17.「エピローグ」
夢を見ていた。
いつものあの夢を。
幼い頃に僕を庇って死んだあのヒーロー。
飲酒運転の暴走トラックから僕を庇った見知らぬ初老の男性は、死亡時、両腕が引き千切られていた。
トラックの前面にへばりついた彼の両腕は、まるで死んだ後も僕を守ろうとするかのように、無理矢理剥がすまでずっと張り付いたままだったそうだ。
飲酒した上赤信号を無視して交差点に突っ込んできたトラックの運転手は、薙ぎ倒した標識がフロントガラスを突き破って腕を切断、その腕が口内から侵入して喉を突き破って死亡していた。
そして、トラックの外に倒れていたのは、文字通り命懸けで僕を守ってくれた、白髪を自身の血で真っ赤に染めた男性。
僕は、彼のようなヒーローに少しは近付けただろうか。
※―※―※
「サクさん、助けて頂き、本当にありがとうございましたっす!」
バッと勢い良く頭を下げる緑色サイドテール少女。
心身ともに磨特裏ソウに乗っ取られていたカエは、元に戻ることが出来た。
でも、この三年弱、ずっと自分の人生を生きられていなかったんだよね……
「もっと早く気付いて助けてあげられていたら良かったんだけど……ごめんね」
「そ、そんな! 顔を上げてくださいっす! その、自分こそ、多大なご迷惑をお掛けして、お手数をお掛けして申し訳ありませんでしたっす! こうなったからには……死んでお詫びするっす!」
「うん、それだけは止めてね!」
※―※―※
磨特裏ソウが死んで、ダンジョン自殺しようとする者はいなくなった――
――という訳ではなかった。
「あ! 本当に助けに来てくれた! ありがとうございます!」
モンスターに喰われそうになっていた所を僕に助けられた少女が、頬を朱に染める。
「サクタロウさん! あたし、あなたのファンなんです!」
「え? 僕の?」
「はい! あなたのことをあの伝説の動画で知って、ずっとお会いしたいと思っていたんです! だからとっても嬉しいです! 良かったらこの後、お茶でも――」
と、そこに、般若のような顔をしたミシロが現れて、僕らの間に割って入った。
「ごめんなさいね、お嬢さん。悪いけど、サク君には幼少時代から将来を誓い合った相手がいるから!」
「え? でも――」
「あ・い・て・が・い・る・か・ら!」
「わ、分かりました! し、失礼しました~!」
S級探索者であるミシロの圧を受けて、青褪めてぴゅーっと逃げていく少女。
でも、あれ?
幼少時代から将来を誓い合った相手?
そんな子、いたっけ?
あ。
僕はその時、幼き日にした約束をようやく思い出した。
※―※―※
それから暫くの間。
僕は、ヒーロー活動以外の時間は全て、例のダンジョン上層に出現する自分の秘密の部屋にて過ごすようになっていた。
「がはっ! ……やっと出来た! 完成だ!」
以前モンスター化したレオを倒した際に全て使ったお陰で綺麗になっていた部屋が、再び血だらけになってしまったけど、仕方ない。
目的のものを作り上げることが出来た達成感に、僕が酔い痴れていると。
ドッカーン
「!?」
扉が爆発した。
否、正確には、光の奔流によって吹き飛ばされた。
「……見付けたわよ……サク君……!」
「!」
血走った目で現れたのは、ミシロだった。
全身が光魔法――聖光に包まれており、その手に掴まれた入口の壁が、光の粒子となって消滅する。
「ここのところ、ずっと避けてるわよね!? 何で私を避けるの!?」
「いや、避けてなんかないよ!」
「ウソよ! サク君のファンだって言い寄ってくる女の子たちを片っ端から追い払ってる私のことを嫌いになったんでしょ!」
「嫌いになんてなってないよ!」
「ウソウソウソウソウソウソウソウソ! 本当はあの子たちと仲良くなりたいって思ってた癖に! だから私を避けてた癖に! 『聖光』!」
「!」
彼女の身体から放射状に光線が飛翔する。
激しい戦闘に耐え得るようにと頑丈に作られているはずのダンジョンの壁が、地面が、天井が、まるで玩具のように容易に破壊されていく。
すごい! また強くなってる!
