↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
134/138

決戦の時が来た。

「なるほど。あれがヴァドラとかいう竜ですのね」


 そう言ったのはフロントガラスの向こう、ボンネットの上に立つ、白い美しい肢体の猫だった。

 猫は、遠い空に見えた黒い影をじっと凝視している。

 遠近感がとれず、それが大きいのか小さいのか見た目だけではわからないが、オレたちはそれが巨大な魔物であることを知っていた。


「ミネケ・プスさん。ボンネットの上でいいのか? 落ちない?」


「ご心配は無用ですわ、アウト様。好きに走ってくださいませ」


 自信満々のその姿は、普通の猫のように見えるがあまりにも凜々しく頼もしい。


「安心していただいて大丈夫ですわ。わたくしがこの子からおちることもありませんし、ましてやあの程度の竜の攻撃が、あなた方を害することなどありません。この子も力を貸してくれるようですしね」


 耳元で聞こえる不思議な感覚の声に、オレは尋ねる。


「この子? って、アウトランナーのこと?」


「ええ。まだ未熟な存在のようですが、アウト様の望みを叶えたいという単純な意志だけは感じ取れます」


 ミネケ・プスからそう言われて、オレはアウトランナーのハンドルを思わず撫でるように触る。

 車に意思が宿るなど、まさにファンタジーな感じの話だけど、自分を守ろうとしてくれていると知れば、愛情も湧いてくるものだ。

 無事に帰ったら、またきれいに掃除してやろう。

 俺にできるのはそのぐらいだ。


「さあ。そろそろ、あのデカ物を連れ回しまくってくださいませ」


「はい! みんな、体をしっかり固定しておけよ!」


 助手席の希未、後部座席のミューから、力強い返事が返る。


 それを合図に、オレは右足で思いっきりアクセルを踏みこむ。

 本当ならば、タイヤが空転してもおかしくない状態。

 だが、タイヤはしっかりと噛んで加速する。


 ただし、タイヤが噛んでいるのは、荒れた地面ではない。

 その上に敷かれた、シールドだった。


 シールド……と言っても、騎士が持つような盾ではない。

 白い光の巨大なタイルと言った方が、表現的には適切だろう。

 それがアウトランナーを中心に円形に、数十メートル広がっているのである。


「すげぇ……」


 思わずもれる。

 何がすごいって、もちろん見た目もすごいのだが、それよりも路面の安定性だ。


 異世界に来て怖いことのひとつに、路面の悪さというのがある。

 馬車が通るような整備された道でも、日本の舗装されていない田舎道程度である。

 雨が降ればぬかるむし、砂利で舗装されていても速度は怖くて出せない。

 唯一、この近くに走る都市から延びる街道は石畳だったが、アスファルトの快適さに比べたら天と地の差がある。


 しかし今、走っているシールドはアスファルトを越えている。

 地面からわずかに浮いているせいで、地面の凹凸の影響を受けない。

 それどころか、まったく真っ平らだ。

 おかげで上下の振動はほぼない。

 だからと言って、氷のように滑るというわけではない。

 適度にグリップ力が得られて走りやすいという、理想の路面なのだ。


「これなら怖くない!」


 オレはさらにアクセルを踏み、アウトランナーの速度を加速させる。

 しかし、光る円形のシールド路面は、まったく遅れることなく追従してくる。

 なんとも不思議な感覚である。


(これがミネケ・プスの魔法か……)


