第二話 フィリアとの出会い
少女は、その後も何度か周囲を見ていた。
リゼと視線が合うたび、
慌てたように逸らされる。
だが完全に目を背けるわけではない。
ちらり。
またちらり。
……観察癖がありますね。
リゼは小さく目を細めた。
怯えているだけなら、
そもそも人を見ようとしない。
だがあの少女は違う。
周囲の空気を読もうとしている。
人の表情。
声色。
距離感。
そういうものを必死に見ている目だった。
「――では次に、各担当について説明します」
前方で、メイド長が書類をめくる。
新人メイドたちは緊張した様子で姿勢を正した。
リゼは引き続き周囲を観察する。
アルヴェイン公爵家。
建物自体は立派だ。
天井は高く、
床や柱の装飾もかなり凝っている。
だが。
「……妙ですね」
近くにいた新人メイドがこちらを見た。
「え?」
「いえ」
リゼは視線を巡らせる。
使用人たちに余裕がないように見える。
公爵家にしては、
妙に空気が張り詰めていた。
その時だった。
少女の近くを通った女性使用人が、小さく舌打ちをした。
本当に小さな音。
だが、少女の肩がぴくりと震える。
リゼは静かにその様子を見る。
……反応が早い。
かなり周囲を気にしているらしい。
「本日最後に、
フィリア様付き専属メイドの選定を行います」
メイド長の言葉に、
部屋の空気が変わった。
新人メイドたちの表情が一斉に固まる。
ざわり、と小さな動揺が広がった。
「え……」
「うそ……」
誰も前へ出ようとしない。
むしろ視線を逸らしている者までいる。
リゼはその反応を見る。
……変ですね。
公爵令嬢付きなど、
普通ならかなり人気の役職のはずだ。
「フィリア様は来年の春、
社交界で初めてお披露目されます」
メイド長の声は淡々としていた。
「専属となる者には、
日常の世話に加え、社交界での補佐も担当していただきます」
さらに空気が重くなる。
後ろの方から、
小さな声が聞こえた。
「フィリア様って、
魔法が使えないってウワサの……」
「もし、社交界で失敗でもしたら……」
「没落公爵家だしね……」
なるほど。
リゼは小さく納得する。
少なくとも使用人たちは、
フィリアを“外れ”だと思っているらしい。
だが。
リゼはちらりと少女を見る。
おそらく、あの少女がフィリア様なのだろう。
フィリアは俯いていた。
けれど、周囲の言葉を聞き逃してはいない。
ちゃんと理解している。
その上で、
何も言い返していない。
……観察型ですか。
少し親近感が湧いた。
「では、フィリア様」
メイド長が促す。
「専属にしたい者を、
この中からお選びください」
フィリアはびくりと肩を震わせた。
不安そうに周囲を見る。
誰も目を合わせようとしない。
重い沈黙。
フィリアは、ドレスをキュッと握りしめる。
やがて。
おそるおそる口を開いた。
「あ、あの……」
小さな指が伸びる。
その先にいたのは。
「……あの方、が……」
新人メイドたちの視線が一斉に集まる。
リゼは静かに瞬きをした。
「……私ですか?」
フィリアは不安そうに、それでも小さく頷いた。
「は、はい……」
リゼは少しだけ考える。
まだ分からないことだらけだ。
だが。
この公爵家には、
明らかに何か問題がある。
そして。
目の前のお嬢様は、
周囲をよく見ている。
……調べがいがありそうだ。
「承知しました」
そう答えると。
フィリアは、ほっとしたように小さく笑ったのだった。