……けど……
「本当に優しい子だ……」
これだけ四方八方に撃ちまくっているのに、僕には決して当たらない。
君の言動は、常に僕への思い遣りに溢れている。
そんな君だからこそ、僕は――
「私がこんな見た目だから、サク君は嫌いになったんでしょ! そりゃそうよね! 普通で可愛い他の女の子たちの方が良いものね!」
「!?」
聞き捨てならない台詞に、僕は跳躍した。
「あっ! 危な――」
「ぐっ!」
頬を、四肢を光線が掠り、血が噴き出す。
「ご、ごめんなさい……! わ、私、サク君になんてことを……!?」
血の気が引きわなわなと震え、大粒の涙を浮かべる彼女を――
「大丈夫。知ってるでしょ? 僕には再生能力があるから。ほら、もう治ったよ」
僕は抱き締めた。
一瞬止まるが、また再び彼女の肩が小刻みに震え出す。
「で、でも!」
「そんなことより、僕は何回も言ってるよね? 真っ白な見た目のミシロは、『カッコ良い!』って」
「……でも、じゃあ、何で私を避けてたの? あ、分かったわ! 私がサク君の体内に埋め込んだ私の左手の薬指に気付いて、気持ち悪いって思ったんでしょ! そうよ、どうせ私は気持ち悪い女よ!」
ミシロが僕の身体を突き放す。
まさか、指が僕の体内にあるだなんて!
何だか彼女の温もりを体内に感じるなと思ったら、そういうことだったんだ!
「知らなかったけど、でも、ミシロの温もりを体内に感じられて僕は嬉しいよ」
「本当に?」
「うん、本当に」
「じゃあ……じゃあ、どうして私を避けてたの?」
「避けてたわけじゃないよ。ずっとこれを作ってたんだ」
「左手を出して」と僕が言うと、ミシロが小首を傾げながら差し出した。
僕がその薬指に嵌めたものを見て、彼女の目が大きく見開かれる。
「ちっちゃい頃に約束したでしょ? 将来結婚しようってさ。でね、結婚するには指輪が必要だって思ったんだけど。綺麗なものとか高価なものとかも良いんだけど、ミシロは僕にお守りをくれたよね? だから、僕もお返しがしたいなって思ったんだ」
透明なリングは、不思議な煌めきを纏っている。
「それがこれ。僕の体内で精製したもので、ある程度の毒と呪いと物理・魔法攻撃を防いでくれるし、高レベルのもので攻撃された場合は、これを飲み込むことで、最上級の解毒と解呪と回復魔法の効果が得られるんだ。解毒と解呪と回復の効果を併せ持つ指輪の精製に手間取ってさ。それで、ずっとここに引き籠っていたんだ」
「!」
僕は姿勢を正すと、彼女に告げた。
「ミシロ。僕と結婚して下さい」
「!!!」
彼女が目を見張る。
涙が溢れ、頬を伝った。
「はい……喜んで……!」
抱き着く彼女を、僕は優しく受け止め――
「んっ!?」
――切れなかった。
彼女の柔らかい唇が僕のそれに重なると同時に、すごい勢いで押し倒される。
背中に感じる硬くて冷たい地面と対照的に、彼女の肌は柔らかくて熱い。
「はぁ、はぁ……結婚するってことは……もう、我慢しなくて良いのよね……?」
「えっと……ミシロ?」
「じゃあ、私がまた新たに左手の薬指を斬って、毎日サク君の体内に埋め込んでどんどん増やしていっても良いってことよね?」
頬を紅潮させる彼女に、僕は首を横に振った。
「ダメだよ。君には絶対に辛い目に遭って欲しくないし、痛い思いをして欲しくないから」
僕の言葉に反応したのは、ミシロではなかった。
「「「「お前が言うな!」」」」
「「「「あんたが言うな!」」」」
「!?」
部屋の入り口から現れたのは、ルリ・ユミ・ビクトさん・ヨノカさん・イシダタさん・メリカ・シアン・リンリンだった。
あれ?
僕、そんな突っ込まれるようなこと、したっけ?
「クスッ」
ミシロが僕の上で悪戯っぽく笑う。
彼女の綺麗な白髪が僕の頬をくすぐった。
「幸せになろうね、サク君!」
「うん!」
こうして、とても素敵な伴侶を得て益々パワーアップした僕のヒーロー活動は、まだまだ続いていくのであった。
<完>




