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第三話 専属メイドとなりました

「ではリゼ。

本日より、フィリア様付き専属メイドとして行動してもらいます」


メイド長は疲れたような顔でそう言った。


周囲の新人メイドたちからは、

同情するような視線が飛んでくる。


「……大変ね」


「頑張って」


小声でそんな言葉まで聞こえた。


リゼは首を傾げる。

そこまで嫌がる理由は、

まだよく分かっていない。


ただ。


フィリア付きが、

かなり不人気なのは理解した。


「こちらへ」


案内役の女性使用人とメイド長に連れられ、

リゼは屋敷の奥へ進んでいく。


廊下は広い。

装飾も豪華だ。


だが近くで見ると、

細かな傷や劣化が目についた。


壁際の花も少し元気がない。


……妙ですね。


リゼは静かに周囲を見る。


その時、

窓の外に広い庭園が見えた。


思わず足を止める。

かなり大きな庭だ。


噴水。

花壇。

剪定された形跡のある木々。


元々は相当美しかったのだろう。


だが今は、

手入れが追いついていない。

草木の伸び方が不自然だった。


「……整えれば綺麗になりそうですね」


リゼがぽつりと呟く。


「庭師はいないのでしょうか」


すると前を歩いていたメイド長が、

ぴたりと足を止めた。

少しだけ驚いたようにこちらを見る。


「……よく見ていますね」


「そうですか?」


「庭師は三ヶ月前に解雇されました」


淡々とした声だった。


「現在は必要最低限の人数で回しています」


なるほど。

だから使用人たちにも余裕がないのか。


リゼは静かに納得する。


するとメイド長は、

小さく息を吐いた。


「……公爵様が、

あのようなことにならなければ」


そこまで言って、口を閉ざす。


あのようなこと……か。


リゼは特に追及しなかった。

今聞くべきことではない。


知らなくても、

現時点の仕事に支障はない。


「あなたも、

手が空いている時間は他の仕事を手伝いなさい」


「承知しました」


リゼは素直に頷いた。

そのまま再び歩き出す。


やがて、

一番奥の部屋の前でメイド長が足を止めた。


「フィリア様のお部屋はこちらです」


案内役の女性が扉を開けた。


「失礼します」


部屋へ入った瞬間。

リゼは小さく瞬きをした。


広い。

そして静かだった。


白を基調とした綺麗な部屋。

だが、どこか寂しい。


家具は上質なのに、

物が少ない。


窓際に置かれた花も、

少し元気がなく見えた。


その部屋の中央で、

フィリアが小さく立っていた。


「…………」


フィリアは緊張した様子でこちらを見ている。


リゼは一礼した。


「本日より専属となりました、リゼ・ルヴェリアです」


するとフィリアは慌てたように頭を下げた。


「ふ、フィリア・アルヴェインです……」


……いや、知っていますが。


だがフィリアは真面目に自己紹介を続ける。


「よ、よろしくお願いします……」


声が小さい。

それに、

かなり緊張している。


案内役の女性使用人は、

どこか事務的な口調で言った。


「それでは、後はお任せしますので。

わからないことがあれば、

近くの使用人に聞いてください。」


そのまま部屋を出て行く。


バタンと扉が閉まり、

部屋に沈黙が落ちた。


フィリアは見るからに困っていた。

どう話せばいいのか分からない。

そんな顔だ。


リゼはとりあえず周囲を見る。


机。

本棚。

ティーセット。

そして。


「……?」


リゼはティーカップを手に取った。

その瞬間。


頭の中に、

茶葉の種類や淹れ方が流れ込んでくる。


蒸らし時間。

適切な湯温。

香りを引き出す順番。


知らないはずなのに、

自然と身体が動いていた。


「……なるほど」


リゼは静かに瞬きをする。


どうやら、

この身体の記憶らしい。


……便利ですね。


異世界補正だろうか。

リゼは自然な手つきで紅茶を淹れていく。


「……あの」


フィリアがおそるおそる口を開く。


「どうして、

引き受けてくださったんですか……?」


「引き受ける?」


「わ、わたしの専属です……」


フィリアは慌てたように俯いた。


「みなさん、

嫌そうだったので……」


なるほど。


リゼは少し考える。


確かに周囲の反応を見る限り、

フィリア付きは避けられていた。


だが。


「まだ分からないので」


「……へ?」


フィリアがぽかんとする。


リゼは続けた。


「皆さん嫌そうにしていましたが、

理由をまだ詳しく聞いていませんので」


「…………」


「調べてから判断しようかと」


フィリアは数秒固まった後、

少しだけ目を丸くした。


「か、変わっていますね……」


「よく言われます」


するとフィリアは、

少し迷った後、小さく言った。


「……でも」


「?」


「あなたは、

目を逸らさなかった」


リゼは瞬きをする。


フィリアはドレスをぎゅっと握りしめた。


「みんな、私を見る時、嫌そうな顔をしたり……」


「目を逸らしたりするので……」


「でもあなたは、

ずっと普通に見ていたから……」


リゼは少し考える。


なるほど。

そういう理由ですか。


「観察していただけですよ」


「か、観察……」


フィリアは困惑した顔になる。


リゼは小さく頷いた。


「人間観察が好きなので。」


すると。

フィリアは、ふふっと小さく笑った。


先ほどまでの強張った表情が、

少しだけ柔らかくなる。


……笑った方が可愛いですね。


リゼはそんなことを思いながら、

静かに部屋を見回した。


やはり妙だ。

部屋自体は広い。

置かれている家具も高級品だ。


だが、

どこか空気が寂しい。


手入れはされている。

けれど、“余裕”が感じられなかった。


