帰還した。
ヴァドラの巨体は、地面に横たわっていた。
車から降りて地上でその姿を目の当たりにすると、その大きさに改めて驚く。
恐竜博みたいなのを子供の頃に見たことがあったが、その時に感じた数倍の衝撃を感じていると思う。
特に生々しさが違う。さっきまで生きていた熱を感じる皮膚や、なにより切りはなされた首の部分から流れる血液が命の終わりを感じさせていた。
少し離れているのに、その生々しい臭いがこちらまで漂ってきている。
「やれやれ。さすが自然災害と並べられる厄難等級だ。思ったより手こずってしまったな」
ファイが刀に戻った緋鷹を腰に差しながら、大きなため息をつく。
さらっと彼女は言っているが、言い方を変えれば「自然災害を抑えこんだ」と言っているようなものだ。
それほど強い魔物をたったこれだけの人数でなんとかしてしまうのだから、彼女たちの力は相当なものなのだろう。
「あとは、ミューを街に送り届けて、【魔封宝珠】を渡せば仕事は完了ね」
クシィも疲れた顔を見せながらそう言う。
一応、彼女曰く、周りに敵はいないそうだ。
今は帰還していなくなっているが、ミネケ・プスが周囲を探索して確認したらしい。
というより、そもそもヴァドラを倒された現状で、敵の隠密士たちがこの場に止まる理由もない。
邪魔した者たちを始末とかありえるのかと思ったが、隠密士が正面切って戦いを挑んでくることは滅多にないそうな。
しかも、魔術士だけではなく、とんでもなく強い剣士との組み合わせに正面から戦って勝てるわけがないと彼らも思ったのかもしれない。
「というか、もしかしたら、あたしの魔術で全滅しちゃっているかもしれないけどね」
さらっとクシィが怖いことを言うがそれは考えないことにした。
魔物はまだしも、周囲に人間の死体が転がっているなんてことは、ちょっと考えたくない。
「さあ。とっとと街に行きましょう」
「そうだな。仕事が終わったら、酒場で祝杯だな」
クシィとファイの言葉に、ミューが「美味いものたくさん食べる!」と嬉しそうに声をあげる。
それにファイも、「我も食べるぞ」と同意する。
「でもまあ、酒場に行けるかはわからないけどね」
しかし、その2人にクシィが渋い顔で水を差す。
「計らずとも厄難等級の魔物を倒して首都を守った功労者になっちゃっていることはバレているだろうから、また聖典巫女から招待を受けちゃうかも」
「ああ、そうか。それは面倒だな……」
「あらあら。元|聖典騎士団の準騎士が、聖典巫女の招待を面倒なんて言っていいの?」
「うぐっ……。そ、それは……だが、もう冒険者の気楽な生活に慣れてしまったからな」
「まあ、あたしもそうだからわかるけどね。でも、断るわけにもいかないでしょ。保守系の聖典巫女とは上手くやっていかないとね」
「うむ。そうだな」
「それに今回は、ミューとアウトたちも功労者として褒賞がもらえるでしょう。それはもらってあげないとね」
「えっ? ミューはともかく、オレたちも?」
オレは思わず自分を指さしてクシィに尋ねてしまう。
「それはそうでしょう。たぶん、今晩はパーティが開かれて、ご馳走もふるまわれるわよ」
「にゃぴょん! ご馳走!」
確かにオレもご馳走には興味がある。
「しかも、2人目の神人なんて、そう簡単に離してくれるわけがないわ。これでもかというほど、歓迎されるでしょうね。きっと聖典巫女が直々に接待してくれるわよ」
だが、それが問題だ。
「にゃぴょん! にゃぴょん! 聖典巫女様に歓迎されるなんて、さすがアウト!」
まるで自分のことのようにはしゃぐミューは、非常にカワイイ。
聖典巫女様とかも見てみたいが、ミューを見ていればオレ的には十分だ。
というよりも、それ以前の問題がある。
「…………」
オレは無言で問いかけるように、希未の方を見た。
「な、なに? 現人……」
「いや……」
やはり彼女の表情は、ミューのように喜んでいるようには見えない。
それどころか、やはり困惑と疲労と不安が浮かんでいた。
言葉にされなくても、そのぐらいは俺も察することができるぐらいは成長している。
