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第一話 新人メイド、はじめました

初めまして。

青野 陽です。


初投稿作品になります。

楽しんでいただけると嬉しいです。

窓の外は、すっかり暗くなっていた。

高瀬莉乃は、パソコン右下の時計を見る。


18時02分。


「……終わった」


小さく息を吐きながら、保存ボタンを押す。

同時に、隣の席から驚いた声が飛んできた。


「高瀬さん、もう終わったんですか!?」


「終わりましたよ」


「えぇ……。私まだ半分も終わってないです……」


後輩の女性が、心底信じられないという顔をしている。


莉乃は軽く首を傾げた。

そんなに難しいだろうか。

タスクを細かく分ける。


ーーー

優先順位を決める。

待ち時間に別作業を進める。

明日の自分が楽できるように整理しておく。

ーーー


ただそれだけだ。


「優先順位を整理すると早いですよ」


「それができないんですよぉ……」


「慣れですね」


答えながら、莉乃は机の上を淡々と片付けていく。

使用済み資料は既に分類済み。

明日の準備も終わっている。


仕事は、未来の自分を楽させるためにするものだ。

嫌なことほど先に終わらせる。

なぜなら、明日の自分に何が起こるか分からないから。


極端な話、事故で死ぬかもしれない。

……まあ、そんなこと滅多にないのだけれど。


「高瀬ー、悪い。この資料一緒に確認してくれないか?」


先輩が書類を持ってくる。

莉乃は受け取ると、ざっと目を通した。


「あ、この数値、ズレてますね」


「え?」


「あと、この順番だと少し見づらいです」


「こっちを先に持ってきた方が流れが自然かと」


「あー……ほんとだ」


「ついでに修正版送りますね」


「早っ!?」


莉乃は不思議そうに瞬きをする。

修正くらい、すぐ終わるだろう。


分からないなら、調べればいい。

分かるまで、できる人に聞けばいい。

できる人を真似すればいい。


大抵のことは、それで何とかなる。

だから莉乃は、自分を特別だと思ったことがなかった。


「お先に失礼します」


「はーい、お疲れさまー」


軽く頭を下げ、会社を出る。

特別ブラックな会社ではない。

人間関係も悪くない。


普通だ。


普通に働いて、

普通に食べて、

普通に休日を楽しむ。


それなりに充実した人生だと思う。

ただ少し、人より要領が良かっただけ。


駅まで歩きながら、莉乃はスマホを見る。

今日は久しぶりに早く帰れた。


何をしようか。

昨日途中まで見ていた、可愛い動物の動画の続きを見るのもいい。


……あ、その前に観葉植物たちに水をやらないと。

朝干した洗濯物も取り込まなければならない。


効率を考えるなら、

先に家事を終わらせてからゆっくりした方がいい。


そんなことを考えていると、ふと思い出す。

そういえば今朝のニュースで、

鳥が空を飛ぶ仕組みについて解説していた。


揚力。

骨格。

筋肉構造。


特に翼の構造のところは面白かった。


……いや、鳥って普通にすごいな。


そんなことを考えながら、莉乃は横断歩道へ足を踏み出した。


その瞬間だった。

眩しい光。甲高いブレーキ音。


「あ」


その瞬間、莉乃は妙に冷静だった。


あー。これ、死ぬのか。

別に悪いことしたわけでもないのになー。

神様って、意外と理不尽なんだなー。


そこで、意識が途切れた。


◇◇◇


――ピロン。

軽い電子音が響いた。


「……ん?」


莉乃はゆっくり目を開ける。

真っ白な空間。

何もない。


ただ、目の前に半透明のウィンドウだけが浮かんでいた。


ーーー

高瀬莉乃様。

この度はご愁傷様でした。

下記内容をご確認の上、選択してください。

未選択の場合、

あなたの魂は消滅します。

ーーー


 ▶次へ


ーーー

『1.今世で新たに生まれ変わり、

0から人生をやり直しますか?』

『2.現在の人格・記憶を保持したまま、

別世界へ転生しますか?』

ーーー


「……へぇ」


思ったより軽いな。

もっとこう、

神様が出てきて、


『勇者として世界を救ってください!』


とか、


『最強のスキルを授けましょう!』


みたいな感じだと思っていた。


今時の異世界転生って、こんなシステム形式なんだ。

莉乃は少し考える。

別に今の人生に大きな不満はなかった。

でも。


「……まあ、せっかくだし」


普通に生きるのは、前世でやった。

次は、違う世界というのも悪くない。


ーーー

『2.現在の人格・記憶を保持したまま別世界へ転生』

を選択しました。

ーーー


再びウィンドウが切り替わる。


ーーー

『▶年齢を選択してください』

ーーー


「年齢かぁ……」


莉乃は少し考える。


「二十歳くらいかな」


一番体力がある。

集中力もある。

徹夜もまだ耐えられる。


何をするにも、ちょうどいい年齢だ。


ーーー

『▶性別を選択してください』

ーーー


「うーん……」


男でも別にいい。

でも。


「なんか色々面倒そうだし、女性でいっか」


ーーー

『▶職業を選択してください』

ーーー


騎士


魔法使い


商人


王族


貴族


ーーー


様々な選択肢が並ぶ。


「うーん……」


どれも悪くない。けれど、何か違う。

その中で、ふと目に留まった。


『メイド』


「……メイドか」


悪くない。

人の観察は嫌いじゃない。世話を焼くのも苦ではない。


何より、色んな人間を近くで見られそうだ。


「これにしよう」


ーーー

『▶名前を入力してください』

ーーー


「名前ねぇ……」


一覧には、


ーーー

エル


セシア


アイラ


エマ


リゼ

ーーー


様々な名前が並んでいた。


「前の名前、高瀬莉乃だったし……」


少し近い響き。


「リゼでいいか」


ーーー

『設定を確定しますか?』

ーーー


「▶実行」


数秒の沈黙。やがて画面が明るく光る。


ーーー

『適正な世界が見つかりました』


『世界名:アストレア』

『リゼ・ルヴェリア

20歳

女性

職業:メイド』


『本日より、

アルヴェイン公爵家所属の新人メイドとして配属されます』


『それでは、良い人生を』

ーーー


目の前を白い光が、視界を覆った。


◇◇◇


――ざわざわ、と声が聞こえる。


「……ん」


リゼはゆっくり目を開けた。

そこには、ずらりと並ぶ若い女性たち。

全員、同じメイド服を着ている。


前方では、年配の女性が厳しそうな顔で説明をしていた。


「本日より皆様には、アルヴェイン公爵家の使用人として働いていただきます」


どうやら、本当に新人説明会の途中らしい。


リゼは静かに周囲を見回した。


建物の構造。

使用人同士の距離感。

服の質。

立場。

足音。

空気。


まずは情報収集から。


知らないまま動くのは、効率が悪い。

そんなことを考えていると――


ふと、視線を感じた。


少し離れた場所。

淡い金髪の少女と目が合う。


年齢は十二、三歳ほどだろうか。

綺麗な子だ。


でも。


「……あぁ」


リゼは小さく目を細める。


あの子。

かなり周囲を見てる。

それに何か警戒しているような。


……面白そう。


少女は、慌てたように視線を逸らした。

リゼは静かに口元を緩める。

どうやらこの世界、思ったより楽しめそうだ。


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