やれることをやろうと思った。
なかなか寝つけなかった。
理由は2つある。
ひとつは寝心地が悪いということ。
ルーフテントは、ファイとクシィに譲った。
2人とも最初は「慣れている自分たちが外で寝る」と言ってくれてはいた。
だが、試しにルーフテントに乗せてみたら、敷いてあった低反発マットにはまり、オレの勧めもあって使用することになった。
「こんな薄いのに寝心地最高!」とめちゃくちゃ喜んでいたので、オレとしても嬉しい。
自分の物を褒められるのは嬉しいのだ。
アウトランナーの中には、ミューと希未を寝かせた……というより、そうなったと言った方がいいかもしれない。
もちろん、オレも最初からそのつもりだった。
ただミューが、「アウトと寝たい」とか言いだしたのだ。
なんというか、ミューは切替が早いというか、決めたら一直線みたいな感じなのかもしれない。
まあ、ミューと未来のオレは過去に何かあったんだろうけど、オレにしてみればそこまで親密になっていないわけで。
だから、急に迫れると動揺してしまう。
で、オレが答えられないでいると、希未が「あたしと車で寝ましょう!」と危機から救ってくれた。
まあ、どっちの危機だったのかは、あえて言うまい。
そんなわけで、当初の予定通り車中泊を生業とする旅人のオレは、なぜか車外泊する羽目となっていた。
しかし、レジャーシートを敷いただけの大地のベッドは、なかなか硬い。
柔らかい芝生とかならよかったけど、ただの土は木の枝や石がわりとゴロゴロしている。
もちろん、ある程度はどかしたがいかんともしがたい。
しかたなくオレは椅子を使って寝ることにした。
最近はヘリノックスという有名メーカーのコンパクトに折りたためる椅子を使っている。
車内が狭くなってきたせいである。
似たような安いモデルもあったが、どうせならと奮発してしまった。
ハイバックと呼ばれるタイプで、背もたれが大きく首まで支えてくれる。
さらにフットレスト代わりに、足を乗せるようにもうひとつの椅子を置く。
割合いい感じなのだが、膝のあたりがちょっと疲れる。
(トランクカーゴとか、間においてみるか……)
車から降ろしてあったトランクボックスを持ってきて、座る椅子と足乗せ椅子の間に置く。
しかし、ボックスの高さが足らない。
枕に使えるよう持ってきていたクッションや上着をボックスの上に置く。
するといい感じに膝のあたりを支えてくれた。
(なんかゲームをやりすぎて椅子で寝落ちした時を思いだすが……地面に寝るよりは100倍よい)
これでなんとか寝られるかと思ったが、今度はもうひとつの眠れない理由が顔をだした。
明日のことに対する不安になった。
というか、呑気に寝ているが今、襲われたらどうするんだと思いはじめる。
結界みたいなのがあるらしいけど、ヴァドラの攻撃に耐えられるようなものではないだろう。
探知みたいなこともできるけど、探知できない距離からあの火の玉みたいなのを吐かれたらひとたまりもない気がする。
(明日、日の出と共に行動開始とか言っていたのに……寝つけない……)
ファイもクシィも、もう寝ているのだろう。
ルーフテントの方からは静かな寝息がかすかに聞こえてくる。
さすが、度胸が違う。
(希未とミューは寝つけ……)
と気になっていると、静かにアウトランダーの後部座席のドアが開いた。
そこからひとつの影がゆっくりと出てくると、静かにドアを閉めた。
ただ車のドアの音は、シーンとした夜中に格別に響く。
(あれは、ミューか。トイレかな……)
それだったら寝ているフリをしている方がいいだろう。
フトン代わりに書けていた上着を頭にかぶり、耳も塞いで……。
と思っていたら、なぜか足音がこちらに近づいてくる。
トイレの場所は反対側のはず。
「アウト、起きているな」
オレは体をビクッとさせる。
ミューのささやく声が、オレの耳のすぐ側から聞こえたからだ。
「…………」
寝たふりはバレていたらしいと知り、オレはかぶっていたジャケットを降ろした。
すると、すぐ目の前にミューの顔がある。
「ち、近い……って、どうしたんだ?」