「すまん。オレたちは、ここで元の世界に帰還することにするわ」
「――えっ?!」
ミューがオレの言葉に笑顔を固まらせた。
「ど、どうして……」
「今のオレが大事にしなきゃいけないのは、とにかく希未を元の世界に戻してやることだ。もともとはただの気分転換のドライブだった。それなのにオレの我が儘でヴァドラとの戦いにも巻きこんでしまった。希未には希未の生活があるから、早く元に戻してやりたい」
「現人……」
オレは希未に向かって軽くうなずく。
「なのに街に行ったら、また時間がかかるし、万が一にも面倒ごとに巻きこまれて……というより、なんかオレ自身が面倒ごとになりそうな気もするけど。ともかく、帰れるときに帰っておこうと思ってさ」
「そ、そんな……。せっかく逢えたのに!」
「悪いな、ミュー。オレも、もう少しいろいろと話したいことがあったんだけど……。今度は、コンビニおにぎりとカップラーメンをもってきて、ゆっくりと話すから」
「……うん。知ってる。アウトは約束を守ってくれたから」
「……そうか」
変な会話だが、きっと未来のオレが過去のミューに約束のお土産を渡したということなのだろう。
だから、わかっている。
また絶対に逢えるのだ。
過去にも未来にも。
「現人、いいの? せっかく――」
「――いいって。つーか、オレも今回は、慣れないことだらけでさすがに疲れたしな」
それも本当のことだ。
元救世主とかなんとか別世界のオレのことは知らないが、今のオレはしがないサラリーマン。
本来、戦いとは無縁の生活をしていた人間なのだ。
それが逃げていただけとは言え、魔物との戦いに参加したのだから、肉体的にも精神的にも限界である。
「ファイさん、クシィさん。いろいろありがとう」
オレはしっかりと頭をさげて礼を言う。
なんでもかんでも頭をさげればいいというわけじゃないことはわかっている。
でも、感謝の気持ちをしっかりと伝えようとしたら、オレは自然とそうしていた。
そして横では、希未も頭をさげている。
「何を言うか、勇敢なる神人殿。礼を言うのはこちらの方だ」
「そうよ。ミューを助けてくれて、ヴァドラ退治まで手伝ってくれた。本当にありがとう」
ファイもクシィも同じように頭をさげる。
それを見てオレは、本当にいい人たちに出会えたのだと改めて思った。
これを「運命」というなら、感謝してもいいぐらいの気持ちにはなっている。
「ミュー。街まで送ろうかと思ったけど、近くまで行ってまた騒がれても困るから。悪いな」
「わかっている、アウト。……でも、覚悟してほしい」
「なにを?」
「次、遇えた時は、必ず仕留める!」
「仕留める!?」
「ふふん。他の女のために帰りたいなんて言わせないぐらい惚れさせるから」
「や、やっぱり肉食だな……。覚悟はしておくよ」
ミューの迫力に押されながらも、ちょっと楽しみなオレがいる。
そう言えば、初めてミューに遇ったときも、確かに肉食だった。
けど、もう少し草食なミュー……キャラとももう少し絡みたいものだ。
オレが車に乗りこむと、あとから希未も助手席に座った。
希未は希未で、3人にそれぞれお別れを告げていた。
ちらっと、ミューに対して「アウトをよろしく」的なことを言っていた気がするが、まあそこは聞こえなかったことにする。
「じゃあ、またな」
「またね!」
別れの挨拶はそれでお終い。
オレは振りむくこともせず、路面がまともそうな道を探してアクセルを思いっきり踏みこんだ。
§
「お。目が覚めたか?」
うっすらとフロントガラスの向こうに映る薄明の空を見ていたら、希未が辛そうに目を覚まし始めた。
頭を押さえながら、なかなか目を開けられないでいる。
オレはこの頭痛にかなり慣れて数秒で平気になったが、最初はなかなかに辛かったことを覚えている。
「ミルク多めの缶コーヒー、好きだろう? 眩暈が治まったら呑むとスッキリするぞ」
オレはとっくに目を覚ましていたので、トイレに行くついでに飲み物を買ってきていた。
