戦いの準備をし……
オレたちは、日の出前から動きだしていた。
日が昇れば、ヴァドラの活動が始まる。
だから、その前に準備しなくてはならない。
荷物を全て片づけて、森を出て少し開けたところまで移動した。
そしてここからは、ファイとクシィは別行動となる。
全員、車から降りた。
それは最後の確認のためでもある。
「希未、本当にいいんだな?」
オレはアウトランナーの後部座席から降りてきた希未に、何度目かの確認をした。
そのくどいほどの確認に、希未がかるいため息を返す。
「ホント、つきあっていたときにそのぐらい気にかけてくれればね……」
「うぐっ……」
希未の言葉に、開けていた運転席のドアにもたれかかってしまう。
オレはそんな反撃の言葉が欲しかったわけではない。
「昨日も言ったけど、あんたが死んだら、どっちにしても帰れないんだから」
「そりゃあ、そうだけど。少なくともこっちの世界で生きていけば……」
「無理。絶対無理。あたし、この世界で生き残れる自信ない」
全力の否定。
まあ、確かに便利な自分たちの世界に比べて、こちらの不便さは簡単に慣れるものではないのかもしれない。
それに何の能力もない人間が、幸せな人生を全うすることが難しい世界である事はまちがいないだろう。
「それに言っていたでしょ。未来の現人がミューちゃんと出会っているって。つまり、あんたはここで死なないってことじゃん。なら、あんたと一緒が一番確実じゃない」
「それは、あくまで推測で。このオレの未来が、それに繋がっているのかは……」
「だって、あんたは複数の世界線に1人しかいないらしいじゃない。よくわからないけど」
確かに昨夜、クシィがそういう話を言っていた。
ただ、それはあくまで推測的な話にすぎない。
「それも不確かな話だし、本当にオレがその……」
「ああ、もう! ゴタゴタうるさい! 何もかも不確かなんだから、確率が高そうな方に賭けた方がいいでしょ! それにもう最後までつきあうって決めたんだから!」
「す、すまん……」
どうやら決心は固いらしい。
心が決まっていないのはオレの方かもしれない。
オレだけならともかく、やはり希未のことは割りきれないものがある。
「アウト、きっと大丈夫」
そんなオレに、助手席側に立っていたミューがニッコリと笑いかける。
そう言えば、ここまで決死の想いで逃げてきた、命を狙われている本人だというのに、ミューの顔にはまったく不安が感じられない。
むしろ、オレや希未を元気づけようとするかのように、ずっと明るくふるまっている気がする。
「ミューは心配していない。クシィが守ってくれると言ったし」
「そうだ。そのオレたちを守ってくれるという、クシィさんの召喚獣みたいなのはどこに?」
ふりかえってクシィの方を見ると、いつのまにか車から少し離れた後ろの方に立っていた。
「今から呼ぶわ。でも、自分より高位の存在を呼びだす『召喚』ではなく、下位を呼びだす『喚起』だけどね」
そう言うと、クシィは右手の杖で地面を突き、延ばした左掌を天に向けた。
「“その獣は、盾を持つ守護者である《The beast was a guardian with a shield.》”」
クシィが朗々と唱え始めたのは、なんと英語だ。
しかも、なぜかオレには意味がわかる。
もちろんオレは、元の世界で英語なんて話せないし、聞き取ることさえできやしない。
(元の世界の言葉なのに……翻訳機能、万能過ぎるな! ってか、元の世界に戻っても使えるようにならんか、これ!)