 魔法が出てくるアニメ等でもだいたいそうだが、やはり魔術士は、いくら早く詠唱ができても連続した近接攻撃には弱いらしい。

 それを補うために、クシィが契約したのが守護の力に長けたミネケ・プスというわけだ。

 ミネケ・プスは多くの守りの力をもっているらしく、これは地面からの攻撃を防ぐ為の術だと言っていた。

 動作には、アウトランナーに蓄えられた魔力が使われているらしく、魔力がなくなるまでずっと効果があるとのこと。


 もちろん、地面からの攻撃などは今回ないのだが、先ほど説明したとおり速度を落とさずに、逃げ回るにはちょうどいい。

 それにたぶん、ヴァドラの攻撃で地面が抉られまくることはまちがいないだろう。

 そうなっても、このシールド路面があれば安心なわけだ。


「現人!」


 希未が横からヴァドラを指さす。

 見れば、ヴァドラの口に光が集まってきている。


「――やべぇ!」


 ハンドルをすぐさま切って方向転換。

 荷室(ラゲッジルーム)に載せてあったトランクボックスが、軽く縛っていたにもかかわらずガッコンガッコンと動き回る。

 だが、そんなことを気にしている暇もない。

 すぐに、炎の玉がとんでもない速度で飛んでくる。


「うわっ!」


 緊急方向転換のおかげか、直撃は免れた。

 しかし、着弾地点はアウトランナーのすぐ後ろあたりだ。

 きっと爆風とか来て、アウトランナーはひっくり返ってしまうんじゃないか。

 一瞬、そんなことが頭をよぎった。


「……え?」


 だが、爆風どころか、その爆音さえわずかしか届いてこなかった。

 何しろ巻きあげられた炎の荒波は、見えない堤防ですべて防がれていたからだ。

 バックミラーに映る煙と炎は、歪に押し返されて渦巻いてしまっていた。


「なるほど。全力ではなさそうですが、なかなかの威力ですわね」


 ミネケ・プスがそう言って笑う。

 いや。本当に笑っているのかはよくわからない。

 顔は此方を向いていないし、そもそも猫の笑い顔などわからないと思う。

 だけど、なぜかそう感じられたのだ。


「アウト、また光ってる!」


 今度は後部座席のミューが叫ぶ。

 弱めのを何発も撃って、こっちを仕留めようというのだろう。

 ヴァドラの炎程度では、ミューの持っている魔封宝珠(マナオン)に傷ひとつつかないからといって、好き勝手やってくれるものだ。


「任せろ! また逃げ切って――」


「――いいえ。そのままで」


 オレの決意をルーフテントの上に乗ったミネケ・プスが遮った。


「そのままって!?」


「わたくしに任せてくださいな」


 ミネケ・プスの言葉に驚いている暇もなかった。

 背後のために炎の玉自体は見えないが、強く夕日が当たったかのように、真っ赤な光が車の後方から迫ってくるのがわかる。


(――死ぬ!?)


 そう思った直後、何か大きな打撃音のような音が聞こえた。

 同時に、夕日のような赤い光が、すっと消えたのだ。


「な、なにが……」


「あら。外れましたわね。この速度で走りながらでは精度が確保できませんわ」


 ミネケ・プスの呑気そうな言葉のあとに、ミューが説明してくれる。


「にゃぴょん! 炎の玉が白い何かに打ち返されていった!」


「打ち返された!? なにそれ!?」


 最初、ミューの見まちがいではないかと思った。

 しかし、すぐにそうではないとわかった。

 その後も、炎の玉はミネケ・プスによって打ち返されまくった。


 何度かその様子を見ることができたが、ミネケ・プス自身がまるで白銀の布のように瞬間的にだが姿を変えていた。

 そして、まるで風に舞うかのような動きで、炎の玉を弾きとばしていたのだ。

 さらにヴァドラ自身が体当たりをかましてきたときも、まるで闘牛をあしらう赤いマントがごとく、シルクのような布になったミネケ・プスは、その巨体を受け流してアウトランナーに触れさせることさえしなかった。


「ミネケ・プスさん……ぱねぇ……」


 攻撃を跳ね返す以外、こちらから攻撃はしなかったが、盾としては万能ではないだろうか。

 そこからしばらく攻防は続いた。

 ヴァドラも手を替え品……ではなく技を替えて攻撃してくる。

 炎の玉だけではなく、雷のような攻撃までしてきていた。


 しかし、どんなヴァドラの猛攻でも、ミネケ・プスは跳ね返し、受け流し、拒絶する。

 まさに守り神。

 戦う前の自信ある発言も納得できるというものだ。

 もちろん、オレも避けられるときは避けるように運転していたけど。


「そろそろ、あのデカ物の魔力も半分ぐらいは消費したのではないかしら」


 結構な数の応酬を繰りひろげたあと、ミネケ・プスがそう言った。

 戦い始めてから、どのぐらいの時間が経ったのだろうか。

 数分しか経っていない気もするし、数十分経っている気もする。

 ただ、確かに少しヴァドラの攻撃回数も減ってきていた。


「では、そろそろクシィの方におびき寄せて――」


――こっちに来ないで!


 突然、頭に響くクシィのテレパシー。

 その声には、緊迫感がこめられている。


――なにがあった、クシィ!?


 ファイの音なき声にクシィが答える。


――敵に囲まれたわ!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。