三十三話 やりすぎですよ私……!
「やり過ぎですよ私……!!」
村が見えなくなった瞬間、私はその場にorzまんまの体勢で膝をつきました。
言い訳をさせてください!!
ちょっとうっかりやり過ぎただけで、最初からあそこまでやるつもりはまったくなかったんですよ。少し脅かしてフィーマさんにむやみやたらと手を出さないようにしたかっただけなんです。あそこまでこう、尊厳って言うか威厳的なのを全消滅させるつもりは毛頭なかったんですよぉ……
結果、なくなったのは毛頭じゃなくて毛根でしたよ。
落ち込む私に、フィーマさんがオロオロとした様子で声をかけて来ました。
「あ、あのっ、ミーシャ様は全然まったく悪くないです! なあなあにしていた私にも問題があって……!!」
「いえフィーマさん。いじめられる方にも問題があるとかそんなふざけた考え、おかしいですから。いくらいじめられる側が問題だらけだろうといじめやすかろうと、それと実際にいじめることは別の問題です」
色々と問題がある方が、遠巻きにされるのは仕方がありません。もしくは相手にすると助長するとか、つけあがるとか。そういう方を遠ざけるのは防衛本能なので否定はしません。ですが、それでも暴力や暴言はいけないと思うんです。
「虐げることと、その人に問題があることは別次元の話です。いかなる理由があろうとも、暴力は見過ごせません。いじめられる側に問題がないなら、なおさら」
今回のことは、フィーマさんに両親が存在しないという点から来ています。つまりフィーマさんに非があるわけではなく、もしあるとしても育てた人間が悪いのです。というかフィーマさんは、優しくてとてもいい人なのに。
ですが……それこそが、仇になるかもしれません。特に、今回は。
「すみません、フィーマさん。余計なことをしたかもしれません。今後なにかされたら、私が原因です……」
「い、いえそんな!! ミーシャ様は、わたしのために」
「ですが、やり過ぎはやり過ぎです。もし何かあれば、迷わず私の名前を呼んでくださいね。どこにいようと、必ず駆けつけますから」
「……そのお言葉だけで、わたしには十分過ぎますよ。ありがとうございました、ミーシャ様」
そう言ってもらえると、嬉しいですが……今回は本当に首を刎ねなかっただけ、マシだったと思うことにしておきましょう。これ以上この話を続けると、フィーマさんの方が責任を感じてしまいそうです。
そんなわけで代わりの話題を探そうとしていると、遠くからキョドり気味のシルフさんが姿を現しました。後ろ手に、なにか包みを持っているようです。どうやら、やっと本人に渡す決心がついたみたいですね。
やって来たシルフさんは私に挨拶をした後、あちこちに視線をやりながら不自然な様子で口を開きました。
「その、なんだ、フィーマ。ひ、久しいな!!」
「え、ええと、一昨日あったばかりですが……」
「そっ、そうか、そうであったな、あははは!!」
虚しい空笑いが響きます。シルフさん、私相手にはあんなにグイグイ来るのに、フィーマさん相手だとダメみたいですね。と言うより、今までの態度を思い返すと、どう接したらいいかわからないんでしょう。
これは助け船を出した方がいいのかどうか悩んでいると、突然シルフさんはビシッと真面目な空気をまといました。もしかして、形から入る気でしょうか?