オレの内心の驚愕と欲心とは別に、クシィの呪文は続く。
「“彼の獣、その身を削りて主を守護する《The beast protected his master at the expense of himself.》”」
「“それは雪のように白かった《It was withe like the snow.》”」
クシィの左掌に不思議な光が集まりだす。
「“それは風のように速かった《It was fast like the wind.》”」
掌に集まった光が玉となる。
それはきっと魔力の玉だ。
「“しかし、彼の獣は私から逃れられない《However, the beast could never be liberated from me.》”」
クシィはその魔力の玉を地面に向けて放つ。
「“その獣は、哀しき運命に縛られた私の奴隷《The beast was my slave, bound up by sorrowful fate.》”」
玉は地面にあたると、まるでみかんの皮がむけるように展開し、不可思議な文様の不思議な紋様を大地に刻んでいく。
「“喚起《arouse》、【猫のパレード《Cat's parade》】!”」
間をおかず、紋様の中央が盛りあがる。
まるで紋様の描かれた透明のシートの中央が、下から無理矢理押しあげられているかのように見える。
そして、それは限界を超えたように、裂かれて破れる。
「――ミヤアァァァ!」
そこから射出されるように六〜七メートルほどの高さまで飛びだし、そして空中でクルクルと回転しながら着地したのは、全身が雪のように真っ白な猫だった。
(猫……って、普通の猫より少し大きいぐらいの猫……え? これが守ってくれるの!?)
オレは思わず不安になる。
確かにスラリとして凜々しく、どこか神々しさも感じさせるような猫で、普通ではないとは思わせる。
だが、所詮は猫だ。
同じ猫系ならば、まだミューのが頼りになりそうではないか。
「…………」
そう考えて、ミューを見るとなぜか彼女はコクリとうなずく。
「にゃぴょん! おそろいだな!」
そう言って、ミューは自分の両耳を両手の人差し指でさす。
(うん。おそろいだし、かわいらしいけど、そうじゃない……)
「あのぉ……」
オレが困惑している間に、希未が口を開く。
「失礼なんだけど、さっき『下位の存在を呼びだす喚起』みたいなことを言っていたけど、クシィさんより下で、あのヴァドラの攻撃を防げるの?」
まさにそれ。
オレが思っていた不安だ。
しかも、出てきたのが猫では本当に不安になる。
「あらあら、あらあら。小娘より下位の存在とは誰の事かしら?」
白猫が声を発した。
だが、その声の聞こえ方は不思議だ。
まるで、耳元にあるヘッドホンから音が聞こえているかのようだ。
ASMRの音声でも聞いている気分になる。
「小娘って、もしかして……」
オレがクシィを見ると、眉間に皺を寄せて額に手を当てている。
言葉を発していないのに「しまった」という後悔の声が聞こえている気がする。
どうやら、希未はクシィが告げて欲しくないことを言ってしまったらしい。
「小娘、確かに成長はしていますが、まだまだわたくしを従えるには修行が足らないのではないかしら?」
「はいはい、わかっているわよ。だから、その小娘はやめて。ひさびさにその呼び方されるとめげるわ」
「……まあ、いいでしょう。それでわたくしが呼ばれたのは、この方々をお守りするためかしら?」
「察しがいいわね。詳しくは、緋鷹を起こしてから説明するわ」
「あらあら。緋鷹殿も起こす必要があるほどの相手だと?」
「一応、厄難等級なのよ」
「あら。確か厄難等級とは、かなりの強敵でしたわよね。もう戦ったのかしら?」
「ま、まあね。追いかえしたわよ」
「それで、その厄難等級の攻撃、あなたは防げたのかしら?」
「もちろんよ」
「そう。なら、わたしくも余裕で防げますわね」
「くっ……」
クシィが悔しそうに口をへの字にする。
言い返せないところを見ると、白猫の言うことは本当なのだろう。