森の木々に遮られ、月明かりさえはいらない暗さの中、ミューが手にしている小型のLEDランタンの明りが、彼女の悪戯っぽい小悪魔的な微笑を映している。
その瞳がまるでネコのように、少しだけ光っていた。
「仮眠したせいか、ミューも眠れない。それにアウトと、さっきはあまり話せなかったし」
「だけど明日は早いって……」
「少しだけ」
小首をかしげてそんなおねだりをされては、オレとて断る術はない。
(つーか、オレも話したかったしな……)
別に明日、戦いが終わってからゆっくり話してもよかった。
なぜならたぶん、オレは明日の戦いに生き残る。
ミューも生き残るだろう。
なぜなら、ミューは未来のオレに会っているし、オレは未来のミューに会っている。
ただ、歴史が絶対に変わらないという保証はないし、タイムパラドックスとかなんとかあるらしいけど、そういう難しい話はよくわからん。
ともかく、たぶん生き残る。
だから、ゆっくりと話せるはずだ。
しかし、不安はある。
オレやミューはいいとしても、ファイやクシィはどうなんだろうか。
そして希未はどうなんだろうか。
オレの不安はそこにあった。
そういう不安がある夜に、話し相手は欲しいと思うし、どうせならミューと話したかった。
オレが「少しだけな」と応じると、ミューが余っていた椅子をそそくさと運んでくる。
そしてオレの隣に置くと、底に腰かけてオレの腕に自分の腕を絡めてきた。
本当に急に積極的になる。
キャラの時とは大違いだ。
「今さらだけどさ……ミューを助けられてよかったよ」
オレはミューの体温を腕に感じて、改めて思ったことを口にした。
「しかし、あのでかい空飛ぶドラゴンから、よくここまで無事に逃げられたな」
「ミューには、《ラビット・ショット》という瞬間高速移動スキルと、《キャット・ウォーク》という認識阻害移動スキルがあるからな」
「えっ! なにそれ、かっこいい!」
ミューでさえそんなスキルをもっているのに、異世界転移したオレになんで、そういうカッコイイ感じのチートスキルがないのか。
神様とか、女神様とか、異世界転移させるときにちゃんとスキルをよこしてほしいものだ。
(……あ。オレが転移できるようになったのは、たぶん……あの坊主のおかげか……)
坊主がチートスキルをくれるなんて話は……見たことも聞いたこともない。
「にゃぴょん! かっこいいか。でも、実はそれだけでヴァドラから逃げられたわけではないのだ」
「え?」
「ミューは配達員をやっているから、魔物の生態などは調べているし、観察する癖がついている。それに賢いから、気がついたのだ。ヴァドラには2つ弱点があると」
「弱点!? なんだ、それは?」
「1つ目は、夜目が利かない」
「つまり、夜は行動できないってことか?」
「そう。だから、夜の内に距離を稼いだり、安全なところを探して身を隠して休んだりできた」
「安全?」
「どうしてできるのかは知らないけど、魔力が濃縮されて【魔力溜まり(ギリアコン)】と呼ばれる場所ができることがある。その近くにいると、ヴァドラもこちらに気がつきにくい」
「でも、ヴァドラって魔力が好物とか言っていたよな。そこにヴァドラが来ちゃうんじゃないのか?」
「混沌の魔力溜まり(ギリアコン)なら。でも、秩序の魔力溜まり(ギリアコン)はヴァドラは好きじゃない」
「よくわからんけど、ヴァドラにも好みの味の魔力があるということか?」
「そう。でも、そんな都合よく、秩序の魔力溜まり(ギリアコン)は見つからない」
「なら……」
「さっきも言ったけど、ヴァドラにはもうひとつ、弱点がある。それは、あの巨体」
「巨体? 強みではなく?」
「強みもあるけど弱点でもある。あの巨体を動かしたり空を飛んだりするのは、すごく体力と魔力を使うらしい。それに強い攻撃ができるけど、それだけ魔力を消費する。つまり持久力がない。だから、時間さえ稼げれば、ヴァドラは休憩するために身を隠す」
「ああ! だからか。さっきヴァドラの諦めがよかったのは……」
ずっと実は気になっていた。
ずっとミューをしつこく追いかけていた強い魔物が、羽根を斬りつけられたぐらいで、目の前にある好物をすぐにあきらめて去ったことを。
