第五話 フィリア先生
「できましたね」
リゼの言葉に。
フィリアは何度も自分の手の上の火を見つめていた。
消えない。
ちゃんとそこにある。
今まで何度挑戦してもできなかったことだった。
「……どうして」
小さな声が漏れる。
「どうして、できたんでしょう……」
リゼは少し考える。
そして紙へ何かを書き込んだ。
「仮説ですが」
「か、仮説?」
「フィリア様は魔法が苦手なのではないと思います」
フィリアが目を見開く。
今まで何度も言われてきた。
才能がない。
向いていない。
公爵家の恥だ。
なのに。
リゼは真逆のことを言った。
「むしろ才能はある方では?」
「えっ?」
思わず声が裏返る。
リゼは先ほどの火を思い返していた。
「最初の魔法も火自体は出ていました」
「普通は出力そのものが足りず失敗することもあるはずです」
「ですがフィリア様は違いました」
「出ているのに維持できない」
「つまり問題は別にあります」
フィリアは呆然と聞いていた。
そんなことを言われたのは初めてだった。
「先生たちは……」
「才能がないと……」
「もっと練習しろと……」
リゼは首を傾げた。
「練習量の問題ではない気がしますね」
「……え?」
「例えば」
リゼは机の上のティーカップを持ち上げた。
「これを持つ時」
「力いっぱい握りますか?」
「い、いいえ」
「カップが割れてしまいます」
「ですよね」
リゼは頷く。
「必要な力だけ使います」
「魔法も似ている気がします」
フィリアは黙り込む。
考えたこともなかった。
今までは。
もっと集中。
もっと頑張れ。
もっと強く。
そう言われ続けてきた。
「フィリア様」
「は、はい」
「魔法を使う時」
「失敗しないように頑張っていますよね?」
フィリアは小さく頷く。
「はい……」
「だから余計な力が入っています」
「肩も」
「呼吸も」
「マナも」
「全部です」
リゼは紙に円を書いた。
そしてその周りに矢印を描く。
「恐怖」
「緊張」
「失敗したくない」
「期待に応えたい」
「これ全部、魔法に乗っています」
フィリアは息を呑んだ。
図を見た瞬間。
なぜか納得してしまった。
「だから」
リゼは続ける。
「フィリア様は才能がないのではなく」
「失敗する環境で育ったのではないでしょうか」
部屋が静かになる。
フィリアは言葉を失った。
そんな風に考えたことはなかった。
才能がない。
それが答えだと思っていたから。
「では」
リゼは立ち上がる。
「明日から検証しましょう」
「け、検証?」
「はい」
リゼは当然のように頷いた。
「何をすれば成功し」
「何をすると失敗するのか」
「全部調べます」
フィリアはぽかんとした。
魔法の勉強なのに。
なぜか研究みたいだ。
「大丈夫です」
リゼは小さく笑う。
「分からないなら調べればいいんです」
「できないなら原因を探ればいいんです」
「そのための方法なら、いくらでもありますから」
フィリアは目を見開いた。
そして。
少しだけ胸の奥が温かくなるのを感じた。
初めてだった。
自分のことを諦めていない人に出会ったのは。
窓の外では夕日が沈み始めている。
その光を見ながら。
フィリアは小さく呟いた。
「……よろしくお願いします」
するとリゼは即答した。
「はい」
そして。
「まずは魔法の記録表を作りましょう」
「きろくひょう?」
「成功率を数値化します」
「す、数値化……?」
フィリアは困惑する。
だがリゼは真剣だった。
紙へ何かを書き込みながら、
ふと顔を上げる。
「ところで」
「はい?」
「大変今更なのですが」
フィリアは首を傾げた。
「マナとは何でしょう?」
「…………え?」
思考が止まる。
リゼは続けた。
「先程は自然と使えたようですが」
「その原理を理解していません」
「えっ」
「えっ?」
しばらく沈黙が続く。
やがてフィリアが恐る恐る尋ねた。
「リゼは……貴族ですよね?」
「一応そうらしいですね」
「小さい頃に習わなかったのですか?」
リゼは少し考える。
「田舎育ちなもので」
嘘ではない。
たぶん。
「教えていただけますか?」
フィリアはぽかんと口を開けた。
今まで誰かに教える立場になったことなどない。
むしろ教わる側だった。
失敗して怒られる側だった。
だが。
目の前のリゼは本気で聞いている。
「わ、わたしがですか?」
「はい」
「フィリア様の方がお詳しいでしょうし」
「…………」
フィリアは戸惑う。
けれど。
なぜだろう。
少しだけ嬉しかった。
「えっと……」
フィリアは姿勢を正した。
「マナというのはですね……」
その瞬間。
人生で初めて。
フィリア先生が誕生したのだった。




