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勇者ギルド監査官―討伐報告二十体、証拠は十八体―  作者: えんびあゆ
勇者の監査、報告書の向こう側編

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第4話 倒されなかった火竜 [後編]

鉱山では、魔力石を運ぶ箱が山のように積まれていた。

商会の支配人は三人を見るなり、セレナへ笑顔を向けた。


「無事にお戻りでしたか。竜の素材は」

「ないよ」

「討伐は成功と伺っています」

「報告は訂正する」


支配人の笑顔が止まった。


「それでは、こちらの安全は」

「ここに来てから、竜に襲われましたか」


エルドが尋ねる。支配人は少し考えた。


「直接は。けれど火の息が」

「採掘を始める前は、出ていましたか」

「そんな昔のことは知りません」


エルドは台帳を見せてもらった。

採掘開始日は五週前。

灰の増加は四週前。

さらに、三週前から地下の温度が上がり、冷却魔具を増設している。

支配人は事故を避けるための支出だと説明した。


「地脈の温度を測っていますね」

「採掘業なら当然です」

「この数値、赤字になる直前で計器を交換しています」

「故障したので」

「故障の前日に、竜の討伐依頼を出している」


支配人は台帳を閉じようとした。

ミレイスが指を挟む。


「押収ではありません。写しをいただきます」

「監査局に鉱山の権限はないでしょう」

「勇者依頼の費用根拠を確認する権限はあります。あなた方が危険を知りながら依頼に記さなかったなら、その費用根拠に関わります」


言葉は丁寧だったが、指は動かなかった。

支配人は手を離した。


夕方、集落の会議所で三人は資料を並べた。

討伐依頼の写し。

採掘記録。

巣の鑑識結果。

セレナの結界の位置図。

集落の老人も同席した。


紙を見ながら、エルドは数時間前に見た採掘場の入口を思い出した。

作業員は日が傾いても地中から出てくる。

顔の横に白い粉がついていた。

支配人が「もう終業です」と声を掛けても、一人の男が道具を持ったまま残った。


「竜を倒したって聞いたんです」


男はセレナを見た。

肩幅の広い若者で、手袋には新しい裂け目がある。


「あれが嘘なら、明日から仕事は」


セレナは答える前に、支配人へ目を向けた。

支配人は口を開きかけ、閉じる。


「一部の坑道は止める必要があります」


エルドが言った。男の眉が下がる。


「全部じゃないのか」

「現時点では、巣へ近い南の二区画です。ただ、測定の結果で変わります」


男は手袋を外した。

指先に細かい傷がある。


「家の借金がある。三日休むと、今月の返しが足りない」


支配人がすぐに言った。


「休業補償は契約にない。危険区域外で働ける者は回す」

「残りの人は?」


ミレイスが聞く。

支配人は答えられなかった。

竜が生きていると分かれば、商会も困る。

だが依頼の理由を偽って討伐させていれば、危険を作った側の責任も消えない。


「私の報酬から出せる分は出す」


セレナが言った。

エルドは一瞬、それが早いと思った。

虚偽報告をした勇者の金で、働けない人の賃金を補う。

山へ登る前の彼なら、迷わず監査票に書いただろう。


だが作業員は首を振った。


「あんたが今月払ったら、来月は誰が払う。俺らは商会に雇われてる」


セレナは支配人を見た。

支配人は台帳に視線を落としたままだ。

エルドは自分の仮票に「報酬目的」と書いた跡を思い出した。

セレナを罰する計算を先にすると、商会が熱を知りながら働かせていた事実まで、彼女の嘘の下へ隠れてしまう。


「セレナさんの報告は別に訂正します。賃金と安全措置の責任は、まず商会にあります」


自分の口から言って、やっと順序が定まった。

セレナは礼を言わなかった。

代わりに作業員の破れた手袋を見ていた。


エルドは採掘記録の「地温異常」を指した。


「商会は熱を知っていました。働く人へは?」

「騒ぎになると思って」


支配人は破れた手袋を握る男を見た。

明朝、全員へ説明し、南の二区画を止めるという。

採掘を止める間は、運搬と測定を仕事にして、賃金は商会が払う。

男はようやく手袋をはめ直した。


セレナは鉱山の奥を見た。


