そして決着がつき……
――敵!? 敵って……まさか……。
ファイの危惧が、テレパシーを通じて伝わってくる。
だが、オレは咄嗟に、その「敵」の存在にピンとこなかった。
――はっきりとはわからないけど、たぶん襲撃部隊として待機していた奴らね。
鈍いオレは「襲撃部隊」と聞いても、まだよくわからない。
というか、運転に気をとられていて頭が回らない。
――20名ほどかしらね。ほとんどが手練れの【隠密士】みたい。
――最悪だな。
沈鬱なファイの言葉だが、やはりオレにはなにがなんだかわからない。
もともとマルチタスクができるような脳みそをもっていないのに、爆風に追われながら、ハンドルを右に左に切って大忙しである。
巨大なヴァドラは、しつこくアウトランナーを追ってきている。
「すまん! 誰か簡単に説明して!」
混乱しているオレの声に、ファイが答えてくれる。
――隠密士は簡単に言うと、そちらの世界の「忍者」みたいな存在だ。「忍術」こそ使わないが、気配を消し、魔力探知をかいくぐる術を持ち、情報収集や暗殺に長けている。知らないうちに近寄られるため厄介で、近接に弱い魔術士の天敵。
「なんでそんなのが、こんなところにいるんだ!?」
――たぶん、ヴァドラ襲撃の混乱にあわせて街中で混乱を起こすための部隊だろう。昨日の戦いでこちらの存在に気がつき、張っていたのかもしれぬな。
それでやっと話が繋がった。
要するに、オレたちが襲撃部隊の邪魔をしたので、そいつらが邪魔者を消しに来たみたいな感じなのだろう。
「つーか、魔術士の天敵って、クシィさん危ないんじゃ!?」
「それは問題ないと思いますわ」
さらっと言ったのは、ミネケ・プスだった。
「よほどのことがない限り、クシィが負けることはないでしょう。問題なのは、時間ですわね。身を守りながら『かくれんぼ』が上手な敵を1人ずつ片づけないといけないこと。まとめて片づけるなら簡単ですが、そんな大きな魔術を使えば、いくら距離が離れていて、こちらに夢中のヴァドラも、クシィの存在に気がついてしまうでしょうし」
「な、なるほど」
クシィの方におびき寄せて、クシィが不意打ちで魔術を使って動きをとめる作戦なのに、クシィの存在がバレてしまっては成功率が下がってしまう。
もちろん、クシィが失敗したら、今度はミネケ・プスがヴァドラの動きをとめることになっている。
順番に行っていけば、そのうちヴァドラの隙をついて成功すると見ているが、それだと時間がかかってしまう。
時間をかけると、問題が2つ出てくる。
――まずいな。我の呪力は、そんなにもたないぞ。
ファイの困惑を感じさせる声が届く。
最初の問題はこれだ。
ファイの呪力が、それほど長く保たないということである。
訓練で呪力が扱えるようになったらしいが、それほど維持はできないということらしい。
それに呪力は飛行だけではなく、攻撃に使う分も残しておかなければならない。
そしてもうひとつは、ヴァドラが本当に魔力と体力に危機を感じれば、また逃げてしまうかもしれないということだ。
そうしたら、元の木阿弥である。
次に同じ作戦が通じるかどうかもわからない。
体力が落ちながらもヴァドラが逃げる前に、こちらは仕掛けなくてはならない。
(ど、どうすれば……)
このままではじり貧である。
とにかく、そろそろけりをつける必要がある。
だからと言って、オレにすごい力があるわけではない。
ファイとクシィのご主人様とやらみたいな力があれば簡単なのだろうが、オレにあるのはアウトランナーだけである。
――ああ。本当に面倒! 周辺まとめてぶっ飛ばしたいわ!
クシィの焦れた声が聞こえた。
だが、その言葉がオレの心の中にひっかかった。
「まとめて……そうか!」
オレはクシィに問いかける。
「クシィさん、周りの敵をまとめてぶっ飛ばす魔術で、空まで飛んでいくようなやつ、ありませんか?」
――え? 空まで飛んで……あることはあるけど……。
「ヴァドラまで届きますか!?」
――え、ええ……って、まさか……。
「なら、そっちに行きます!」
オレは爆風を避けると同時に方向転換した。
「にゃぴょん! なんで!?」
「現人、なにを!?」
ミューと希未の驚愕を無視して、オレはクシィに話しかける。
「その周りのと一緒に、まとめて攻撃しちゃうってのはどうかな!?」
クシィの方にアウトランナーを走らせる。
もちろん、ヴァドラは追ってくるだろう。
結果、うまくすれば、クシィを囲んでいる奴らに混乱を与えることができる。
そして……。
――なるほど! それなら全力でいけるわね! ミネケ・プス、防御と拘束を頼んだわよ!
クシィは、オレの意図をわかってくれたようだ。
オレは速度を上げて、一気にクシィの射程範囲内を目指して戻っていく。
――行くわよ! アウト、私の背後で停止して!