この自信たっぷりな物言いからしても安心できそうだ。
「ところで、そこの殿方」
白猫がゆっくりとオレの方に寄ってくる。
まるで「しゃなりしゃなり」という音が聞こえてきそうな歩みである。
「あなたは……いえ、失礼。あなた様は、なかなか面白い魂と運命をおもちのようね。その乗り物も不可思議な存在感ですわ」
「そ、そう……ですか? あ、ありがとうこざいます。……えーっと……」
なぜかオレまで敬語になってしまう。
「失礼。わたくしの名は、【ミネケ・プス】。あなた様の名をうかがってもよろしくて?」
「あ、ああ。オレの名は【大前現人】。ここでは【アウト】と呼んでくれ」
「承知いたしましたわ、アウト様。以後、お見知りおきを」
ミネケ・プスが頭を垂れるものだから、オレも慌てて「ああ、よろしく」と頭をさげようとした。
その瞬間だった。
クシィが横から割りこんでくる。
「ちょっと! ミネケ・プス! あんたが自分から名のりを告げるなんて……。というか、なんでアウトに『様』付けなのよ!」
「あらあら。けたたましいことですわね、クシィ」
「だから、なんで主人であるあたしが呼び捨てなのよ!」
「魂の格とでも言いましょうか」
「いっ、言ってくるじゃないの……」
「まあまあ。落ちつけ、クシィ」
クシィを押さえたのは、ファイだった。
「いつもいつも似たようなケンカをするな。それにそろそろ、我も緋鷹を起こしたい」
そうファイに言われたクシィはしぶしぶ引き下がる。
このまま大げんかに発展して、挙げ句の果てにオレたちを守ってもらえなかったらどうしようかと思っていたが、どうやらいつものことらしい。
「では、我も友を起こすことにしよう。少し離れるので我に近づかぬようにな」
そう言って、ファイが距離を置く。
そして、腰の刀を抜き放つと、そのまま天をさすように頭上に掲げた。
「ナウマクサラバ、タタギャテイビヤク、サラバボッケイビヤク――」
ファイが唱え始めたのは、お経みたいなものだった。
もしかしたら、密法とかそういう類のものなのかもしれないが、オレにはよくわからない。
ともかく英語に続き、予想外なことはまちがいない。
希未の方を見ると、彼女もオレの方を見ていた。
思わずオレたちは、目で驚きを語り合ってしまう。
「――センダマカロシャダ――」
天に向かって突きあげられた刃の先から炎が広がり、それが地面に落ちてまるで魔方陣のように紋様を描きだす。
いや、魔方陣とかいうより、曼荼羅という感じだ。
意味はわからないけど、その模様には梵字が現れていた。
「――ケンギャキギャキ、サラバビキンナン、ソワタヤ、ウンタラタカンマーン! 不動明王・火界呪・曼荼羅変!」
炎の曼荼羅の中央に、高々と日本刀を突きあげた女騎士の姿がある。
この不思議な情景をなんと表せばいいのか。
だが、その不思議な情景は、まだ終わっていない。
「“煉獄より来たる天空の使者は、我が使い魔となるだろう《Heavenly emissary comes from the purgatorium shall be my slave.》”……」
今度はまた英語だ。
デタラメにもほどがある。
一体全体、どのような術なのだろうか。
「“喚起《arouse》”、緋鷹!」
叫ぶと、ファイは掲げていた日本刀を天を突くように投げはなった。
すると、周囲の曼荼羅を描いていた炎がその日本刀にまとわりつき、一瞬で炎の塊となる。
そして、炎は形を変えた。
緋彩の鷹の姿になったのだ。
「刀が鷹に……手品か……」
赤い鷹は一度、大きく鳴き、空中を軽く旋回した後、空を滑るようにして、ファイの篭手の上に止まって羽を休めた。
「久々だな、ファイ」
今度は鷹が渋い声で喋った。
ミネケ・プスのように耳元に直接、音が響いてくるが、なぜかその声が緋彩の鷹の声だとすぐにわかった。
「今回も、1回でワシを起こすことに成功したようだな」
「フフン。どうだ、大したものだろう? ここ最近、失敗していないぞ」
腕に止まる鷹に、鼻高々にファイが胸を張る。
