四十三話 任せられる方よりも、任せる方がたいへんです
ドワーフの村から帰ってすぐのこと。日付が変わる直前まで銅像をどうするかで悩んだのですが、ウンディーネさんの
『そういやあの子、まだあの時はこのお姿のミーシャ様は見えなかったんと違います?』
の一言ですべて片がつきました。
そうですよ。冷静に考えてみれば、スライムのせいで強制的に生前フォルムになった時、フィーマさんに私のことは見えていませんでした。今なら見える可能性が高いですが、あの時はセーフでしょう。つまり、心配することなんてなにもないわけです。
そう結論付けた私たちは、フィーマさんが出発する前にいつもの私本体である世界樹の根元まで大急ぎで戻ったのでした。あまり過保護にするのも、どうかと思いますし。
そんなわけで、デート出発直前にやって来たフィーマさんにどうにか気づかれず帰宅できました。今度、ガノさんを紹介してもらう約束もしましたし、あとは二人が帰って来るのをワクテカしながら待つだけです。
が。ここで予想外のことが起きたのです。
暇だったためにウンディーネさんを泉まで送ったのですが、その泉がとんでもないことになっておりました。
「な、なんだこれは……!?」
一目見た瞬間、シルフさんが驚きの声を上げたのもムリはありません。私も呆気に取られて声が出なかっただけで、声が出れば同じようなことを言ったでしょうから。泉に住むウンディーネさんも、似たり寄ったりのリアクションでした。
ほんの一日開けただけの、ウンディーネさんが管理する泉――通称を精霊の泉というらしいその場所に存在するあらゆる物体が、氷のようなガラスのような、透明で硬質ななにか別の物質に変貌を遂げていたのです。
「な、ナノちゃんたち! なにがあったんや!? これどないなっとんねん!?」
慌てて近くを浮遊するナノさんたちにウンディーネさんが声をかけると、とても不思議そうな響きの返事がありました。
『なにもなくするのに、がんばったのですよー? どうして困るですー?』
「は? いやわけわからんのやけど!?」
私もですよ。なにがどうしたら、こんな謎のメタモルフォーゼが起こせるのでしょう? 植物や動物、魔物はもちろんのこと、泉の水までも硬いなにか――そうですね、便宜上この現象をクリスタル化と呼びますが。なにもかもすべてがクリスタル化するのでしょうか。
『このへんのじかんを止めたから、なにがおこってもだいじょぶなのですー』
「じ、時間を止めたんですか!?」
なにアッサリすごいことやってるんですかこの子たち!? 確かに状態が一切変化しないのであれば、ある意味なにが起こっても問題ないのかもしれませんけども……!
ナノさんたちはなにが問題なのかわかっていないのようで、不思議そうに首をかしげるのみです。
「と、とりあえず、元に戻せるんやな?」
『すぐにはもどせないのですー』
「どれくらいかかんねん?」
『一年くらいなのですー』
「遅すぎるわ!!」
ウンディーネさんの全力ツッコミが炸裂する事態です。さすがにこの状態で一年は、固まってる物体すべてに問題がなかったとしてもマズいですよ。
「なんとかならないのか?」
『わたしたちは固定しただけなのですー。そうすればなにもおきないのですよー? ダメなのですー?』
「ダメに決まっとるわ! いやナノちゃんたちへの説明が足らんかったんも悪かったかもしれんけど……頼むから、早く戻してくれん?」
『むぅー……わたしたちがやるよりもー、ミーシャさまがやった方が早いのですー。じかんのまへいくのですー』
「「「時間の間?」」」
字面にすると、間の字が被ってなんだかもやっとしますが……にしてもそんなもの、どこにあると言うのでしょう。
ナノさんたちの長くわかりづらい話をだいぶかかって聞きだすと、どうやら泉を中心にして時間を止めるための祭壇のような場所を造ったらしいのです。そこにある止まった時計に抜いた電池を入れれば、時間は動き出すのだとか。
というか、電池式なんですねその時計。百均の目覚ましですか。しかも電池抜いたから近所の時間止まるとか、ホントなんてことしてくれてんでしょうね……
またよくわからないもの造ったんですねあの子たちはもう……
「仕方ありません。そこへ行くしかないですね。ナノさんたち、どうやってそこに行くんですか?」
『かんたんなのですー。いずみのちゅうしんのとびらから、中へいくのですー』
「泉の中心?」
ナノさんたちに導かれるままにクリスタル化した泉へ行きますと、真ん中のあたりにうっすらとドアノブのようなものが見えました。
「この先に、その時間の間があるんですね?」
『そうなのですー。でもわたしたちがいくと、いっしょに止まっちゃうのですー』
「なにやってるんですか……」
自分たちで行けない場所を、どうして造るんですかねぇ……
呆れながらも、行かないわけにはいかないので進みます。後ろの二人に目配せをすると、シルフさんはどこか難しい顔で。ウンディーネさんは周りを確認しながら心配そうに頷きました。やはり泉の管理者として、この状況が心配なのでしょう。
時間の間というくらいなのですから、やっぱり時計だらけとか、チューブみたいな中に動き回るアナログ時計が見えたりするんですかね?
難易度があまり高くないといいなぁと思いながら、私たちは時間の間へと歩を進めたのでした。




