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勇者ギルド監査官―討伐報告二十体、証拠は十八体―  作者: えんびあゆ
勇者の役目、勇者法改正編

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第25話 勇者になれなかった男 [前編]

試験の結果通知は、今も引き出しに入っている。

エルドは局長室へ向かう途中、そのことを思い出した。

紙は薄く、何度も開いたせいで角が柔らかくなった。


最終実技、不合格。

判定欄には「現場適性に難あり」とある。


当時は納得できなかった。

剣を持った時の判断は遅かったが、魔力の測定では高い数値を出した。

魔物の行動予測も正しかった。

それでも、勇者には向かないと言われた。


最終実技の日は、暑かった。

訓練場の土が乾き、走るたび靴の周りに粉が立った。

受験者は四人一組で、模擬魔物を指定の柵まで追う。

エルドの組には剣の強い学生が二人と、盾を担当する学生が一人いた。


最後の模擬魔物が柵の脇へ抜けたとき、盾の学生が足を滑らせた。

魔物は木と魔力でできた安全な仕掛けだと教わっていた。

けれど、倒れた学生の首のすぐ横へ硬い角が下りてきた。


エルドは迷った。

追えば討伐点が取れる。

仲間は自分で起きられるかもしれない。

ほんの一瞬の計算だったが、その一瞬が長く残った。


結局、彼は模擬魔物の進路へ盾を投げ、倒れた学生を引きずって柵から離した。

剣の学生が魔物を追ったが、間に合わなかった。


試験官はその場で何も言わなかった。

終了の笛が鳴り、エルドたちは土を払って列へ戻った。

盾の学生は「助かった」と言った。

エルドは「それで点が落ちたかも」と笑い、相手も笑った。


結果が届いた夜、その笑いを思い出して嫌になった。

助けたことを後悔している自分を、誰にも言えなかった。


翌週から監査官採用試験の勉強を始めた。

勇者を諦めきれないまま、勇者に関わる仕事を探した。

法の本を読むたび、模擬魔物の角と、倒れた学生の白い顔が交互に浮かんだ。

試験で落とされたのは、あの時の判断のせいだと思っていた。


局長の封筒の中にある答えは、そこからさらに何かを変える。

エルドはそれを知る前に、足を止めたかった。


「座れ」


オルディスが椅子を示す。

エルドは座らなかった。

ミレイスとセレナも扉の内側にいる。

三人で聞くと決めた。


「北の異常が、僕へ集まったのは……」

「君に受容適性があるからだ」


局長は机から封筒を出した。

国家勇者試験の資料。

封はすでに切られている。


「最終測定では、通常の勇者の十七倍だった。能力を使えるという意味ではない。外から流れてくる魔力を、身体が拒まない」


セレナが封筒の印を見た。


「それなら、試験に受かってたはず」

「受からせなかった」


オルディスの言葉は短かった。

エルドの頭の中で、通知書の文字が離れていく。


「誰が決めたんですか」

「勇者庁の特別審査委員会。私も同席した」

「僕の実技を見て?」

「見た。君は仲間の退路を先に確保し、最後の模擬魔物を取り逃がした」

「それが、不合格の理由では?」

「違う。君を公の勇者名簿に載せないための理由にした」


エルドは机の木目を見た。

どこかに間違いを見つけられれば、話の全部が崩れる気がした。

だが資料には測定値も、委員会の署名もある。


「僕は、勇者になれなかったんだと思っていました!」


声が大きくなった。

エルドは自分で驚いた。


「勇者の判断を調べるたび、試験に落ちた自分に何が分かるんだって。あの日、テオを助けたことまで、間違いだったのかと」


紙の角を握りつぶした。

評価票の方ではないと分かっても、指が離れない。


「あれが間違いじゃなかったなら、僕は何を悔やんできたんですか。僕が悔やむ理由まで、あなたたちが決めたんですか」


オルディスはすぐに答えなかった。


「監査局へ採ったのも、管理しやすいからですか!」


声が自分のものに聞こえなかった。

オルディスは一呼吸置いて答える。


「君の観察力を評価した。それは本当だ。近くに置けば異常を早く知れる、と考えたのも本当だ」


どちらも本当でも、エルドの選んだ道に他人の手が入っていたことは変わらない。


「いつ、話すつもりでしたか?」

「次の移行が必要になる前に」

「その時期が早まったから、今日ですか」


オルディスは頷いた。

エルドは封筒から手を離した。

指先には、医療所で感じた冷たさがまだ残っている。


ミレイスが前に出た。


「資格がなかったのではありません。資格を奪われたんです」


局長は彼女の目を受けた。


「公表すれば、この青年が今まで無事に生き延びられたか分からない」

「だから本人に嘘の評価を渡した?」

「候補だと知らせること自体が危険だった」

「その危険を、本人と一緒に考える方法はなかったんですか」


ミレイスの声は揺れなかった。

エルドは彼女が父の書類を見たときより、ずっと怒っていると感じた。


セレナはエルドの隣に立ったまま、何も言わなかった。

彼女ならすぐ局長を責めると思っていた。

だが、今ここで一番何かを失ったのはエルドだと分かっているようだった。


「現在の器から、僕へ移す計画ですか」


エルドが聞く。

オルディスは答えた。


「候補は君を含めて三人。ただ、今回の異常に身体が反応したのは君だけだ。可能性は高い」

「僕が断ったら」

「別の方法を探す。しかし、間に合う保証はない」


押しつけるつもりがないと言いながら、外で起きた災害がエルドの背中を押している。

オルディスはそれを知っている。

だからこそ、言葉を選んでいるのかもしれない。


「今日は、決めません」


エルドは言った。


「分かった」


意外なほどすぐに、局長は頷いた。

エルドはまだ椅子に座らないまま、封筒を指した。


「この資料を、僕が持って帰ってもいいですか」

「原本は保管する。写しなら渡せる」

「僕についての記録です。原本の閲覧を拒む理由は」


オルディスはすぐに答えなかった。

特別審査委員会の印と、自分の署名が同じ場所にある。

候補者を隠して守るための記録は、候補者本人にも秘密だと規則に書かれている。


「規則ならあります」


ミレイスが言った。


「でも、本人が知らなかった事実を今ここで局長が伝えました。その時点で、規則が守ろうとした秘密はもう秘密ではありません。閲覧を止める理由を、別に示してください」


オルディスは封筒を開き、最後のページを抜いた。

そこに候補者三人の名前がある。

エルドは紙を受け取らなかった。


「他の二人の名前は隠してください。僕の部分だけ見ます」


局長は驚いたように顔を上げた。

エルド自身も、それがすぐ口から出たことに驚いた。

奪われたものを取り戻したい。

それでも別の二人の人生を、今度は自分が勝手に開くわけにはいかない。


ミレイスが二人の氏名を遮るように紙を置いた。

候補番号と自分の測定値だけが見える。

測定日は実技試験の三日前。

つまり模擬魔物を逃がすより前に、別の結論が用意されていた。


「この日に、僕へ説明することは考えましたか」


エルドが聞く。

オルディスは紙の端を押さえた。


「考えた。危険が大きいと判断した」

「何を言えば納得したか、聞かずに?」

「そうだ」


それ以上の謝罪は、今ほしくなかった。

エルドは資料に添える閲覧記録に日時を書いた。

のちに誰かがこの紙を開いたとき、本人が初めて自分の数値を知った日が分かるように。

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