第二十七話 研究記録
「……住めますね」
リゼの顔は真顔だった。
フィリアは額を押さえる。
だが当の本人は至って真面目である。
リゼは既に周囲の本棚へ視線を向けていた。
見上げるほど高い本棚。
そこには無数の本が並んでいる。
歴史。
建築学。
農業。
商業。
航海術。
鉱物学。
天文学。
魔法理論や薬学だけではない。
音楽や芸術。
他国の文化や言語。
見たこともない分類の本まで存在していた。
まさしく王国中の知識が集められている場所だった。
リゼは本棚を見上げる。
一冊一冊が未知だった。
知らない知識。
知らない考え方。
知らない技術。
全部気になる。
全部読んでみたい。
だが。
「時間が足りません」
ぽつりと呟く。
「足りませんか?」
フィリアが苦笑しながら聞き返した。
「はい」
リゼは頷く。
「一日が三十時間くらい欲しいです」
その言葉にセドリックが小さく笑った。
フィリアも思わず苦笑する。
どこか聞き覚えのある台詞だった。
「気持ちは分かりますが」
「まずは帰る時間を覚えてください」
フィリアが言う。
「善処します」
「しませんね?」
「……」
フィリアは小さくため息を吐く。
「やはりしませんね」
「努力はしてみます」
そんな二人のやり取りを見て、
セドリックは楽しそうに笑った。
「やはり面白いですね」
「リゼは」
「よく言われます」
本人は真顔だった。
◇◇◇
図書館の中を歩く。
どこまでも続く本棚。
閲覧席では研究者らしき人々が静かに本を読んでいた。
分厚い専門書を積み上げている者。
古い文献を書き写している者。
誰もが知識へ没頭している。
不思議と居心地の良い空間だった。
「レオナルド公爵も、この図書館をよく利用していました」
セドリックがふと口を開いた。
フィリアは足を止める。
「お父様がですか?」
「ええ」
セドリックは頷いた。
「私が幼い頃には既に有名でした」
「興味を持ったことは、時間を忘れて納得するまで調べ尽くす方だと」
少しだけ苦笑する。
フィリアも思わず笑った。
容易に想像できたからだ。
「どのような本を読まれていたのですか?」
「どのような、というより……」
セドリックは少し苦笑した。
「興味を持ったものは何でも読んでいたと思います」
「魔法理論の本を読んでいたと思えば」
「翌日には古代文明の文献を抱えている」
「その次の日には農業や建築の本を読んでいるのです」
「図書館の司書たちも困っていましたよ」
リゼの耳がぴくりと動いた。
「興味を持ったもの……」
「そうですね」
セドリックは即答した。
「分からないことを放置できない方でしたから」
フィリアは苦笑した。
「お父様らしいです」
その言葉にセドリックも笑う。
「私もそう思います」
◇◇◇
やがて。
図書館のさらに奥へと辿り着いた。
人の姿が少なくなる。
空気も少し変わった。
並んでいる本も一般向けのものではない。
革張りの分厚い本。
古びた資料。
厳重に保管された箱。
長い年月を感じさせるものばかりだった。
「こちらは?」
フィリアが尋ねる。
「研究記録の保管区画です」
セドリックが答えた。
「王国の研究者たちが残した資料が保管されています」
フィリアは思わず周囲を見回した。
王国最高峰の知識。
その積み重ねがここにある。
そう考えるだけで圧倒される。
セドリックは一つの棚の前で足を止めた。
そして迷うことなく一冊の本を取り出す。
分厚い革表紙。
何度も開かれた痕跡が残っていた。
「これは……」
フィリアが息を呑む。
セドリックは静かに本を差し出した。
「レオナルド公爵の研究記録です」
フィリアの目が大きく見開かれる。
「お父様の……」
「王家保管分になります」
リゼの視線も自然とその本へ向いていた。
それは単なる研究記録ではなかった。
レオナルドという一人の研究者が残した思考そのもの。
知識の軌跡だった。