どうやら意識が戻るまでの時間も、慣れによって変わるらしい。
「あ、ありがと……」
缶コーヒーを受けとりながらも、希未はまだ薄目のままで少し眉をしかめている。
きっと頭の中を整理しているのだろう。
オレは、トイレから戻るとき見た景色を思いだしながら、自分の分の缶コーヒーを口にする。
やっと、海ほたるから見える空と海は、少しずつ色を取りもどしつつある時間だ。
そんな太陽の頭さえ見えていない時間なのに、わりと車の出入りがあるのが驚きである。
それに比べて、異世界の夜明けはどうだったかなと思いだす。
よくわからない鳥らしき鳴き声が、やたらと聞こえていたような気もする。
「ねぇ。夢……じゃないのよね?」
何秒か経ってから、希未が口を開いた。
そう。夢だったのではないかと思うのはわかる。
オレも初めて帰還したとき、夢じゃなかったのかと思っていた。
「まあ、夢だと思っていいと思うぞ。もう二度と行くことはないんだから」
「そう……なの?」
「少なくとも希未はな。なにかあったら家族が心配するぞ。ちなみに今は日曜日の早朝だが、今から帰宅して旦那は大丈夫なのか?」
「ええ、平気。出張で夜まで――って……ちょっと待って!」
希未がすごい勢いで此方を向いた。
その勢いでまた頭痛がしたのか、額を押さえながらこちらを睨むように見つめる。
「あたし、結婚しているって、現人に言ったっけ?」
「言われてない」
「じゃあ、なんで……」
「希未、待ち合わせの喫茶店に入る間際に結婚指輪をはずしただろう。長いことつけている指輪、はずしたばかりだったから、跡がしっかりと残っていたぞ」
「う、嘘でしょ……ま、まさか、現人が指輪の跡に気がつくなんて……。つきあっているとき、これ見よがしに薬指に指輪を付けていても気がつかなかったあんたが……」
「そ、そんなことをしてたのか。その節は気がつかず、すまん。ちょっと最近、指輪で思うことがあって。それでつい目がいってしまって……」
オレは脳裏にミューがつけていた指輪を思いだす。
アレがなければ、希未の指輪あとには気がつかなかったかもしれない。
「つーか、既婚者がなんで、久々に遇った元彼をドライブになんて誘った?」
これは、俺がずっと聞きたかったことだ。
ただ、今まで我慢していた。
俺が聞くべきではないのではないかと思っていたからだ。
しかし、やっぱりモヤモヤする。
「理由……ね。ひとつは、あんたに何か嫌がらせできないかなって、軽く思ったから」
そう言いながら、彼女は缶コーヒーを開けて口にする。
「あたしには塩対応だったくせに、きれいな女性たちとイチャついて楽しそうなあんたに腹が立ったから」
「な、なるほど……。それはむかつくか……」
「なんてね」
希未がくすりと笑った。
「それはただの八つ当たり」
「八つ当たり?」
「そう。昔、適当に生きていそうなあんたが、うまいこと楽しんで生きているのがね」
「…………」
「あたしさ、子供の頃に思っていたんだよね。特別かっこよくなくてもいいから、優しい彼氏を作ってさ、楽しくデートして暮らしながら、大好きな服のデザイナーの道を目指すの。そしてその道で成功して、彼氏と結婚して明るい未来を過ごすわけ」
「そ、それ、オレに当たった時点で詰んでるってことじゃ……」
「まあね。でも、しっかりとした素敵な人と出会えて、結婚もできて、生活にも何の問題もなくて」
「お、おお。なら、今は幸せなんだな」
「まあ、旦那も優しいし……幸せ……なのかなぁ」
希未が複雑な表情で苦笑する。
そう言えば、彼女は元の世界を「つまらない」と言っていたと思いだす。
「なんかさ、あたしは結局、デザイナーにはなれなかった。才能、なかったんだと思う。それはしかたない。でもさ、なんか……なんかね。結婚したときは明るかったはずなのに、目の前がこう、毎日、毎日少しずつ暗くなっていく感じがするんだ」
「暗く?」
「というより、黒く塗りつぶされていく感覚。毎日、朝ご飯を作って、洗濯して、掃除して、またご飯を作って……。刺激もなく毎日が繰りかえされて。子供の頃に思っていた理想と違う生活。ねぇ、これが幸せなのかな?」