「竜が子どもを抱えてるうちは、巣の近くへ私も行かせない。商会の人が困るのは分かるけど、あそこへ入ったら、竜の方だって守ろうとする」


支配人は頷かなかった。


「損失は請求します。賃金の件とは別です」

「請求は受けます」


ミレイスは認めるとは言わなかった。

支配人は男と目を合わせず、地温表の端を揃えた。


作業員が帰ったあと、エルドは鉱山の地温表をもう一枚もらった。

直近の値は、竜の息が強くなった日に必ず上がっている。

ただし順番は一定しない。

竜が原因の日も、地脈が先の日もある。

どちらか一方を犯人にして終わらせるには、現場は複雑だった。


「明日の観測に、商会の技師を入れますか」


ミレイスが聞く。


「はい。自分たちの数字を、自分たちで見てもらいます」


会議所へ意識を戻す。

目の前の地図には、作業員が明日も通る道が記されていた。


「で、結局どうなる」


老人が聞いた。


「竜を倒すのか。鉱山を閉めるのか。わしらは明日もここで寝たい」


エルドは一瞬、言葉に詰まった。

人間と竜のどちらを守るかという問いなら、答えるのは簡単だ。

けれど村人には暮らしがあり、鉱山で働く人もいる。

昨夜と同じ家で眠れることが、まず必要だった。


「今夜は山道を封鎖し、村の避難経路を確保します。採掘は危険区域だけ止めます」


エルドは地図に線を引いた。

巣を中心に、火の届く斜面を避ける道。

川側の水場は使える。

結界の維持はギルドに依頼できる。


「竜については?」


セレナが聞いた。


「討伐報告を撤回します。その上で、保全観察の指定を申請します」

「そんな区分があるの?」

「勇者法施行規則の旧条文に。数は少ないですが、危険な魔獣でも、生態の維持が災害防止に必要な場合に使われています」


エルドが資料を差し出すと、ミレイスが補った。


「指定には、村の同意と定期観測が要ります。問題が起きたら、保全のまま放置はできません」


セレナは資料より老人を見た。


「私が観測する。卵が孵ったあとの移動まで見る」

「お前さんが来るなら、わしらも見回りはする」


老人はそう言ってから、苦笑した。


「竜が畑を踏んだら、請求書はギルドへ出すぞ」

「私に出して」

「お前さん、書類が嫌いだろう」

「嫌い」

「じゃあ、ちゃんと受け取れるよう、誰か連れてこい」


セレナはエルドを見た。エルドは視線を逸らさなかった。



*



監査局へ戻ると、ミレイスはセレナの虚偽報告の認定書を作った。

記載したのは、一週間の指名依頼停止と、現地保全計画の提出義務。

S級の資格には触れない。

セレナ自身が訂正し、危険を抑える措置を取っていたことが理由だった。


「怒らないんですか」


帰り支度のセレナがミレイスに聞いた。


「怒っています」

「顔に出ないね」

「あなたが報告を偽ったことで、村に必要な情報が一日遅れました」


セレナは言い返さなかった。


「その分、明日からの観測記録は毎日出します」

「毎日です」

「分かった。毎日」


ミレイスは認定書を渡す。

セレナは印を押し、エルドにも目を向けた。


「あなたは、私が竜を助けたかったことを信じたんだね」

「信じたというより、卵を見ました」

「ひどい言い方」

「僕は監査官なので」


セレナは笑わなかった。

エルドは朝の監査票の、消した跡を思い出した。


「山へ行く前、報酬目当てだと書きました。根拠はなかった」

「私も報告に嘘を書いたよ」

「それは、別です。あなたに聞く前から、そういう人だと思いたかった」


セレナは印を押した指を布で拭いた。


「謝れば、私が気にしなかったことになる?」

「なりません」

「じゃあ、明日の観測はちゃんと来て。監査官なら、私の記録が足りないところを言って」


エルドは頷いた。

セレナは返事を待たずに部屋を出た。


彼女が出ていったあと、エルドは鑑識袋の黒い筋を見た。

ミレイスは谷で採った小瓶を横に置き、二つの試料へ針を当てた。

針先の石が、同じ鈍い色を返す。


「谷のゴブリンと、火竜の鱗」

「採取地点は離れています」


ミレイスは二つの袋の間に定規を置いた。


「偶然なら、ずいぶん広い偶然です」


エルドは地図を開いた。

北の谷と西の山を結ぶ線は、王都の外周をかすめていた。

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