第10話 剥奪された勇者免許 [後編]
再審の席に、イサークは仕事着のまま来た。
机を挟んでエルドとミレイスが座り、勇者庁の審査官が裁定を読み上げた。
「旧処分を取り消し、勇者資格の回復を認めます」
イサークは短く頷いた。
嬉しそうには見えなかった。
「当時の二名の死亡について、俺の術が原因ではなかったと?」
「現場証拠は、それを否定しています」
ミレイスが答える。
イサークは天井を見た。
「家族へ渡せる写しをくれ」
免許証より先に頼んだものが、それだった。
エルドは用意していた写しを差し出した。
部屋を出るとき、イサークはミレイスの名札に気づいた。
「ハルトナー。十年前にいた監査官の娘か」
「はい」
「あの人は、俺に『まだ石を見ていない』と言った。俺は、その場では腹が立った」
イサークは写しを鞄へ入れた。
「十年かかったな」
「遅すぎました」
「そうだ」
廊下に、かつて同じ班だった勇者が待っていた。
イサークより少し年下の男で、腕に新しい隊章を巻いている。
古い隊章の縫い目を、イサークは覚えていた。
「戻ってこいよ。今の班には、お前みたいな人が要る」
「今の班に、俺の術式を知ってるやつが何人いる」
「教えればいい」
「十年前の現場に、戻れるわけじゃない」
男は笑いかけてやめた。
明日の訓練なら一緒にできる、と言い直す。
イサークはその申し出には返事をしなかった。
自分が戻りたいかも、まだ分からない。
「その隊章、新しいな」
「去年変わった」
「知らなかった」
イサークは手を伸ばしかけ、やめた。
男は彼の肩を叩かず、通路を空けた。
イサークは審査室を出たあと、まっすぐ帰らなかった。
廊下の窓際で立ち止まり、鞄から写しをもう一度出す。
何度も読んだので、資格回復のページより先に、亡くなった二人の名が載ったページを開いた。
「これを渡したら、あの家は何を言うかな」
エルドに尋ねているようで、答えを求める声ではなかった。
「分かりません」
「だよな」
イサークは紙を戻した。
「十年前、葬儀のあと一度だけ家へ行った。扉は開かなかった。俺が怒る筋合いはない。それでも、毎年あの道を避けてきた」
彼は壁の地図で採石場の位置を確かめた。
もう何度も通った道のはずだ。
エルドは同行を申し出なかった。
イサークが一人で行くか、誰かと行くか、自分で選ぶ時間が必要だと思った。
「写しを一部、余分にいただけますか」
「用意します」
ミレイスが答える。
イサークは二枚を別々の封筒へ入れた。
亡くなった二人の家族に同じ説明をするためだ。
翌日、エルドはイサークから短い連絡を受けた。
片方の家は封筒を受け取った。
もう片方は扉を開けず、郵便受けへ入れて帰ったという。
「届いたかは分かりません」
「そうですね」
「受け取る義務はない。読む義務も」
イサークはそう言った。
資格が戻った日に、彼の仕事が増えたようにエルドには見えた。
剣を持って戻るかどうか、彼はまだ決めていない。
荷車の修理の予約が来週まで入っているらしい。
夕方、エルドは修理小屋へ写しを届けた。
戸口には若い荷運びの女が立ち、車輪の順番を待っている。
「勇者へ戻ったんですって?うちの車は今日、見てもらえるんですか」
イサークは袖をまくり、女の荷車の下へ潜った。
「軸が割れてる。今日は預かる。明日の朝なら返せる」
女は安心して、修理代を聞いた。
免許が戻ったから急に別の人になったわけではない。
エルドは封筒を作業台へ置き、木屑を払った。
イサークはまだ荷車の下から出てこなかった。
ミレイスは事故の裁定訂正を関係機関へ送った。
イサーク本人の資格欄だけでなく、死亡した作業員の家族が受ける補償の記録も改める必要がある。
費用は十年前の額では足りない。
なぜなら物価が変わっているからだ。
「また、計算ですか」
エルドが言うと、彼女は算盤を出した。
「人が待った十年は計算できません。でも、今払う額は間違えたくありません」
エルドは隣で古い賃金台帳を開いた。
亡くなった二人の働いていた時間が、細かな数字になって並ぶ。
数字だけでは足りないと知っている。
だからこそ、そこでまた間違えるわけにはいかなかった。
夕方、書庫で封印印を調べていたエルドは奇妙なことに気づいた。
イサークの事故書類と同じ番号帯に、七年前のS級勇者の行方調査がある。
表題以外は黒く塗られていた。
――ディルク・ヴァレンツ。
死亡扱いの勇者だ。
エルドが学生だったころ、その名は英雄譚の最後に何度も出てきた。
封印の申請者欄には、監査局長オルディス・クレイバーの署名がある。
「この二件、つながっているでしょうか」
ミレイスは黒塗りのページを見た。
「まだ分かりません。でも、局長が署名したなら、局長へ聞けます」
「教えてくれると思いますか」
「思いません」
ミレイスは書類を閉じた。
「だから、聞く前に足りない部分を集めましょう」




