ごっごっごっ……ごべぇぇんんん~~ッ!!」
嗚咽と涙と一緒に、満タンになっていたストレスが少しずつ抜けていくのを感じた。
部屋の中、数分間しゃくり上げて俺はようやく落ち着きを取り戻した。
ちなみに覇太郎がどうして俺が困っていたのか知っていたかというと、『ここ最近俺がどうにも上の空で、その上今日は俺にもアイアにも連絡が取れなくなっていたから』だそうだ。
アイアは確かに昨日から連絡が付かない。今日だって一緒に履修していた国際経済学の講義にも出席してこなかった。
そして、俺は俺に起こった事全てを話す。
覇太郎は顎に手をやって、俺の話を1つ1つかみ砕いていくように静かな相打ちを続ける。
そして全部言い終えると、
「カズキの抱いている感情は『下心』か……」
視線を中空へと彷徨わせて、印象に残ったのだろう言葉を口の中で転がした。
それは、俺が俺自身の心に対して嫌悪感を抱くようになった一番の原因だ。
まさか自分の内側を一枚剥ぎ取った先に、それほどの獣性が隠れているのだと指摘されるとは。
しかしーー
「俺、否定するどころか、何も言えなかったんだよ……。心のどこかでニーナちゃんの言ってることが本当な気もしてさ」
誰でもいいなんて、本当は思いたくなかった。
でも振り返れば誰かれ構わずに美人の生ワキに興奮する俺が存在していたし、実際問題、俺はニーナちゃんを部屋で押し倒す寸前だったのだ。
そんな情けない俺の言葉に覇太郎はひとしきり考えると、「確認するんだけど」と前置いてこう続けた。
「カズキは『下心』は『恋』じゃないと思っているんだね?」
なんとも不思議な問いだった。
「そんなの……当然じゃないか? 相手の内面を好きになって、発展していくのが『恋』なんだからさ」
そう、答えは当然決まっている。
だって『恋』だから。
自分が普段から感じている邪な感情が『恋』なわけないだろうと。
だからこそ俺は覇太郎に対して訝しげな表情を向けたのだが、覇太郎は何とも涼やかな顔をする。
「そうか。僕はそうは思わないけど」
「どういうことだ……?」
「僕は、『下心』は立派な『恋』だと思っている」
驚きの言葉に俺は目を丸くした。
「覇太郎が!?」
とても信じられることではなかった。
爽やか美青年の覇太郎から、汚い『下心』を肯定する内容が話されるなんて。
しかし、覇太郎は俺のそんな反応にちょっと心外そうに肩をすくめる。
「そんなに驚くことか? 僕は、好きな人の全てを、誰にも渡したくないくらいに独占したくなるのって当然のことだと思ってる」
続く言葉に、俺はそういうものか、と納得しそうになったが、
「それって……ちょっと束縛っぽくないか……?」
思い止まり感じたことを口にする。
何だか少し重い考え方だと思ってしまった。
しかし覇太郎はどこかSMチックな『束縛』といった例えを自分の考えに当てはめられても普段と変わりない飄々とした様子を保っている。
「そうかな? でも女の子を恋人にするのって、他の男にその女の子を渡したくないからじゃないかな」
「まあ、そうだけど……」
確かに、好きな女性に対して男が告白して付き合う理由なんて考えてみればそれ以外ない。
幸せそうな姿を眺めていたいというのであれば、ただただ眺めてればいいのだ。どこか遠い場所からでも。まあそれは最悪ストーカー行為と認定されることもあるのだが。
そして、覇太郎は「じゃあさ」と俺に問いかける。
「自分がその女の子を恋人にしなかったらどうなると思う?」
「どうなる……って」
どういう答えを期待してのものなのだろうか。
その女の子が誰かにもよるんだが、例えとして、俺の頭に出てきた女の子はアイアだった。
もし、俺がアイアと恋人になっていなかったら、どうなるか。
そう考えればいいのか。
そして、真剣にその問いについて考えようとしたその時ーー
覇太郎が俺の回答を待つこともなく、言葉を続ける。
「ーーつまりさ、その女の子が誰か別の男の彼女になるってことだよ」
瞬間、ダンプカーでも突っ込んできたのではと思うほどの衝撃が心を揺さぶる。
「……!!」
アイアが、名も知らぬ別の男の彼女になってしまうーー!?
それは、それは何だかとてもーー
「ーーイヤだ……」
ボソリと呟く俺に、覇太郎は一瞥をくれるが、しかし構うことなく更なる真実を突き付ける。
「その女の子は、その別の男の元で全てをさらけ出すことになる……意味は、分かるよね?」
「ッ!!」
手を取り合うアイアと名も知らぬ男。
キスをするアイアと名も知らぬ男。
名も知らぬ男の前で、惜しげもなく肌を晒して、何かを求めるアイアを想像してーー
ーー俺は絶対にイヤだと、強く思った。
「なぁ、カズキ」
覇太郎は重ねて問いかける。
「アイアとこれからもずっとずっと友人であり続けられる?」
瞬間、1枚1枚の写真が映写機に投影されるように、幼い頃から今に至るまでのアイアの姿が入れ替わり俺の頭に映し出される。
どのアイアも俺に向かって笑っていた。時にはムッとした表情も混じっていたかもしれないけれど、それでもみんな俺が側にいたいと思った少女だった。
今までのアイアを思い返して、ずっと友人なんかではいられないと思ってしまう。
もしその横に俺の知らない男が立っていたら、俺はそれに耐えられない。
だからアイアだけは他のどんな男にも奪われたくないと、本気で思った。
そして同時に、俺は覇太郎の言わんとすることを理解する。
タイミングを見計らったように、
ピンポーーーン
と、チャイムの音が鳴る。
ここまでお読みいただきありがとうございます!
次回、ニーナと対峙。
どういった結末になるか、次の更新を楽しみにしていただければ嬉しいです!
それでは!