フィーマさんも空気の変化を感じ取ったらしく、緊張した面持ちでシルフさんを見つめました。
「ま、前にも言った通り、自分はへんくつだ。だからその、上手い渡し方が思いつかなくてだな、と、とにかく受け取れ!!」
やけっぱちになったように叫んだシルフさんは、背中にまわしていた包みをフィーマさんに渡しました。
フィーマさんの方はと言えば、そんなことをされるとは思ってもみなかったのか目を瞬かせていました。
「こ、これを、わたしに……ですか?」
「ああああれだ!! ミーシャ様を助けてもらったというか、世話になっているというか、あ、あとその、これまでの非礼を詫びる意味もあってだな……」
ごにょごにょと言っていたシルフさんでしたが、包みをフィーマさんに強引に押し付けたかと思うと、急に頭を下げたではありませんか。
「し、シルフ様!? 頭上げてください、わたしはそんなすごいことはしたわけでは――」
「違うんだ」
そう言ったシルフさんの表情は、下を向いているためわかりません。ですがとてもとても真剣な顔をしているであろうことだけはわかりました。
「自分はずっと、人間がキライだった。それはとても自分勝手理由だ。ミーシャ様は元々人間だったと言う。ならば人間とは最高にすばらしい生き物なのだろうと、勝手に決め付けていた。そして初めてお前達人間を見た時自分は、失望したんだ」
それは、私も初めて聞く話でした。どうして、シルフさんがあそこまで人間がキライなのか。
静かに話すシルフさんの声は、とても悲しそうなものでした。
「お前達人間は、すぐに争うし未熟だし、そのくせあっという間に数が増えた。ミーシャ様と原点を同じくする存在のはずなのに、あまりにも脆弱だ。なのにミーシャ様は、他の動植物よりも明らかに人間のことを気にかけていた。それが許せなくて……いや、うらやましかったんだ」
そう語るシルフさんは、辛そうでした。自分の人間に対する感情が八つ当たりだということを、どこかで自覚していたのでしょう。だから……
「勝手に失望して嫉妬して、本当に申し訳なかったと思っている。自分が見ていたのは『人間』という種族で、フィーマ。お前のことではなかったのだ。今まで、本当にすまなかった」
しばらく、辺りを沈黙が支配しました。その重い空気を打破したのは、それができる唯一の存在。フィーマさんでした。
「シルフ様。わたしは、怒ってなんていませんよ。そもそも、こうして会話をしていること自体が本来すごいことなんですから」
「だが、自分は――」
「それに、シルフ様言ってくれたじゃないですか。わたしと、友人になってくれると。友人同士というものは色々確執があったとしても、こうして話せばそれで水に流せるものなんですよ」
たぶん。と最後に小さくとても悲しい文言が聞こえた気がしますが、そこはおいておきましょう。
「……本当にすまなかったな」
「いいんですよ、もう。そんなことよりシルフ様、これ開けてもいいですか?」
「ああ、構わない。そ、その、気に入ってもらえるとよいのだが……」
不安そうなシルフさんの方を気にしながら包みを解いたフィーマさんは、中身を見ると驚いた様子で固まっていました。
「これは……」
だ、大丈夫ですか? なにか妙なものが入っていたとか……
心配になりながらフィーマさんの手元を覗いてみると、中に入っていたのは美しい透き通ったエメラルドグリーンをした、雫型の石がついたペンダントでした。
「た、たまたま近所に落っこちていてな! 人間はこういうものが好きだと思ったのだが……」
しどろもどろになりながら言い募るシルフさんの話を聞いていたのかいないのか、フィーマさんはおっかなびっくりペンダントを手に取りました。
「こんなにキレイなもの、本当にいただいてもいいんですか……?」
呆然とした様子で尋ねるフィーマさんのリアクションを見たシルフさんは、どうやら喜んでくれているらしいと思ったようであからさまにホッとしていました。
「ああ。近くの山に大量に埋まっていてな。中でも美しいものを選び、ずんぐりむっくりしたヒゲ面の人間が器用だと聞いて、加工してもらったのだ」
今とても引っかかることを言っていたような気がしますが、スルーしておきましょう。やっぱりドワーフいるっぽいですねこれ……
それはともかく。ペンダントを渡されたフィーマさんはかなり挙動不審になっていましたが、それでもゆっくりと自分の首にかけたのでした。
嬉しそうに笑うフィーマさんとシルフさんの二人は、どこからどう見ても立派な友達でした。




