第九話 適材適所
厨房を後にした二人は、次に洗濯場へ向かった。
大量の服。
大量のシーツ。
使用人たちが慌ただしく動いている。
その中で一人だけ、異様なほど手際の良い女性がいた。
服を仕分ける。
畳む。
運ぶ。
一切の迷いがない。
「あの方は何年ほど洗濯場に?」
リゼが尋ねる。
フィリアは女性へ視線を向けた。
「アンナですね。五年くらいでしょうか」
「なるほど」
リゼは頷く。
「勿体ないですね」
「え?」
「仕分けが異常に速いです」
「判断力もあります」
「物の管理や資料整理に向いているかもしれません」
フィリアは目を瞬いた。
「そ、そういう見方もあるんですね……」
「即戦力になってくれるかもしれませんよ」
「な、なるほど」
フィリアはしばらく、アンナをジッと見つめていた。
◇◇◇
その後。
二人は庭園へ向かった。
本来なら美しい庭なのだろう。
だが今は草木が伸び、手入れが追いついていないのが一目で分かる。
人手不足。
それは庭園も同じらしい。
そんな中。
一人の少年が花壇の前にしゃがみ込んでいた。
雑草を抜き、花の手入れをしている。
「何をされているのですか?」
フィリアが声を掛ける。
少年は飛び上がるほど驚いた。
「ひゃっ!?」
慌てて立ち上がり、帽子を外す。
「す、すみません!」
「すぐ持ち場へ戻ります!」
フィリアは首を傾げた。
「あなたは確か……馬屋番のところの」
「トニーです」
少年は緊張した様子で頭を下げた。
「空き時間ができたので……」
「少しでも花たちの手入れができたらと思って」
リゼは花壇を見る。
雑草は綺麗に抜かれている。
枯れた葉も取り除かれていた。
余計な枝も切り落とされている。
「あなたは花がお好きなのですか?」
「は、はい!」
少年は反射的に答えた。
だが次の瞬間。
慌てて首を振る。
「あ、いえ……」
「どちらなのですか?」
リゼが首を傾げる。
トニーは困った顔をした。
「男の僕が花が好きだなんて言うと……」
「気持ち悪いって馬鹿にされるので」
「何故ですか?」
リゼは本気で分からない顔をした。
トニーが固まる。
「え?」
「好きということは大切に思っているということです」
「恥ずかしいことではありません」
トニーは何とも言えない顔をした。
「は、はぁ……」
どうやら今までそんな返答をされたことがなかったらしい。
「他の植物や昆虫にも詳しいのですか?」
「詳しいとまでは言えませんが……」
「好きなので多少は」
なるほど。
リゼは頷いた。
そしてフィリアを見る。
「フィリア様」
「はい?」
「彼を庭師にされては?」
「えぇ!?」
フィリアが目を丸くする。
「彼の植物に対する気持ちは本物です」
「好きだから覚える」
「好きだから学ぶ」
「好きだから続けられる」
「そういう人は向いています」
トニーは呆然としていた。
フィリアも同じだった。
「で、ですが……」
「私にはそのような権限はありません」
「お母様に相談しないと……」
「そうですか」
リゼはあっさり頷いた。
「ではそれまで」
「少しずつで構いませんので、この庭園の手入れをお願いできますか?」
トニーは目を丸くする。
「い、いいんですか?」
「はい」
「ありがとうございます!」
その顔は先ほどまでとは別人のように明るかった。
フィリアも微笑む。
「こちらこそ、ありがとうございます」
◇◇◇
庭園を離れた後。
フィリアがぽつりと呟いた。
「リゼはどうしてそんなに人のことが分かるんですか?」
リゼは少し考えた。
「分かっているかどうかは分かりません」
「ですが」
「行動は嘘をつきません」
フィリアは首を傾げる。
「行動……ですか?」
「はい」
「何を大切にしているか」
「何が好きか」
「何が得意か」
「そういうものは、意外と行動に出ます」
フィリアは少し感心したような顔をした。
「そういうものなのでしょうか」
「そういうものです」
リゼは当然のように答える。
そして。
ふと周囲を見回した。
「そういえば、公爵様のお部屋に本がたくさんありましたね」
「図書室などはないのですか?」
フィリアが足を止める。
「図書室、ですか?」
「はい」
リゼは頷いた。
「公爵様は本がお好きだったのでしょう?」
「でしたら、かなりの蔵書があるのではないかと思いまして」
フィリアは少し考えた後、小さく笑った。
「ありますよ」
「ですが……」
「お父様の本は難しいものばかりで」
「私もほとんど読めませんでした」
リゼの足が止まる。
「あるんですね」
その声だけ少し早かった。
フィリアが瞬きをする。
「リゼ……?」
「ぜひ案内してください」
リゼは真剣な顔でそう言った。
フィリアは少しだけ不思議そうに首を傾げた。
――続く。