「そう。さらに最後に渾身の一撃を放っていた上、時間は夕方。夜になる前に安全なところに身を隠さなければならない」
「なるほど! なら、その弱点をあの2人にも教えて――」
「――知ってた」
「え?」
「さっき話したんだけど、あの2人は、とっくに知っていた。だから、アウトランナーで疲れさせる作戦を考えた。ミューの勉強不足でちょっと悔しい」
「な、なるほど……」
「生き残るためには魔物の勉強は必要。この仕事が終わったら、また勉強する」
「……そうだな。それがいい」
「にゃぴょん、大丈夫。あの2人は、本当に強い」
オレの態度が不安そうに見えたのかもしれない。
ミューがオレを元気づけるようにそう言った。
「……ただ。クシィが言っていた。ヴァドラの全力攻撃は、さすがにクシィだけでは防ぎきれないと。いくら、あの2人でも直撃を喰らえば……。だから、油断はできない」
「…………」
「だから、アウトは希未と先に帰ってもいい」
「ミュー……」
「さっきあの預言書は、『ミューからもらった』って言っていた。でも、ミューはあげた記憶がない」
そこでしまったと気がついた。
確かに預言書の説明をしたとき、手にいれた経緯も話してしまっている。
しかし、それはミューの未来の話ということになる。
「ミューはきっと大丈夫。だから――」
「――つーか、オレは最初にミュー……キャラと会った時にさ」
オレはミューの言葉を遮った。
「キャラをアウトランナーから追いだしたことがあったよな」
「……あった」
「自分の八つ当たりで怪我しているお前を追いだして……。でも、それでも歩き続けるキャラの背中を見ていて、すげぇ後悔したんだ。嫌なことから逃げて避けて排除して蓋をして。結局、嫌な気持ちしか残らなかった」
「アウト……」
「もう見捨てることはしたくない。やれることはやろうと思う……って言うとかっこつけすぎだけど」
「うん」
「肯定早いな!」
こういうところ、ミューは容赦ない。
「……でも、まあ、うん。嫌なことから逃げるのに、アウトランナーを使うことはやめたんだ。たぶん、オレはアウトランナーがあれば、嫌なことと戦える。嫌なことがあっても、アウトランナーで走って異世界の景色……いや、新しい景色を見れば、嫌な気持ちも吹き飛ばせるしな」
「アウト……惚れ直した」
薄闇の中、ミューの紅潮した顔が近づく。
その瞼はそっと閉じられ、唇がまたオレの唇を求めてくる。
「――ストップ」
だが、オレはそれを止めた。
「……にゃぴょん? 今のはキスする流れだぞ」
もちろん、オレだってしたくないわけではない。
どちらかというと、したい。
それに、確かにミューの言うとおり、そういう流れだった。
だが、その流れを阻害する要素がある。
オレは黙ってアウトランナーの方を指さした。
その指先を追うように、ミューがふりかえる。
「にゃぴょん。バレちゃった」
「まあ、これだけ顔をだしていればな」
ルーフテントの出入り口の布の隙間から、クシィとファイの顔が覗いていた。
そしてよく見ると、ミューが出てきた後部座席の窓に、誰かが貼りついている影が見える。
もちろん、まちがいなく希未だろう。
ミューがドアを開けたのが、バレないわけがないのだ。
下のちょっとした振動は、ルーフテントに驚くほど伝わるし、開閉音は静寂によく響く。
そして気がついた3人は、出歯亀をしていたわけである。
「見られていたか。……まあ、いいか」
「よくないよ!」
平気で続きをしようとする、あまりにオープンなミューを慌てて止める。
オレはそこまでオープンではない。
どちらかというとクローズで楽しみたい。
「このスケベ……」
と、まるでオレの心を読んだかのように、車から降りてきた希未がそう言った。
もちろん、言い返そうとしたが、わりと図星なので言い返せない。
「まあ、もうあたしも覚悟を決めたしね」
オレが黙っていると、希未がそう言葉を続けた。
「最後までつきあうよ。あたしも嫌なことと戦ってみたくなったから」
その希未は、デザイナーになる夢を語っていた、昔の彼女をオレに想起させるのだった。