オレはその指示通り、アウトランナーがクシィの横を通りぬけた途端に急ブレーキをかける。
そして、オレたちを追ってきたヴァドラが射程圏内に入った。
刹那だった。
瞬きするより早く、地面から鋭く尖った巨大な氷柱が空に向かって伸びていく。
アウトランナーは、ミネケ・プスの地面に張られたシールドが、真下に集束して守られていたおかげかもちろん無事だった。
が、周囲100メートル範囲内にいた者は、その隙間なく生えた氷柱の餌食になったことだろう。
運良くオレには、その犠牲者の悲鳴も姿形も届かなかったけど。
だが、これで奇襲はうまくできたはずだ。
あとは、ミネケ・プスがこの隙に拘束する魔法をかければ――と思っていた。
「――くっ!」
ミネケ・プスが苦い声をもらす。
オレはクシィが放った、矢と化した巨大氷柱がどのようにヴァドラに当たったのか確認はできなかった。
それになぜ、ミネケ・プスが拘束する魔法を放てなかったのかもわからない。
なにしろ、オレにとっては頭上の背後で起きた出来事だったからだ。
唯一、わかったのはさっきから見ていたのと同じような、火の玉の光が一瞬だけ近づいてきて、すぐに消えたことぐらい。
「なっ、なにがあったの!?」
「あの竜、クシィの氷柱を【魔術相殺障壁】で防いで、咄嗟に小さな火球をこちらに放って牽制してきましたわ」
俺の問いにミネケ・プスが答えてくれる。
「知恵が回るのか、野生の勘なのか、たまたまなのか……嫌な攻撃をしてくれましたわね。さすが、厄難等級ということかしら」
もともと今回の作戦は二段構えだった。
まずは、不意をついて避けられない魔術攻撃を行う。
それがうまくヒットすれば、その隙に拘束の魔法を使う。
もし、最初の魔術攻撃が【魔術相殺障壁】でよけられたとしても、それはそれで問題ない。
魔法も魔術も同時には使えないし、魔力の流れとかの関係で同じ法術を連続で使うこともできないからだ。
つまり、その隙に拘束する魔法をかける隙ができるという計算だった。
しかし、ヴァドラはアウトランナーに火球を放ちミネケ・プスに避けさせることで、その隙を消してしまったわけである。
攻撃は最大の防御とはよく言ったものだ。
(つーか、オレが足手まといってことか!。オレが火球を避けられたら……)
そう思うが、ぶっちゃけ先ほどからほとんど火球を避けることはできていない。
適当に蛇行したりしているが、上からの攻撃なんて見ることができないため、直撃は避けられても爆風の範囲内からは逃れられてはいなかった。
ほぼ、ミネケ・プスのシールドで避けている状態である。
(避けるのが無理なら、せめてアズやクシィさんみたいに、アウトランナーで魔力が吸い込めたら……)
もちろん、オレに魔術とか魔法とかそんなものは使えない。
そんなことはわかっている。
しかし、できるはずだ。
いや、オレができるわけではなく、アウトランナーはできるはずなのだ。
一度、アズを狙う悪党から逃げるとき、アズの誘導とは関係なく、アウトランナーが敵の攻撃を吸いこんだことがあったのだ。
いや。あとから聞いた話では、アズが放った魔法も吸いこんでいたらしい。
(でも、必ず吸いこむ保証はない! そんなにうまくいくわけ――)
――大丈夫。
その時、頭に声が響いた。
でも、その声はファイやクシィのものではなかった。
それに、その声はもっと近くから届いていた気がする。
まるで、体の中心から頭に響いてくるような感覚。
自分の中から聞こえるような声。
――信じて。
また聞こえた。
それはオレにある確信を与えた。
(アウトランナー……)
どこか懐かしさと親密さを抱かせる響き。
オレに安心感を与えてくれる、包みこむような音。
そうだ。
大丈夫。
「ミネケ・プス! オレたちは大丈夫だ! 行ってくれ!」
オレの宣言に、希未とミューからは困惑が、しかしミネケ・プスからは得心が返ってくる。
「そのようですわね。この子を信じてみましょう」
ミネケ・プスにもあの声が聞こえたのかもしれない。
「ただ、チャンスは一度切り。クシィ、今送ったイメージの通り、あなたが拘束しなさい!」
――本気!?
「あなたも信じなさい!」
アウトランナーからミネケ・プスが降りて姿を消す。
これで停車したままのアウトランナーは無防備だ。
ヴァドラにとって、いい的になっているはずである。
一段と大きな叫びがヴァドラから聞こえる。
それはもしかしたら、この戦いの勝利を確信した鬨だったのかもしれない。
止まっているアウトランナーは、疲れ果てて観念した獲物に見えたかもしれない。
そしてその獲物を仕留めるために、ヴァドラは口に光を集中し始める。
「――檻」
ヴァドラに近づくためか、いつの間にかかなり上空に浮いていたミネケ・プス。
空を飛べるのかと思ったら、猫の細い足の下には光のシールドが存在した。
「捕獲」
その告げた言葉に合わせるように、大きな光の正方形をした檻がヴァドラを包んだ。
大きく開いた口の前で火球を作ったまま、ヴァドラが動きをとめる。
ほんの数秒、ヴァドラは思考していたのかもしれない。
だが次の瞬間、ヴァドラを包んでいた光の檻が粒子となって消えていく。
ヴァドラが、【魔術相殺障壁】を使用したのだろう。
ヴァドラの火球が放たれる。
狙うはもちろん、アウトランナー。
ヴァドラは、もしかしたらミネケ・プスやクシィがアウトランナーを守ろうとすると予測していたのかもしれない。
しかし、2人は守らない。
「頼む、アウトランナー!」
――はい。
火球は、クシィが行ったときと同じように、分解されてアウトランナーに吸われていく。
クシィの魔術は、火球を放ったばかりで無防備なヴァドラの巨体を凍らせる。
――ファイ!
――待ちくたびれたぞ!
氷漬けになりながらも、翼が無事なためかヴァドラの巨体は上空にあった。
そして、さらに上空からは、赤い光が高速に落下してくる。
それは、赤い炎の翼をつけたファイだった。
――覚醒技・鷹狩り!
たぶん、ヴァドラは何が起こったのかわからなかっただろう。
赤い光線となったファイがヴァドラの巨体を通り過ぎたとき、首の途中からその大きな頭が、ポロリと落下したのである。




