第十話 知識の宝庫
「ぜひ案内してください」
真剣な顔でそう言ったリゼを見て、フィリアは少しだけ首を傾げた。
「そんなに本がお好きなのですか?」
「はい」
即答だった。
その返事の速さに、フィリアは少し驚く。
「で、ではご案内します」
そう言って歩き始めた。
屋敷の奥。
普段ほとんど人が来ない場所らしい。
長い廊下を進む。
心なしかリゼの歩くスピードが速くなっている。
やがて一枚の大きな扉の前でフィリアが立ち止まった。
「ここです」
重厚な木製の扉。
装飾は少ない。
だが長い年月を感じさせる。
フィリアが扉に手を掛ける。
ギィっと、ゆっくりと開かれた。
リゼの足が止まった。
次の瞬間。
ふわっと古い紙の香りが流れてくる。
天井まで届く本棚。
整然と並ぶ書籍。
革張りの背表紙。
静かな空気。
大切に管理されてきたことが一目で分かった。
思わず息を呑んだ。
「すごい……」
小さく漏れた声。
フィリアが驚く。
リゼが感情を表に出すのは珍しい。
ましてや感嘆の声を上げるなど初めて見た。
「お父様は本が好きで、
世界中から本を集めていました」
「魔法書もありますし」
「薬学書もあります」
「歴史書や地理書もありますよ」
リゼは本棚へ近づく。
背表紙を眺める。
魔法理論。
古代魔法。
植物学。
鉱石学。
魔物生態。
建築。
農業。
教育。
見たこともない分野まで並んでいた。
「素晴らしい……」
思わず呟く。
フィリアは目をぱちぱちさせた。
どうやら本気で感動しているらしい。
「そんなにですか?」
「はい」
また即答だった。
「でもお父様の本は難しくて」
「私は寝室に置いてある本の方が好きでした」
リゼは思い出した。
擦り切れた背表紙の本。
「あれはお父様がプレゼントしてくれたんです」
フィリアは少し嬉しそうに笑う。
「初めて面白いと思えた本でした」
なるほど。
あの本が特別だった理由も分かった。
リゼは本棚を見上げる。
「この部屋だけで何年も過ごせそうです」
フィリアが固まる。
「何年も……?」
「はい」
リゼの目は本気だった。
一生かかっても読み切れないかもしれない。
だが。
だからこそ面白い。
知らないことが山ほどある。
それだけで胸が高鳴った。
「お父様も似たようなことを言っていました」
フィリアが少し笑う。
「一日が三十時間あればいいのに、と」
リゼは思わず振り返った。
「それは名案ですね」
「え?」
「睡眠時間を確保したまま読書時間が増えます」
フィリアは思わず吹き出した。
「ふふっ」
どうやら父とリゼは少し似ているらしい。
そんな気がした。
リゼは本棚を見上げたまま呟く。
「フィリア様」
「はい?」
「仕事が終わった後であれば」
「たまに利用してもよろしいでしょうか」
フィリアは笑った。
「もちろんです」
「お父様も喜ぶと思います」
フィリアはそう言って、少しだけ本棚を見上げた。
「お父様が倒れてからは、本を読みに来る人もいなくなってしまいました」
フィリアは少し寂しそうに本棚を見上げた。
リゼは静かに頷く。
「早く仕事を覚えないといけませんね」
「え?」
「効率化も必要です」
「時間を作らないと」
「本を読むためにですか?」
フィリアが尋ねる。
リゼは当然のように答えた。
「そうです」
フィリアはしばらく黙った。
そして。
「リゼらしいですね」
と笑った。
リゼは首を傾げる。
何がおかしいのか分からない。
だが。
この世界へ来てから何度も驚かされた。
これほど心が躍ったのは初めてかもしれない。
目の前には無数の知識。
まだ知らない世界。
まだ知らない可能性。
リゼは静かに本棚へ手を伸ばした。
――まずは魔法理論。
いや。
歴史も気になる。
薬学も捨てがたい。
植物学も面白そうだ。
……
まずは一冊。
そう決意した。
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