「何を自慢している。仮契約の主と言えど、もう長いことワシを連れているのだ。その程度、当たり前であろう」
「うぬぬ……」
ファイが頬を膨らませて不満そうな顔をする。
なんとも年相応には見えるが、不満をぶつける相手が自分が呼びだした召喚獣(?)というところがなんとも言いがたい。
クシィといい、ファイといい、主人の方が立場が弱そうに見える。
「ねぇ、ファイさん。あなた、さっきお経みたいなの唱えてなかった?」
希未がまたオレの疑問を代弁してくれる。
それは確かに気になっていた。
「ふむ。それがわかるお嬢さんは、あちらの世界の者であるな」
答えたのは、鷹だった。
「ワシは緋鷹。今は真の主の命により、このファイの従者をしている、式神と使い魔のハイブリッドの【霊魔】なのだ」
「は、はいぶりっど? れいま?」
「うむ。まあ、ガソリンと電気で動く、そこな車と同じよな」
「…………」
希未が黙ってしまう。
気持ちはわかる。
どうやら、アウトランナーと同じらしい……って、そんな説明されても意味がわからん。
「つーか、とりあえずさ……」
オレは目の前で起こったことの感想を告げる。
「オレが異世界に来てから、なんか一番『いかにも魔法っぽい!』って感じのものを見た気がするんだけどさ、英語を使っていたりお経みたいなのを使っていたりするところを見ると、これって……」
「ええ。ご主人様に教えてもらった、あなたの世界の法術よ」
「この複雑なやるせなさはなんなんだろうな……」
異世界に来て魔法とか見た時には、確かに感動した。
先のヴァドラとの戦いでも、さんざん魔法的なものはたくさん見せてもらった。
でも、長い呪文を唱えていかにもな感じはなかった気がする。
(ああ。ゲーム的な魔法と、現実的な魔法みたいな差なのか……)
正直、どうでもいいことなのかもしれないが、なんともモヤモヤとしてしまう。
「さて。それでは事情の説明と、簡単に作戦のおさらいだ」
ファイがそう言うと、ミネケ・プスと緋鷹を交えて現状の説明が行われた。
そして、作戦も告げられる。
簡単に言えば、こうだ。
まず、緋鷹の力でファイは、ヴァドラに感知されないぐらい上空に飛ぶ。
どうやら、緋鷹は大きくなることもできて、ファイを運ぶことぐらい簡単らしい。
そして、アウトランナーは囮となり、ヴァドラの気を引く。
アウトランナーは、ミネケ・プスが同乗して守ってくれるらしい。
ある程度、疲労が見えてきたところで、クシィが別の場所から、ヴァドラの動きを封じるように魔術を使う。
もし、気がつかれて【魔術相殺障壁】を使われたら、今度はミネケ・プスが動きを封じる魔術を使う。
もともと魔力消費が激しい上に、【魔術相殺障壁】も魔力消費は激しいらしい。
たぶん、すぐに隙ができて動きを封じることはできるだろうという。
そして動きを封じることに成功したら、上空に待機していたファイが死角からヴァドラを一撃で葬る。
ヴァドラの天稟能力である【斥力障壁】というのは、意識して使うものらしいので、死角からの攻撃には対応できないらしい。
ただ、ヴァドラも魔力の感知能力があるので、魔力を伴った攻撃だと気がつかれてしまう可能性がある。
そこで上空からの落下と、緋鷹の魔力ではなく密法の呪力という力を使って攻撃をするらしい。
「とにかくヴァドラはあの巨体でありながらすばやいし、攻撃力もあるが、それ自体は大したことではない」
あの攻撃を「大したことはない」と言えるのは、さすがだと思う。
「面倒なのは、【魔術相殺障壁】と【斥力障壁】だろう。これをなんとかすれば、攻略はたやすい」
ファイの言葉に、みんなうなずく。
もちろん、これまた「たやすい」と言われても、オレにしてみれば「そんなことはない」わけだが、ここまできて、これ以上は泣き言を言いたくない。
「…………」
ふと、クシィが西の空を見た。
元の世界と同じく東から昇った太陽がほとんど顔をだしたタイミングだ。
「動きだしたわ……」
そのクシィの声で、緊張感が高まる。
異世界に来たオレにとって、もっとも大きな戦いが、これから始まるのだ。