「…………」
オレは言葉が出ない。
なんか偉そうに言えることじゃない気がする。
「最近、旦那に『そろそろ子供が欲しい』と言われて。確かに欲しいけど、子供ができたらこの感覚は変わるのかな。そのぐらいじゃ変わらないんじゃないかな。もっと、もっと、非日常な刺激があれば、なにか変わるんじゃないかな。……って思っていたときに、あんたを見かけたわけ」
「つまり、オレが刺激?」
「まあね。浮気……まではしなくても、なんかそれっぽいことしてみれば、この黒く塗りつぶす感覚がなくなって、新しい人生が始まるんじゃないかなって。でもさ、そうしたら、それどころじゃない刺激があったわけだけど!」
かるく笑う希未は、なぜか少し寂しそうに見える。
「まあ、なにせ異世界転移だからな。ってことは、その黒く塗りつぶす感覚ってのはなくなったのか?」
「それがね……なんかわからなくなった。向こうの世界に行って、新しい人生が始まるって期待もしたけど、命がけの怖い思いをしたときに、元の世界に戻りたい、自分の家に帰りたい、旦那に会いたいと思っちゃったの。黒く塗りつぶした場所なのに……」
「そうか……」
「あははは。ごめんね。なに言っているかわかんないよね」
「いや、なんとなくわかる気がする」
その同意は、別に希未に合わせたわけじゃない。
ただ、俺もつい最近まで、似たような感覚をもっていた。
「オレもさ、親の期待に応えられず、大学でうだうだ過ごして、親のコネで働き始めて……。子供の頃に思っていたのと違う道に進んでいた。だから、なんていうか面白くもないし、お先真っ暗で、『本当のオレはこんなんじゃない』とか思ったりして……」
そうだ。
オレの人生も黒く塗りつぶされていた。
いや、オレが塗りつぶしていた。
ただ、希未と違うのは、異世界に行ったことで塗りつぶすことをやめられたことだ。
もちろん、それだけじゃない。
(どう言えば……)
オレは対して頭がいいわけじゃない。
それに人格者どころか、社会人としては底辺にいた人間だ。
偉そうに何か言える人間じゃない。
「でも、現人は……今はお先真っ暗みたいになってないよね? 凄く楽しそうで幸せそう。それはあれかな? 車中泊という趣味のおかげ?」
「それは確かにあるけど……」
もちろん、それは大事な要素の一つだ。
そもそも車中泊という趣味を持っていなかったら、異世界にも言っていなかったかもしれないのだから。
しかし、車中泊はきっかけにすぎない。
(きっかけ……)
オレはフロントガラスの向こうで、かなり白々と明けてきた景色を見て思いだす。
「あのさ、この車、アウトランナーのボディカラーって何色だか覚えてる?」
唐突なオレの言葉に、希未が「えっ?」と怪訝な顔を見せる。
「色って、確か黒よね。下の方とかに赤いラインが入っているけど……」
「そろそろ日の出だな。ちょっと外にでてみようか」
「ちょっ、ちょっと、現人。いきなり何を……」
オレは戸惑う希未をよそに、さっさとドアを開けて運転席を出る。
そして海側の壁際まで行って、外を眺めた。
少し風が強く寒いが、幸い今日は我慢できないほどではない。
そして太陽の頭が、遠く離れた千葉の大地から見え始めている。
空はオレンジに変わり、その下は陽炎のごとく揺れていた。
「もう何よ、急に。……でも、朝焼けが幻想的。まるであそことは違うけど、また別の異世界の景色でも見ているみたい……。」
「ルビーブラックパール」
オレは日の出を見ながら、そう答えを告げる。
だが、希未はなんのことだかわからない。
怪訝な顔でオレを見ている。
だからオレは、ふりむいてアウトランナーを指さした。
「ルビーブラックパール、このアウトランナーのボディカラーだ」
「え? ……えっ!? なにこれ。黒じゃない。赤く光ってる!?」
暗い場所で見ると、単なる黒に見えるボディ。
しかし、光が当たると黒のパール地に隠れている、ルビーの斑点が上品な光で緋色を返す。
暗いところで見るのとはまったく違う、キラキラとした表情がそこにあった。