リゼは窓際に飾られていた花を見る。


少し元気がない。

水は与えられている。

だが、土の状態が悪い。

栄養不足だろうか。


「……あの」


フィリアがおそるおそる口を開く。


「アルヴェイン家のこと、

気になりますか……?」


「……少し」


リゼは素直に頷いた。


するとフィリアは、

少し迷うように俯いた。


「……アルヴェイン家は、

昔はもっと栄えていたんです」


小さな声だった。


けれどその中には、

父親への誇りが感じられた。


「父上は、

王国でも指折りの魔法使いでした」


「長年、

王家を支えてきたと聞いています」


リゼは静かに耳を傾ける。


フィリアはドレスをぎゅっと握りしめた。


「でも数年前、

父上が事故に遭って……」


そこで言葉が止まる。

部屋に静かな空気が落ちた。


「今も、

ずっと眠ったままなんです」


なるほど。

それで使用人たちの空気が重いのか。


リゼは静かに考える。


フィリアは続けた。


「その頃から、

父上や、公爵家の悪い噂が増えて……」


「アルヴェイン家は、

もう終わりだって……」


「没落公爵家だって、

言われるようになってしまって……」


フィリアは俯いたまま、

小さく息を吐いた。


けれど。


「でも」


その声だけは、

少し強かった。


「父上が、

そんな悪いことをする人だとは思えません」


リゼはフィリアを見る。

真っ直ぐな目だった。


……なるほど。


少なくとも、

フィリア様は本気でそう信じているらしい。


リゼは小さく頷いた。


「まだ情報が少ないので、

判断はできませんね」


「……え?」


フィリアがぽかんとする。


「噂だけで決めつけるのは、

あまり好きではないので」


するとフィリアは、

ぱちぱちと瞬きをした後。


少しだけ、

嬉しそうに笑った。


部屋の空気が、

ほんの少しだけ柔らかくなる。


その時だった。


リゼはふと、

先ほどの話を思い返した。


「先程、

アルヴェイン公爵様は指折りの魔法使いだとおっしゃっていましたよね」


「は、はい……」


フィリアは小さく頷く。


「ではフィリア様は、

どの程度の魔法をお使いになられるのですか?」


その瞬間。

フィリアの表情が固まった。


視線が揺れる。

唇を、きゅっと噛みしめた。


「……わたしは」


小さな声が震える。


「魔法が、苦手なんです」


「苦手?」


「初期魔法ですら、

まともに扱えません……」


どこか、

言い慣れているような声だった。


何度も馬鹿にされ、

何度も失望されてきたのだろう。


だがリゼは特に気にした様子もなく言った。


「見せてもらっても?」


「……え?」


フィリアが目を丸くする。


「魔法です」


「で、でも……」


「実際に見た方が分かりやすいので」


リゼはごく自然にそう言った。


フィリアは不安そうに俯く。


だがやがて、

恐る恐る右手を前へ出した。


「……ファイア」


ぼっ、と小さな火が灯る。

だが。


火はぐにゃぐにゃと不安定に揺れ、

形を保てない。


数秒後。


ぱんっ、と小さな音を立てて消えた。


沈黙。


フィリアは真っ青になっていた。


「も、申し訳ありません……!」


勢いよく頭を下げる。


だがリゼは、

興味深そうに先ほどの火を思い返していた。


「……なるほど」


「え?」


「これが魔法ですか」


リゼは小さく頷く。


「私にも使えるのでしょうか」


「……へ?」


フィリアが固まる。


「ま、魔法は、

普通は訓練しないと……」


リゼはふむ、と顎に手を当てた。


そして突然、

部屋の机や引き出しを見始める。


「……何をされているのですか?」


「メモとペンはありますか?」


「メモと……ペン?」


「はい」


フィリアは困惑しながらも、

二段目の引き出しを開けた。


「こ、これなら……」


紙とペンを差し出す。


リゼはそれを受け取ると、

すぐに紙へ文字を書き始めた。


「ではフィリア様。

質問してもよろしいですか?」


「は、はい……」


「魔法を発動する際、

どのような感覚で行っていますか?」


「えっと……

身体の中のマナを……手に集める感じ、です」


リゼはさらさらと書き留める。


「なるほど」


「火はどのようにイメージされています?」


「も、燃えている感じを……」


「温度は?」


「お、おんど……?」


「熱いのか、

暖かいのか、

激しいのか」


フィリアは目をぱちぱちさせながら答えていく。

リゼは全てメモしていた。


そして数分後。


「なるほど」


リゼは静かに頷いた。


「身体の中のマナを手に集中させ、

火をイメージするのですね」


そう呟きながら、

自分の右手を見る。


フィリアが慌てた。


「ま、待ってください!

初めてで成功する人なんて――」


ぼっ。


静かな火が灯る。


フィリアの火とは違った。


揺らぎが少ない。

まるでロウソクの火のように、

静かで安定している。


「…………え?」


フィリアが固まる。


リゼは火をじっと観察していた。


「なるほど。

出力より、

イメージ固定の方が重要なんですね」


「え……えぇぇ……?」


フィリアは呆然と火を見つめる。


そして。


「す、すごい……」


ぽつりと呟いた。


「こんなに綺麗なファイア、

初めて見ました……」


リゼは静かに火を眺める。

揺らぎは少ない。

温度も安定している。


「なるほど」


「魔法って、

思ったより再現性が高いんですね」


「……さいげんせい?」


フィリアが首を傾げる。


リゼは火を消しながら、

小さく口元を緩めた。


……これは、


調べがいがありそうです。


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