第二十九話 欠けた一ページ
「意図的に抜かれています」
リゼの言葉に、その場の空気が変わった。
フィリアは研究記録を覗き込む。
本当だった。
148ページだけが存在しない。
破れた様子はない。
劣化したわけでもない。
丁寧に抜き取られていた。
「そんなことが……」
フィリアは戸惑う。
研究記録が古いことは分かる。
だが、わざわざ一ページだけ抜く理由が分からなかった。
セドリックも記録へ視線を落とす。
「私も気付きませんでした」
その声は少し重かった。
王家が保管していた研究記録。
それが改竄されている可能性がある。
決して軽い話ではない。
「誰かが抜いたということでしょうか」
フィリアが小さく尋ねる。
セドリックはすぐには答えなかった。
代わりにレオンが周囲へ視線を巡らせる。
「少なくとも偶然ではありません」
静かな声だった。
リゼは欠けた箇所の前後を見比べる。
147ページ。
149ページ。
研究は確かに続いている。
だが一番重要な部分だけが抜け落ちているようにも見えた。
「前後を読みましょう」
リゼが言った。
「何が書かれていたのかは分かりません」
「ですが」
「何を隠したかったのかは推測できるかもしれません」
セドリックは頷く。
「そうですね」
フィリアも再び研究記録へ視線を落とした。
◇◇◇
147ページ。
そこには自然界マナについての考察が続いていた。
『体内以外にもマナが存在すると考えた方が説明しやすい』
『魔力溜まり』
『精霊』
『古代遺跡』
『魔石』
『全て共通点が存在する』
『マナの偏在』
リゼは静かに読み進める。
フィリアは首を傾げた。
「偏在……?」
「偏って存在しているという意味です」
リゼが答える。
「つまり」
「マナが存在する場所と存在しない場所がある」
「そう考えたのでしょう」
フィリアは小さく頷いた。
だが、まだ危険性は分からない。
自然界にマナが存在する。
それが事実だとしても、何が問題なのだろう。
ページをめくる。
149ページ。
そこから先は文章の雰囲気が変わっていた。
研究結果というより、警告に近い。
フィリアは思わず息を呑む。
『この研究は慎重に扱うべきである』
『仮説が正しい場合』
『既存の常識は成立しなくなる』
セドリックが眉をひそめた。
「常識が成立しなくなる……」
その一文だけでも十分異常だった。
レオナルドほどの人物が書き残した言葉。
軽い意味ではない。
リゼはさらに続きを読む。
『証明にはさらなる検証が必要である』
『現段階では証明不十分』
『だが可能性は否定できない』
『悪用された場合の影響は極めて大きい』
そこで文章が途切れていた。
フィリアは思わず顔を上げる。
「悪用……?」
誰も答えない。
レオンも黙ったまま研究記録を見つめていた。
しばらく沈黙が流れる。
やがてセドリックが静かに口を開く。
「リゼはどう思いますか」
突然話を振られたリゼは少し考える。
そして答えた。
「分かりません」
意外な返答だった。
フィリアは目を瞬く。
だがリゼは続ける。
「情報が足りません」
「148ページがありませんので」
「何が書かれていたのか分かりません」
それはその通りだった。
だからこそ不気味だった。
たった一ページ。
だが、その一ページだけで全ての意味が変わる気がした。
リゼは研究記録へ視線を落とす。
「ですが」
小さく呟く。
「149ページを、見るかぎり」
「レオナルド様は何かに気づいたのかもしれません」
セドリックも静かに頷いた。
「私もそう思います」
フィリアは欠けたページを見る。
――148ページ。
そこには何が書かれていたのだろう。
自然界のマナ。
常識を覆す仮説。
そして警告。
全てが一本の線で繋がっている気がした。
その時。
フィリアの脳裏に、ベッドで眠り続ける父の姿が浮かぶ。
――関係があるのだろうか。
この研究と。
お父様が目覚めない理由に。
根拠はない。
だが、どうしても気になった。
誰かが意図的に隠したように。
その中心だけが失われている。
フィリアは思わずセドリックを見る。
セドリックは研究記録を見つめたまま何も言わなかった。
リゼは静かにページを閉じた。
「他の資料も探しましょう」
その声はいつもより真剣だった。
研究者が残した足跡は、まだ終わっていない。
その先にある答えを求めるように。
静かな図書館の中で、再び研究記録をめくる音だけが響いた。