「なにこれ……きれい……」
「昔のモデルにあったオプションカラーでね。このモデル、アウトランナーPHEVエボリューションの限定復刻カラーだ。ルビーのラメがきれいだろう?」
「うん。でも、今まで黒だと思っていた……」
「ああ。一見すると黒に見えるけど、光を当ててやると輝きが隠れている」
「光を当てると……。でも、今までも明るいところで見ていたはずなのに……」
「気にしてなかったからじゃないか。または、黒だと思いこんでいたから。本当は光を当てて見方を変えてれば、気がついてやれば、もっと早く光っているとわかったかもな」
「…………」
「オレはさ、異世界に行ってから……周りの見え方が変わったんだ。大嫌いだった仕事も上司も同僚も、全部が好きになったわけじゃないけど、それぞれいいところもあるし、それぞれが頑張っていることもあった。オレがちゃんと見ず、黒く塗りつぶしていただけだった。その塗りつぶすのをやめたら、わりとオレ、恵まれているなって気がつけた。第一希望ではなかったけど、大学に通えたし、いい会社にも入れている。光を当てないとわからなかったぐらいだけど、それなりにキラキラしていた。それが幸せかどうかわからんけど、少なくともちゃんと自分がわかった気がした」
「自分が?」
「ああ。周りをきちんと見たからこそ、自分の現状も理解した。『オレはもっと凄いんだ』なんてバカな思い込みもしなくなって、自分の立場や能力などもなんとなくわかった。だからこそ、次に進める。自分のダメなところ、失敗したところを理解して糧にして、よりよく成長できる」
「それが……今の現人が幸せそうに見える理由?」
「たぶん。つーか、オレだってよくわからん!」
オレは照れ隠しに、ニヤッと笑う。
自分が似合わないことを言っていることは、重々わかっている。
そしてこれから言うことは、さらに自分に似合わないことだ。
「そしてわからんついでに言うけどさ、たぶん『幸せ』ってゴールじゃない。ってか、そんなゴールはないんじゃないかって」
「……それ、絶対に幸せになれないってこと?」
「いや。『幸せ』って求めつづけるものなんじゃないかなって。到達地点じゃなくて経過? よりよく成長できる、変わっていけること自体が幸せなんじゃないかな……なんて、最近思いはじめた」
「成長して……変わって……」
「ああ。自分が成長して目が養えて、視野が広がれば、ルビーブラックパールがただの黒じゃないって気がつけるし、こちらの世界にも、こんな異世界が広がっていることに気がつける。世界が広がる。きっとそこには、楽しい事もたくさんあるんじゃないか?」
「それが幸せ?」
「うーん……すまん! やっぱりオレにもよくわからん。少なくともオレは、今まで食べたことのない美味い物を食べたり、見たことのない景色を見たりして、世界が広がった感じがしたら幸せかな。だから、車中泊をしている……のかもな」
「そりゃあ、異世界で車中泊していれば刺激的で幸せとか感じられるのかもしれないけど……」
「別に異世界じゃなくてもよかったのかもしれない」
「え?」
「確かに異世界に行ったという体験は衝撃的で刺激的だったけど、たぶん異世界じゃなくても、こっちの世界でも大事なことは体験できたかもしれないなって。例えば異世界に行かなくても、こんな異世界のような景色を見ることもできた……だろ?」
オレは陽射しに照らされ始めた遠くの大地に視線を向けた。
そう言えば、教子さんも同じようなことを言っていたと思いだす。
「まあ……ね……」
「わりと身近にあるんだよ、異世界」
「……異世界車中泊している現人が言うと、なんか説得力があるわね」
「だろう?」
「あたしも身近で探してみようかな、異世界」
「ああ、お薦めするよ。……じゃあ、そろそろ帰るか」
「うん。……でも、まさか現人に説教される日が来るとは思わなかった」
「うっせ!」
「あははは!」
その時、楽しそうに笑った希未は、オレの知らない女性のように思えたのだった。




