七十二話 水の底って、普通暗いですよね
「うぅん……?」
気がつけば、よくわからないところにいました。下は岩場なのですが、あちこちから見たこともない妙な草が生えています。真ん丸の葉っぱが集まったような感じで、色は濃い青です。
上を見れば太陽は見当たりませんが、空全体が輝いているように見えます。そのおかげかとても明るく、かなり遠くまで見渡せます。ただ、なんだか空気が微妙に揺らいでいるような、おかしな雰囲気です。
それにしても、ここはどこなんでしょう? 見たこともない場所ですが……
気絶していた……とは、なんだか感覚が違います。目隠しをされたまま、一瞬で全く別の場所へ連れて来られたという感じです。
「ルナちゃんクロノスくん、大丈夫ですか!?」
「だ、だいじょうぶであります……」
クロノスくんの声が聞こえそちらを見ますと、岩場でどこかぼんやりとしているクロノスくんがいました。ですが、ルナちゃんの姿が見当たりません。
「く、クロノスくん、ルナちゃんがどこにいるか心当たりないですか!?」
「えう……? あ、あれ!? ルナさまがいないであります!!」
「クロノスくんにも心当たりないですが……ならこの場所に見覚えは?」
「すみません、ないであります……」
いったいどこに来てしまったんでしょうね、私たち……ルナちゃんも見当たりませんし。私の記憶がたしかなのは、泉の中へ入る直前までです。そのあと一瞬視界が暗転し、気がつけばここにいました。
ありえるとすれば……ここが目的地である水の底という可能性です。それなら視界がところどころ揺れていることに説明がつきますし、水の底に行こうとしていたのですから筋は通ります。途中で魔法が失敗し、うっかり沈んでしまったのかもしれません。
ですが、それにしてはここは明るいですし、私には実体がないので水の上に立とうと思えば立てます。なので意図したならともかく勝手に沈むわけがありません。なにか、超常的な力が働いていない限り。
「とにかく、ルナちゃんを探しましょう。あの子は実体がありますから、ここが水の底なら一刻も早く探さないと溺れてしまうかもしれません。……あ、いえ、呼吸について確かめる方法がありました。クロノスくん、数秒でいいので実体化できますか?」
「で、できるであります!」
そう言うと、クロノスくんはポフッとかすかな音を立てると同時に白い光を放ちました。
「どうですか? 呼吸はできますか?」
「……だ、だいじょうぶでありますね……? でもなんだか、からだがちょっぴり重いであります」
すぐに実体化を解除したのか元に戻ったクロノスくんが、不思議そうに首をかしげていました。
前は実体化できませんでしたが、今では数秒であれば実体化できるようです。もしここで実体化できなかった場合、ルナちゃんは最悪の事態を考えなくてはならないところでしたよ。
「呼吸が可能であれば、ルナちゃんも無事でしょう。戦闘力はほぼ皆無ですが、運動神経はいいはずです。敵が現れてもすぐに逃げれば、逃げれば……」
「ルナさまのばあい、よろこんでとつげきしていきそうでありますが……」
超同感です。あの子、いろんな意味で恐れを知りませんからね……あと好奇心がムダに旺盛ですから、知らないものを見かけたら突っ込んで行きそうです。
「やはり早く探さないとですね。とは言っても、手がかりゼロなのでどうしよう感がすごいですが……」
ここが本当に泉の底なら、上までざっと二千メートルあるわけです。ならばルナちゃんが一人で上に行くことはないでしょう。生身ですから減圧症にかかってしまいます。
でなければ逆に、ルナちゃんだけ泉の上に取り残されている可能性もあるわけですが……ここに来るために使った魔法が壊れた時の感触としては、ルナちゃんも底までたどり着いていると思うんですよ。
「とりあえずは、辺りを見てみましょうか。見通しがいいように見えますが、冷静に考えてみればそこからしておかしいですし」
私が知る泉の大きさは、ざっと一キロ四方ほど。現在地が不明なのでなんとも言えませんが、ぐるりと三百六十度見回しても端が見えないのは異常だと思うんです。いくら水中でもここはかなり透明度が高いのでけっこう遠くまで見えるのですが、パッと見でもキロ単位ありそうなんですよ。
「表面だけ狭かったとしても、ここ明るすぎるんですよねぇ」
もし一部が地下にあったとしたら、もっと暗くないといけないです。ですがここは深海クラスで深いにも関わらず、相当明るいのです。
「いったいどうなってるんでしょう……クロノスくんはなにか聞いたことはありませんか?」
「しょーせーはきほんてきにどーくつにいて、外のことはあまり知らないであります……」
「大丈夫ですよ。私も似たり寄ったりですから」
仮にも女神扱いされているのに世界のことなにも知らない方がやばいのですが、ここではさておきます。
「なにもわからないというのであれば、自分の目でたしかめるのみです」
どの方向へ行けばいいかもわからぬなか、私たちはともかく最初に正面だと思った方へと歩を進めるのでした。




